女性の休日のレビュー・感想・評価
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感動しました
諦めていたのですが、こんなにロングランになるとは。やっと観られて感謝です。
じわっと感動の波が押し寄せてきました。攻撃的なデモとは違って、実に平和的なストライキ。
まだまだ日本は男女平等とは言えないけれど、昔に比べれば確実に女性の地位は向上していると思います。それは、彼女達の行動も何かしら影響はあるのではないかと思うのです。
でももし我が家で同様のストを起こしたら…
きっと皿も洗濯物も洗われずそのままで、帰宅後の自分が大変になるだけ。ご飯は外食かテイクアウト。女性の休日が大して男性の痛手にならない結果となることでしょう…
というわけで、アイスランドの素晴らしいところは、男性達も柔軟に対応したところだと思います。
インタビュー映像を繋いだものがメインとなっていますが、間に挟まれるアイスランドの風景がとても美しく、アニメーションも巧みでした。
なるべく字幕を見ないで聞いていたら、時々突然アイスランド語と思われる言葉も入ってきます。ちょっと頭の切り替えが難しかったです。
抵抗や反発があるからこそ闘う。それが自由の意味
北欧アイスランドで50年前に起こった女性一斉ストライキを描く。日本のウーマンリブと比べてよいのかわからないが、ユーモアや風刺の効いた行動が魅力的。
家族団らんのクリスマスに向けて、女性が掃除に食事に奔走させられることを磔人形で抗議するとか(クリスマスの起源を思えば何たる皮肉だろう)、ミスコンは家畜の品評会と同じだと言って雌牛を会場に鎮座させるとか。
そしてやってきた、全国一斉ストライキ(実際にはストよりも穏当な「休日」という言葉が選ばれた)。
女性が担うことが多い「家事労働」「無償労働」がなかったら社会は回っていかない。また賃労働でも女性は補助的な役割、低い待遇を強いられる。そこで「男性だけでやってみな」という日を作ったわけだ。
個人的に、女性が掃除や料理をしないだけでは社会に打撃は与えられないのではという不安もよぎった。しかし子どもを男性の職場に連れて行って「面倒見なよ」というのは確かに痛快だ。そして90%もの女性が参加したことが実際に社会を麻痺させたのだろう。
港町に何万人が集まった女性が一斉に歌ったプロテストソングの歌詞が素晴らしい。「将来の息子や娘は、母たちが正しい方へ社会を変えてくれたと言うだろう」。そう自分たちを鼓舞し、戦いをやり抜く決意を歌う。
この日のことを清らかな気持ちで自由だったと振り返る場面がある。しがらみから解放されるという意味の自由もあるが、この映画でいう自由とは、周りの反発があっても、そうだからこそ闘うことをやめないことなんだね。
違う道を選び、抗うことに人間として生きる意味がある。それを思い出させてくれる。
アニメ化させた画像が秀逸
男女同権は近代になってから
Iceland、、、国名は知っていても正直の話、どのような国なのかは知らなかったです。Classic音楽で女性の作曲家 アンナ・ソルヴァルドスドッティル(Anna Thorvaldsdóttir)や、バラ・ギスラドッティル(Bára Gísladóttir)をたまに聴くぐらいです。ちなみに同国の女性の作曲家でもあるヒルドゥル・グーナドッティル(Hildur Guðnadóttir)はドラマや映画の音楽においてグラミー賞、アカデミー賞の2冠に輝きました。これは女性単独では初だそうです。1975年10月24日、Iceland全女性の90%が仕事や家事を一斉に休んだ 日本とは単純に比較出来ませんが驚嘆しますね。映画を観た感想はこれを平和的に進めていること 中には打算や忖度があったかも知れないけれども それを乗り越えて成就させたこと 取材を受けている女性達は皆生き生きしていて観ているこちらも幸せな気持ちになります。僅かですが時折見せるIcelandの自然🏞️は美しく癒やされます。
全男性が見るべき映画
1975年にアイスランドで家庭内でも、社会の中でも不平等を感じている女性達が起こした「ストライキ」。この運動に賛同した国民の90%がこのデモに参加したという。
今では国会議員の50%近くが女性議員という他の国では考えられない程のジェンダー格差のない国にまでなった。今を生きる若者は50年前に勇気を出して声を上げた女性達に大きな感謝の気持ちを抱いているという。
普段僕がどれだけ「男女平等は当然」と思っていても、不平等を感じている女性の気持ちは分かっておらず「男尊女卑」のムードが拭いきれていない社会の中で、その恩恵を受けて生きているのだろう。
そういう無自覚から生まれ、声の小さな人を消す可能性を誰もが持ち合わせていることを気付かせてくれた。
この映画は自分が今まで抑えてきた小さな声に耳を傾けることで世界が大きく変わる可能性と、自分が見ていた世界がまだ半分かもしれないという気づきを見るものに与えてくれる映画だった
50年
50年前の素晴らしいパワーに圧倒される
“休日”と称したストライキ
映画の舞台は今やジェンダー平等指数第一位の国、アイスランド。
1975.10.24.──アイスランドの女性たちが1日、家事も仕事も休むと決めて広場に集まり、自分たちがいなければ社会が回らないことを証明した。それは「女性の休日」と銘打った、いわば「ストライキ」だった。
その様子が記録された映像と、当時、運動に参加した女性のインタビューが本作の主軸。
今から約50年前、新聞記者や銀行員、主婦など様々な立場の女性が集結して自らの権利を守ろうとする“ゆるやかな”ストライキを起こしていたことを、この映画で初めて知った。とても貴重な歴史の1ページを見せてもらった感じ。
「女性の休日」を経験した男性のインタビュー(当時や現在の心境など)もあると、もっとよかったな〜と思った。
女性は強い!
後世に残すべき貴重で感動的な作品
ある国で、その国の女性の9割が参加した「女性の休日」という名のストライキ(のようなもの?)があった。
これがフィクションだったら、感動的だけど「所詮、夢物語だよね」と思われるだろう。しかし、これが50年前、アイスランドという国で現実に起こったらしい。
フィクションは、ある時代の、ひとつの重要な側面を切り取り、記録に残すことにその意義がある。「女性の休日」は、後世に語り継ぐべき歴史的な事実を、「女性の休日」に参加した人の証言と、発掘した当時の写真や映像と共に、記録に残すという偉業を成し遂げている。
当時のニュース映像などはほとんどが消去されていたものの、民間人が撮影し保存していたものを見つけ出したとか。
また、その映像や写真から、インタビューした方を見つけ出し、当時の画像と合わせてインタビュー映像を映しだすことで、格段にリアル感が増している。
完成までに7年の歳月を費やしたからこその成果だろう。
さらに、インタビューで語られた当時のエピソードがアニメーションで表現されることで、今の私たちにも想像しやすくなっている。そのアニメーションも、歴史家たちに丹念に確認してもらい、正確さを重視したとのことである。
監督のパメラはアメリカ人であるが、現地アイスランドの監督フラッパがプロデューサーとしてとして加わり、内側からも外側からも、それぞれ納得がいくものができあがったらしい。
この作品は、物語として感動的なものであるのはもちろん、歴史的資料としても後世に残すべき貴重なものとなるだろう。
ところで、
今やアイスランドは、世界経済フォーラムから16年連続で「男女平等第1位」と評されている(いわゆる「ジェンダーギャップ指数」。ちなみに日本は2025年、148か国中118位!)のは、50年前のこの「女性の休日」が大きな転機になっていることは間違いないが、その日を境に急激に男女平等社会が実現したわけではなく、その後も様々な活動家や政治家の地道な働きにより、少しずつ男女平等社会に近づけていったとのこと。
今の日本で仮に「女性の休日」が実現できたとしても(まったく想像できないけれど)、今のアイスランドと肩を並べるためには50年の歳月が必要となるのかと思うと、気が遠くなるなぁ。
男は観るべきでしょう。
タイトルなし(ネタバレ)
1975年アイスランドで、女性が家事も含めて労働を手放した1日。
そこへ至るまで、その後の影響を描いたドキュメンタリー映画。
世界でジェンダーギャップが最も少ない国のひとつであるアイスランド。
この1日が大きかった。
という事実は、ルポルタージュなどで知ることも可能。
だが、当事者たちの発言、当事のアーカイブ映像もふんだん。
さらに、挿入されるアニメーションも魅力的。
なので、映画としての魅力も溢れる作品に仕上がっている。
惜しむらくは、彼女たちの休日による社会の混乱ぶりの映像が少なかったこと。
もう少し見せて欲しかったかなぁと思うが、女性たちが不在だったため、混乱を写した映像や写真があまり残っていないのかも。
なお、「女性の社会進出≠既存権力への食い込み」という趣旨の発言があり、非常に興味深かった。
怒りではなく、前進したい気持ちと希望が実現させた50年前の奇跡を描く。文句無しの星5つ。
出てくる女性の名前にみんな「ドッティル」が付いてくる。これはアイスランドの名前の一般的風習で、苗字というものがなく、セカンドネームは、父のファーストネームに女の子ならドッティル(dòttil)、男の子にはソン(son)を足して表すから。例えば大統領だったヴィクディス・フィンボガドッティルさんはお父さんのファーストネームがフィンボガさんだったということ。
このこと一つとっても、「家族」といった受け皿があるわけではなく、個人から個人に文化が継承されていく社会といった印象がある。家族といっても、そもそもは夫婦関係と親子関係に分解できるわけで、個々の事情を考慮せず、一般的に「家族」という単位で括って家族の絆が一番大事ですって言ってもね。まあ余談だけど、夫婦別姓問題で家族を論点に持ち出す人は、基本的には「家族」に昔からの「イエ」のマボロシをみてるんじゃないかと思うんだけどね。つまり家父長的権威をもとめているということになる。
話がズレたけれども、やはりアイスランドの社会はもともと個人中心主義的伝統があって、それが強い人権意識につながっていること。そしてそれもあって労働組合の組織力が強かったことが「女性の休日」が成功した原因だと思うのです。
それにしても不公平に対して異議申し立てをする女性たちの迫力と明るさに圧倒される。
日本では、もはや、ストライキどころかデモに参加するだけでサヨクの烙印を押され村八分される雰囲気がある。ひょっとしたら、もうしばらくすれば選挙に行くことですら異常な行動とみなされるかもしれない。権威主義なんですね。我々を押しつぶそうとしているものは。
休ませろ
日曜日の夕方でほぼ満席@シアターイメージフォーラムでした。皆さんの関心の高さが伺えて嬉しいです。
私、“女性の休日”というタイトルを初めて見た瞬間に「そうだよ。女性は休みが欲しいんだよ。」という誤った解釈をしてしまいました。それくらい、私の周りの女性たちは毎日疲れきっています。国際比較調査では、40〜60代の日本女性の睡眠時間が一番短いという結果なので当然と言えば当然か。
フェミニズムとか上野千鶴子さんとか、そんな難しいことが分からなくても、恐らく日本女性の9割は感情で“おかしい”と気づいています。毎日毎日、仕事、育児、家事に追われる。それだけではなく、面倒な厄介事を押し付けられるし、男性のお気持ちのフォローも求められる。平均賃金は男性の約75%だし、本当にやってられらませんわ。
「休ませろ」
この凄くシンプルな感情だけで、日本でも“女性の休日”ができませんかね?日本では沢山のハードルがありますし、本質とはずれてしまいますが、とにかく「休ませろ」と。
ここまで我慢し頑張ってしまうのは日本人が「我慢が目的化している」からなのではないでしょうか?本当にその我慢、自分に必要なのかな?
巷では、静かな退職がホットですが、既に一部の日本女性は結婚も出産もしない、自分を主役にした人生を選択しつつあります。このまま社会が変わらなければ、女性は大変すぎて異性とは距離を置くのがベストな選択になるかもですね。
「雨ふらなかったね。神様って女の人なんだね・・」と集会の帰途、車の中で得心したように男の子が言ってた。
アイスランドは北の海の孤島です。
氷と溶岩が、つまり「地熱」と「氷雪」の”矛盾“が同居している不思議の島。電力の殆どは地熱の発電から取っている火山島なのです。寒いのに熱い。
なにか象徴的ではありませんか。
このドキュメンタリーは、あれよあれよと実現してしまった「女性の休日」というスーパー・イベントの顛末でした。
短い尺です。テンポは抜群ですし、何が起こったのか、そこ説明調にならないようにと北欧系の素晴らしいアニメーションが物語をぐいぐい引っ張ります。
そして何よりも登場する女たちの表情が素敵なんですよ。
「あんなふうになりたい」と僕は思いましたね。
今夜の塩尻市・東座。
女性だけを贔屓ひいきして、入場料は大幅値下げの東座とかズルくないですかァ?(笑)。
入り口でピンクの包みのチョコレートが配られていました。
野郎には無しかよ?と思ったら僕にもご褒美にチョコレートをくれました。
・・
上映前に、そしてエンディングで薄暗い館内に流れるのはビョークです。
アイスランドという北海の島国は、僕の大好きなピアニストで指揮者=亡命ロシア人のウラディミール・アシュケナージの住む国。(先年、辻井伸行とのラフマニノフで日本でのコンサートを成功させてくれたお方です)。
そしてご存じ、唯一無二の震える声。前衛ロックシンガー、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のセルマ役をつとめた歌手ビョーク(ビョルク)の地元です。
島国アイスランドは、ヨーロッパ大陸からはずいぶんと離れていて、不便な地の利。ノルウェーとグリーンランドの中間に浮かぶ島で、人口はわずかに40万人。
にも関わらずそのアシュケナージや、あのビョークが居住地として選んだ魔法の島として、僕の注目の島だったのです。
・・
「女性の休日」プロジェクトの、当日までの苦労はずいぶんと明かされています。
・「ストライキ」の語にはどうしても乗れない右派グループもいれば
・「私たち女性は家庭内におらせてもらって守られているのに」と男社会を非難するスローガンに反対する女たち。そして
・「なんかこのムーブメントは自分のやってきた家事を否定されている気がする」と悲しんだ女達の声もちゃんと汲み取られて紹介される。
このあたりの「落とし所」を探る委員会の様子がとても丁寧で、親近感を憶えます。大変だったはずです。
― 僕も小さな学校で学生会長として、檄文の文面や採決方法で頭を悩ませた経験があったから。
でも結局あの大集会の場を制したのは政治活動家たちの扇動ではなく「女たちみんなが、毎日台所のテーブルでタバコを吹かしながら駄弁っていた」そのまんまの言葉だったのでした。
《男たちの事は嫌いじゃないけど自分たち女も平等に扱われたいんだよね》という当たり前の本心。
小さな島と思っていたけれど、島の反対側、500キロ離れた街でも連帯の集いは開かれ、船の上からも電報が届き、世界中の女たちが固唾を飲んで見守った「女性の休日」でした。
飛行機も止まり、電話局も止まり、店も、銀行も、新聞社も、劇場も閉まり、男たちは泡を喰らって職場にチビ達を迎え入れた。
やってやれない事はない。
正しい主張は明るい笑いを生むのです。
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【スペインの「何もしない」女性の彫刻】でYouTube検索を。
それはスペイン、トレホン・アルデスにあるフアンホ・ノベラJuanjo Novellaの彫刻「荷を負う女性」の紹介です。この映画の前準備で見つけた画像動画です。
・・
映画館東座の、館主合木こずえさんは、配られた自作のパンフレットで、ひとつの事、書き落としませんでしたよ、ちゃんと釘を刺してます ―
「彼女たちの発言と行動に触発され、精神的な自立を確立すれば、日本はもっと住みやすくなると思います」
「新しい女性総理(高市早苗さん)に平等とクリーンな政治を期待して」、と閉じている。
洋上の漁船から打たれた連帯の電文には、胸が熱くなります。「ドアを開けなさい」と激しく扉を叩く船長や甲板員。震えて耐えた女。
てもドアを開けなきゃいけなかったのは男たちのほうでしたね。
館主からもドアをノックされて「きみはどう思うの?」と問われている感じです。
90歳の母に、どうやってこの映画を見せようかと思案中です。
私は男性だがなぜか勇気をもらったよ
『女性の休日』。原題は"The Day Iceland Stood Still"、すなわち「アイスランドが静止した日(社会機能が停止した日)」である。
1975年10月24日金曜、アイスランドの全女性の90%が一斉に仕事を放棄し、首都レイキャビクでは当時の総人口の5分の1に当たる25,000人が集会に集い、国内20か所以上でもデモ行進して権利の平等を訴えた。
新聞社のタイピスト、銀行事務員、電話交換手、保育士、精肉現場、水産業、農婦・・・
あらゆる職種、さまざまな政治的立場の女性たちが一斉に「今日はいっさいの仕事をしない」と宣言。
有職女性たちだけではない。専業主婦たちも子どもを夫の仕事場に連れてゆき「今日はよろしく。ご飯は適当に作って食べて」と家事を放棄。
慌てた男たちは子どもたちを会社の一室に集めて交代で面倒を見たり、『トムとジェリー』を見せて時間を稼ぐ。ある父親の「あの時、アニメには本当に助けられた」という証言には笑った。
ふだん、皿さえ洗ったことのない夫は自宅でホットドッグのソーセージすら茹でられず、コンロの鍋の湯を蒸発させて黒焦げにし悄然とした。
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予告編を観て、ああ、女性解放の記録映画だな、1日だけのゼネストかぁ、エピソードとしてはおもしろいけれど、つまらなかったらイヤだな・・・と思って映画館を訪れた。
しかし、映画としての撮影、編集の巧みさと映像の美しさ、語りの巧みさに目を奪われた。
これは単なる退屈なドキュメンタリーなどではない。
イデオロギーの匂いがぷんぷんするような、プロパガンダ映画でもない。
ガサついた70年代当時の映像と当時を語る年配の女性たちのインタビュー映像の対比はふつうのドキュメンタリーぽい。
しかしそこにアイスランドの美しい山々、荒々しい海、豊かな農場、火山と溶岩、レイキャビクの静謐な街並みが差し挟まれていく。
この一見何気ない、女性解放運動と関連性がないように見える美しい国土の映像は、何だかとても胸に迫ってくる。
それは単純に「美しい映像だ」ということとともに、この美しい土地の上に生きる人に男も女もない、すべての人へ平等に与えられる恩恵がそもそもの自然 natural である…という含意を込めているようにも思える。
また、随時挟まれるヘタウマ(失礼)アニメーションもまったりしていて和む。
1日ゼネストのそもそも発端は、その年に国連で「国際女性年」が宣言されたことだ。
折からの世界的な女性解放(ウーマン・リブ)の流れもあって、赤いストッキングが象徴的な通称"レッドストッキング"グループが結成される。
結成される、と言っても、ガチガチのオルグによって構築された運動体組織と言うより、どうやら緩やかな紐帯で結ばれた人々だったらしい。
そして当時、中心的だった女性たちが次々とインタビューに答える。
(インタビュアー)「男性を憎んでいましたか?」
「・・・憎む?(訝しむように微笑んで)。 いいえ。まったく」
「ちょっとだけ『変わって欲しい』と思っただけよ」
けらけら笑いながら答えるその姿は、闘士というよりむしろしなやかな芯の強さを持ったふつうの女性たちだ。
「女性のストライキ」ではなく、「休日」となった経緯は何だったのか。
10月のストライキに先立って6月に開催された全国女性会議には、左右あらゆる勢力の女性たちが集まった。
ところがそこでアイデアとして提案された24時間「ストライキ」の実行に右派の女性たちが頑強に反対し、議論は紛糾する。
にっちもさっちも行かなくなった時、上品な老婦人が発言を求めて大講堂の前に進み出、「ストライキではなく『休日』にすればいいじゃない」と。
今後は左派の女性たちが「それでは弱い」と不満を漏らすが、右派は「それならば良い」と収まる。やがて左派も「実現のためにはやむなし」と妥協点として一致する。
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そんな運動の思い出を語る現在の婦人たちは、映画の最初の30分で口々にこうも語っていた。
「私は農場で農業組合の委員にもさせてもらえず、会議にも出られなかった。女で委員になれたのは夫の農場を継いだ未亡人だけだった。『じゃあ、私は自分の夫を殺せば組合に入れてくれるの?』と訊いたわ」(←小生、席で爆笑)
「私は小学生の頃に『弁護士になりたい』と言ったら、『女の子はなれない』と言われた」
「私の夢は、船長になることだった。でも『それは無理。女はなれない』と言われた」
これらの方々の素性は、アイスランドの国民なら最初からわかっていただろう。
しかしいかんせん、こちらはかの国の事情には疎い。
映画の終盤になって彼女たちの経歴が明かされる。
農場の人は、アイスランドで初の農業組合員となり幹部となった。
弁護士になりたいと言っていた人は、その後ロースクールを出て、史上初の女性の最高裁長官になった。
船長になりたい、と言っていた人は・・・
アイスランド大統領となり、16年のあいだ国を率いた。
今、アイスランドの国会議員の48%は女性であり、ロースクールの60%は女性である。
ジェンダーギャップ指数は世界一小さく、最も女性の地位が高いとされるが、元"レッドストッキング"たちは「まだまだ戦っている」と言って笑う。
女性の休日
全26件中、1~20件目を表示












