トゥギャザーのレビュー・感想・評価
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究極の共存
めっちゃ面白かった!
怖がりなのでホラー演出は苦手なのですが、ボディホラーは好きなのです。
これ大好きなヤツでした!!
それぞれに足りない部分を補い合う、究極の共存のかたち。
女性も仕事でキャリアを持ち、自立した個人が認められるが故のしっぺ返し。
1人で全てを完璧にこなさなければならないプレッシャー。
とても現代的なテーマだと感じました。
トークショーで、マイケル・シャンクス監督は伊藤潤二の『うずまき』が好きだと聞きましたが、確かに!!
ぶっ飛んだボディホラーにユーモアのセンス。
それでいうなら、超常現象の根本にある土着的な部分は諸星大二郎好きにはたまりません!!オススメです。
古事記で描かれるイザナキとイザナミによる国生みのエピソードが大好きなのです。
体の足りない部分に余っている部分を合わせてピッタリ!
そして島国を生んだ後に様々な神を生んでいくわけですが
(余談:声をかける順番については、既にこの時代から女性蔑視かよ!と思いますが、完成しているのが女性天皇の時代なのでむしろ逆?男性から先に褒めなさいってことかも?)
元々人間は1個体で完璧には出来ていない。
異なるからこそ新しい生命が生まれる。
逆に『トゥギャザー』ではギリシャ神話のベターハーフがベースになっていて
この違いが現代社会に一石を投じていると感じます。
今の世の中、いろいろ便利になっちゃって、べつに助け合わなくても1人で暮らしていけちゃう。
自身のライフプランやキャリアを考えるとおひとり様もあり。
誰かと一緒に暮らすストレスも無いし、孤独を感じさせないツールも充実している。
2人だとどこかで自分自身が優先出来なくなるのに、わざわざパートナーといるメリットは?
出産子育てのメリットは?と天秤にかけたくなる。
でもその一方で、仕事、家事、介護といろんな役割を1人で背負い込まなければならない。1人で完璧を求められる。
とくに家事は1人分より数人分を一度にこなす方がコスパもタイパも断然良い。
1人では得られない発見や喜びもあったりして。
悩める現代人の心理を見事に表していると感じます。
ラストは人それぞれの解釈があるでしょうが
個人的には、異なる部分の多様性を認め合い、それぞれの得意分野で活躍するのが理想の世界であって、1人1人が完璧になる必要はないと思いました。
ちなみに本作ではLGBTQの人たちにも言及してますが、どんなに1つになりたくても、社会的にも認められず、生命を生み出すことも出来ないから、余計にお互いの強い結びつきに固執せざるを得ない→という人物像を監督は描きたかったのかな?
ド派手にくっ付いた!
くっ付いた!くっ付いた!
ド派手にくっ付いて来ました。
キモいとか痛いとか怖いとかを通り越して笑いが絶えなかった映画。
監督自身が語っていた通り、ボディ・ホラーというジャンルにとらわれない作品になっています。
「怖いのが苦手」という人にはおすすめするのが難しいくらい「怖いシークエンス」は上々ですし、緊張感や不快感が物凄いです。
とはいえ場内は笑いに包まれるくらいクレイジーな展開が目白押し。
実際に夫婦でもあるデイヴとアリソンの息の合った芝居も笑いを誘う事に一役も二役も笑いを誘う事にかってました。
楽しめる映画なんです!…怖いけど。
監督が伝えたい喪失感と恐怖がきちんと伝わりますし、初長編とは思えない映像表現とストーリー展開に絶句。
「怖い」と言えど監督の匠っぷりを存分に味わえる作品なので多くの人に観てもらいたいです。
なんでも適切な距離感が大切
ボディホラーというより真っ当な恋愛映画❤️
『トゥギャザー』マイケル・シャンクス監督の長編1作目をFan’s Voice独占最速試写会で鑑賞。(オーストラリア、2026/2/6公開予定)
※上映終了後は監督のオンライン登壇あり
恋愛共依存関係×ボディホラーという監督の奇抜なアイデアは斬新であり、ブラックユーモアたっぷりの恋愛映画でした。簡単に言えばボディーホラーの皮を被った、真っ当な恋愛映画だった。
ミュージシャン志望のティム(デイブ・フランコ)と小学校教師のミリー(アリソン・ブリー)は長年の仲たが、最近は倦怠期を迎え、お互いの気持ちはすれ違いの毎日。心機一転、都会を離れて田舎の一軒家に移住した。しかし森で道に迷い、不気味な地下洞窟で一夜を過ごした日を境に、お互いの身体に異常現象が起き始める…。
小学校の男子トイレでリビドーが燃え盛り、ナニが抜けなくなってしまうシーケンスは笑っていいのか困惑してしまった。
お互いの腕が引っ付いてしまい、仕方なく電動ノコギリ🪚で…の血塗れシーケンスは場内爆笑でした。
ミリーが勤務する小学校の同僚の男性教師(デイモン・ヘルマン)にかつて同性の恋人がいたという過去と”ある秘密”㊙️が本作のカギを握る(ネタバレ無し)
惹かれ合う2人の間には強い愛の磁力があり、1人になろうと融合するのは、ギリシャ神話のアンドロギュノス(両性具有や「第三の性」)やプラトンの『饗宴』を想起させる。(監督は後からこの神話を知り、本作の脚本に追加したとの事)
2人の交際当初、ミリーがスパイスガールズが好きだと女友達に伝えた何気ないシーンが伏線になっており効果的。
“2 become 1”をバックにお互いの腕が、瞳が、肉体の全てが1つに融合していくゴア描写はどことなく美しくもあり、本作を象徴する最大の見どころかもしれない。
ボディーホラーという視点で見ていたが、実は、愛し合う2人が惹かれ合いながら1つに融合する恋愛映画という着地は、オーセンティックで爽やかな印象が残った。
ミリーの両親が2人の家に訪問してきて、ドアから出てくる融合した1人というヒネリのある演出も印象的。(監督さんがこのシーンの撮影秘話を披露してくれました)
(備忘録)
デイブ・フランコとアリソン・ブリーは実生活でもパートナー同士との事。息のあったコンビネーションを感じる演技も納得。かなり身体を張ったハードな撮影だったことは容易に想像できる。
監督曰く、”2 become 1”の使用許可権料がずば抜けて高く、低予算作品が故に使用しない事も検討したらしい。主演の2人が出演料からサポートしてくれたおかげでこの楽曲が使用出来たとのこと。良いエピソードだと思う。
”0010” 達は、羨ましく思うのかしら? これって意味不明かな?
落語『貧乏神』によりますてっとぅ... 「一人扶持は食えないが二人扶持は食える」なんてね!? お粗末さまでした。ところで映画はというと...ティムのパートナー、ミリーがこのように宣います。
"Resenting me doesn't make you less of a failure. "
あたいの脳ミソウニでは、他愛のないものと感じたけどもチョット引っかかったのでAIに聞くとこのように仰ってました。
「それは非常に強烈な発言です。」と... 断りとしてAIが言うところによると、恨みのような感情を抱いたり、人間的な意味での個人的な成功や失敗を経験したりはしない。だからAIの目的は「情報やタスクの提供を通じて、皆さんを支援することだけです。」と、そして最後には、あたしに対して「何かにイライラしたり、腹を立てたりしていませんか?時には、ただ話すだけでも気持ちが楽になることがあります。」と... この事であるミュージシャンのバイオグラフでのあることを思い出してもいる。
The therapy aimed to release this repressed pain
through intense emotional expression, including
screaming.
また、彼のかつて相棒であった同じミュージシャンは、こんな事も言っていた。(※タランティーノ監督もよく似た言葉を)
"I used music as a psychiatrist’ admits "
話が長くなるので...
物語が進み... 洞窟でのティムのトラウマ...
I had forgotten all about it until the night I found
them. And there's this detail that I never told you,
never told anyone about the smell. But it was
worse than that. It was like a- like a taste. Like the
air was thick, and it just got worse the closer I got
to their bedroom. Then I opened the door. She was
smiling at me. She had woke to find her other half
was gone and her brain just snapped. She couldn't
process it. Still going to bed each night next to that
face and that horrible smell. I was standing there
choking on the taste of him and she didn't even
notice. It's like me with the rat, just breathing him in
like fresh air.
Sorry. It's like a window opened between our house
and that night.
このセリフからティムの基本的な精神構造... 簡単に言えば、彼の性格が利己的で他人の苦しみを理解しようとすることするら試みない、つまり哀れみや痛みの感情が見た目でしか判断できないのではないかと... あたいとよく似ておられる。
最後のオチに繋がるかもしれないけれども、そんな彼が次第にパートナーのミリーを心底愛するようになる過程を痛みを伴いながら見つけていく話で、最後は究極とはとても言いたくもない為にあざとさの残る...落語でいうと「地口オチ」的で安直な印象はぬぐえないラストシーンとなっている。
この作品はあたしが生理的に受け付けないボディホラーなので嫌な面が目立つ.. それは痛みを前面に出しているところで、しかもとにかく後半になるにつれてキモくなるし、低予算のギミックで作られたというか過去の古臭い(何回も見たような)手法をエフェクトで使っているのは、動画サイトで短編ばかり作ってきた映画製作者の気が付かないところと言えば辛辣なのかもしれない。(※あたいの脳ミソウニの片隅には、今でも "Agent Orange" がこびりついているが為に)
こんな事を言えば、古臭いかもしれないことを断りとして、ミリーとティムを演じた俳優さん彼らは実生活でも夫婦という事で映画の中での息の合い方は別格ナンチャッテか!? なんて言いたくもない、そんなお遊びのような真剣さのないブラックジョーク的コメディ色を少しだけ臭わせたボディホラーって、そして最後の最後に「間抜けオチ」で締めくくっているって... どうよ⁉
※追記
『Polvo serán』を仮に観たなら... のお話!?
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