君と私のレビュー・感想・評価
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僕が神経質すぎるだけ?
高校の修学旅行前日一日の物語です。怪我で参加出来ない少女ハウンと、彼女に秘かな思いを寄せる少女セミ二人の友情以上・恋愛未満のすれ違いと愛情が描かれます。特別大きな事件が起きる訳ではないのですが、現実・夢・想像を往来しながら細やかに紡がれるお話は、青春映画が大好物の僕の胸をキュンキュンさせる魅力に満ちていました。
確かに、本作中で大きな事件は起きないのですが、この翌日に大事件が起きる事が韓国の観客には直ぐに分かります。セミが出掛ける修学旅行では大型旅客船・セウォル号の沈没により多数の学生が亡くなってしまうのです。これは日本でも連日大きく報道され、パク・ウネ大統領失脚のきっかけにもなっただけに日本の観客に切実さが感じられます。その結末が分かっているだけに、二人のすれ違いがもどかしく切なく映るのです。
でも僕は、観ている途中から喉に引っ掛かった小骨の様な思いをどうしても拭い去れませんでした。セウォル号事件でお子さん・家族・友人・知人を亡くした方々がご覧になったらどう思われるでしょう。ひたすら辛く悲しく傷つくのではないでしょうか。作中で直接描かれる事はありませんが、あの事件の設定が二人の思いの切なさを際立たせているのは間違いありません。でもそれって、ドラマを盛り上げる為に悲劇的事件を利用しているとも映りかねません。本作は丁寧に撮られているので、そんなあざとさは感じられないのですが、良心的に制作していても人を傷つける事はあり得ます。でも、そんな事言ったら、どんな悲劇だって誰かを傷つける事があるでしょうから何も撮れない事になってしまいます。
これって僕が神経質に見過ぎているだけなのでしょうか。それとも本作の何処かに隙があったのでしょうか。韓国内ではそんな議論は起きなかったのでしょうか。そして、なぜ本作ではそれが気になったのでしょうか。表現というのは本当に難しいな。
「当たり前の日々を丁寧に大切に」
日曜日の午後、PARCO8階のシネクイントホワイトで「君と私」の上映前、ほとんど女性ばかりで、「なんでこの映画におやじが来るの」という視線を浴びているように感じ、開場してからすぐに、そそくさと席に座りました。
映画は2014年4月におきた修学旅行生を多く乗せていたセウォル号沈没事故を題材にしています。映画は事故の前日を描いています。
セミとハウンはとても仲の良い友達です。いや友達というよりセミにとってハウンは恋人です。ハウンが足を怪我して修学旅行にいけないのに、セミはなんとかハウンと一緒に行きたいと思いあの手この手を使います。
当初二人の関係性を見ていて、韓国の二人のアイドルがじゃれ合っているようにしか見えませんでした。(私の年齢がかなり上だからでしょう)しかし見続けているうちに気持ちは変わっていきました。セミが真剣にハウンを愛していることがわかったからです。愛している人と一緒にいたい思いを理解できるからです。セミの想いは一方通行になり、ケンカをしたり二人の気持ちは渦巻のようにすれ違ったりします。またハウンへの対応を同級生になじられたりして、落ち込みますがハウンへの恋心は変わりません。
セミの恋心をしっかりと受け止めたハウンはセミと過ごした日々を思い出し、変わらない想いを抱き続けているセミと仲直りします。夜遅くセミとハウンは病院の前で「またね」と言って別れます。セミは帰ろうとして何度も戻りセミに「またね」と言いやっと二人は別れます。
愛する人、大切にしている人がいる人に、ぜひこの映画を観てもらいたいと思います。「また明日」「また今度」と何気なく言ますけど、またの確証はまったくないのです。愛する人、大切にしている人と、日々丁寧に接することがいかに重要か、運命は自分では決められないからです。
何気ない日常を「当たり前」と思わないこと。日々忙しくしているとそんなことも忘れてしまいますよね。だから映画という非日常を通して自分に改めて気づかせてくれる体験が必要なのです。
ラストシーンのハウンの表情は忘れられません。機会があればぜひ観てください。きっと気持ちが大きく変わりますよ。「当たり前」の日々が愛おしくなります。
秀逸
遺された者の見た夢
この物語の見た夢の殆どはハウンが例の事故後に見た、別れの夢だと思っている。いくら学校を早退して時間があるとはいえ、郊外から団地、繁華街まで短時間で動きすぎだし、あの行動パターンじゃ夜は12時を回るだろう、おまけに夜病院の玄関?で別れるシーンは葬式会場のようにも見える。
という前提のもと、かなり自己中心的な性格でハウンに間違いなく迷惑かけているセミが、ハウンにもきちんと愛されていた、というのは若くして不幸であまりにも理不尽結末を辿った彼女にとって数少ない救いだったのだろう。そしてこのお話は彼女達だけの特別なものではなく、亡くなった250人の生徒、さらにはそれ以外の乗客乗員を含めた304人それぞれにこのようなストーリーがあった、ということをラストシーンの無数のサランヘヨ(愛してる)が暗示している。
御涙頂戴ではなく映画として優れている。
実際に韓国であったセウォル号の話はみんな知ってますよね?救助隊も含めると300人以上亡くなった海難事故。多くの客を残し脱出の指示もなく船長以下乗組員はさっさと船から逃げた酷い事件です。早期の避難誘導があれば多くの人達が助かったかも知れないのに、、、、Wikipediaでその後の調査見ると本当酷い、その乗客である学生達の修学旅行前日という設定のフィクションのはなしです。あーもう書いてて悲しくなってきた。
友情なのか愛情なのか微妙な女子2人、かたや怪我をして(+α)修学旅行参加できない、でももう1人はなんとか一緒に修学旅行行って2人の想い出作りたいと願うが前日不吉な夢を見てしまう、、、、。
話自体は百合恋愛青春物なんですが修学旅行生達がどうなってしまうのかを前提に見ると全てが変わって見えるという体験を初めてしました。表現も色々チャレンジ、メタファーあり面白かったです。
監督、脚本は俳優さんですがなかなか良いです。塾の先生しながら学生の言葉を脚本のために拾っていたようで自然で違和感ないです。撮影部もPVとかやってる女性DPで柔らかめのナチュラルなトーンが明るく、儚げで素敵です。「ピクニックアットザハンギングロック」おもいだしちゃいました。役者達も自然な演技が出来るよう撮影前の準備、現場で、俳優でもある監督ならでわの配慮があったようです。
自分的なかなり好きな映画。
冒頭のテロップで2014と出ているのを見てもう10年も前の話なんだ...
思ってた内容とは違うがよい
最後の15分
セウォル号の映画だと思い、
何が起こったかドキュメンタリー的な映画
誰に責任があるのか、政治的な映画
パニック映画館だと思ったけど全然違った。
事故がある前の世界、事故がなかったらどんな世界か?
回想?夢といろいろと混ざった複雑な映画でした。
90分間は普通の韓国の高校生の話で、とても退屈なストーリー。セウォル号が前提なので切ないけど、俳優さん可愛いけど、普通すぎてそれでも観るのは辛い。
最後の15分でそれらが、、、
という映画でした。
全体的にぼかしのある映像で見にくい、鏡の描画が多い。いつも同じ時間の時計。
それらが最後につながる、、、のかな?
全体的に分かりにくいけど、最後はウルっときた。
最後の15分のための90分という感じでした。
映画としては面白いと思います。
悲しみを無理に味付けするのではなく、自然のまま味あうような、1番切ない表現かと。
エンドロールが無音なのも切ない。
翌日以降、最後のシーンを何度も思い出す。
今まで流したことのないような涙が流れた
どいつもこいつも
誰が誰を探し求めているのか
開始冒頭で、2014年に済州島へ向かう大型フェリーのセウォル号が観梅島沖で転覆し、犠牲者は299名、行方不明者は5人で、その犠牲者のうち、250人は修学旅行に向かう高校生で、11人は引率の教員だったという解説のテロップが映し出される。パフレットによるとこの解説は本国での上映時にはなく、日本上映に合わせて付けられたものだそうだ。
本国の人々にとっては当然の常識なのかもしれないが、私自身はセウォル号について、事故があったことは記憶しているが、その詳細については把握しておらず、犠牲者の大半が高校生と引率教員だったという事実は寡聞にして知らなかった。
作中では海難事故の場面は一切登場しないのだが、その事実を踏まえていないと、修学旅行に出かける前日の他愛のない高校生の日常が描かれているだけで、いったいこの話が何を描いているのかまったく分からずに観ることになるだろう。
自転車とぶつかって脚を怪我して入院中のハウンに不吉なことが起きる夢を教室で居眠りしているときに見たセミはハウンの病室に向かい、無理にでも一緒に修学旅行に行こうと誘うのだが、事情があって行けないとハウンは渋る。しばらくしてハウンの姿が見えなくなり、セミは友人たちと一緒に必死にハウンの消息を探し……。
本編が始まると画面全体に紗がかかり、夢の中にいるような映像が印象的だ。ここで描かれている世界は夢なのか現(うつつ)なのか。
翌日の事故という事実を知った目で眺めてみると、他愛のない日常が決して「他愛のない」ものではなく、その日常の中の悲喜交々、分かち合いや喧嘩、友情や愛情、怒りや安心など、いかに貴重な時間だったのかと思えてくる。
セミたちはハウンを探していたが、本当は誰が誰を探していたのだろう?
劇中では小鳥や犬などの動物の死が表象的に描かれ、後の事件の予感をさせる。それがペットであれ、人間であれ、愛するものの死によって肉体は失われるかも知れないが、その存在・実存は残されたものが生きている限り失われることはないのではないだろうか。
原題と邦題は同じ意味だが、英語タイトルはThe Dream Songs だ。死を悼みつつ記憶を失わない限りは夢の中でそのメロディは響き続けるのであろう。
フンババは討伐対象
修学旅行でセウォル号沈没事故にあったJKの修学旅行前日の話。
2014年4月16日に発生した事故を字幕で紹介した後、4月のある日となるけれど、ある日…?
修学旅行を前日に控え、仲の良い同級生の悪い夢をみたからと、教師にゴネて学校をあがり、入院中の友人のもとに行こうとする主人公から始まって行くけれど、なんでその程度で入院してんの?
退院させて費用も工面してなんとか一緒に修学旅行に…はわかったけれど、今からですか?そしてなんだか良くわからない中味のないJKトークをたらたらたらたら…。
と思ったらわけのわからんカラオケwithイメージビデオ?なんだこれ?からの行方不明?主人公は発達障害?
夢だか妄想だかなんだか判然としないものも織り込まれ、もしかして事故後?と思わせる描写まで入れて、結局なんだか良くわからず終了。
電話は電池切れだったんじゃ?とか、夢みた時は角質は知らんよね?とかそういうツッコミもあるけれど、あらすじ紹介読んでいないと理解が追いつかない…というか、主人公に好感持てないし、読んでいてもこれを観て何を思えと???
普通の人の幸せな日常をみせた方がよっぽど良いんじゃ?と思ってしまった。
次回作は男子生徒を主人公にしてほしい。
映画の切り口がすごすぎて心がついていかなかった。おそらく、高校生の娘さんがいるかなと思われる、親世代は号泣していらっしゃったので、涙腺の破壊力は高めと思われる。
韓国のセウォル号の事故で修学旅行中の生徒が言葉悪いが学年全滅したことをベースに、修学旅行前日の女子高生の何げない一日を描く。
脚を怪我して修学旅行に行けない、入院中の友だちを訪ねて、昨日見た夢の話をする。観てる側は、一方は事故で死に、一方は生き残ることを理解して二人のやりとりを見ることになる。
冒頭でテロップのみでセウォル号の事故のことが告げられる。劇中の描写はそこだけ。映像はもちろん、エンディングロールにテロップもなく、音楽もない。観客に客観視をさせる隙を与えない。
終盤、ボクにとってのサインがくる。登場人物のセリフで作り手の気持ちの代弁だ。
「欲張りすぎたかな?」
「私もどうしていいかわからない!」
おそらく、心をつかまれた方はこのシーンから終わりまで涙が止まらなかったはずだ。怒涛の泣かせどころが始まる。実際、場内からあちこちで啜り泣きが聞こえる。
ラストの3カットの場所、対話がこの映画の意図を的確に伝える。
なるほど、次回作は男子生徒を主人公にしてほしい。
その時はタオル持って観に行きます。
사랑해
修学旅行前日の少女たちを描いた映画。
直接的な事故の描写はありません。
しょーもない会話をしたり、犬を探したり、喧嘩をしたり、瑞々しい日常を描写しているのだけど、私たち観客はどうしてもその先の"死"を予感してしまう。
全編淡く光が綺麗な映像で、セミとシウン、現在と未来、現実と夢、生と死が溶けあっているよう。
少女二人に寄り添う光の美しさのせいで、余計にいずれ訪れるであろう「死」が際立ったものとして感じられてしまう。
予告を観て「好きそう」と思ったらきっと好きだと思います。
主人公セミの自分勝手で面倒くさいところが可愛くて可愛くて!
そうだよね、恋すると周り見えなくなっちゃうよね、と自らの過去を思い返して勝手に応援したくなる可愛さ。
演じるパク・ヘスさんの素晴らしい演技力の賜物です。
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