劇場公開日 2025年10月24日

「ウィットに富んだ台詞の応酬と、エッジの効いたラスト」ローズ家 崖っぷちの夫婦 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 ウィットに富んだ台詞の応酬と、エッジの効いたラスト

2025年10月29日
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鑑賞方法:映画館

笑える

楽しい

【イントロダクション】
完璧な結婚生活を送っていた夫婦が、互いの立場が逆転した事を皮切りに次第に不仲となり、やがて命懸けの夫婦喧嘩に発展していく様子を描くコメディ。
ウォーレン・アドラーによる1981年の小説『ローズ家の戦争』及びそれを原作とした1989年のダニー・デヴィート監督による同名映画のリメイク。原作タイトルは、夫婦仲の亀裂とそれによる争いを中世イングランドの薔薇戦争(1485〜1487)にたとえた洒落である。
夫婦の夫・テオ役に『ドクター・ストレンジ』、『アベンジャーズ』シリーズのベネディクト・カンバーバッチ、妻・アイビー役に『リトルハンプトンの怪文書』(2023)のオリヴィア・コールマン。
監督に『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015)のジェイ・ローチ。脚本に『クルエラ』(2021)、『哀れなるものたち』(2023)のトニー・マクナマラ。

【ストーリー】
イギリス、ロンドン。建築家のテオ(ベネディクト・カンバーバッチ)は、自身のアイデアを却下して建築されたマンションの祝賀会を抜け出し、迷い込んだ厨房で料理人志望のアイビー(オリヴィア・コールマン)と運命的な出会いを果たす。アメリカに移住して自身の店を持つ事を夢見るアイビーに、テオは一緒に移住する事を提案し、2人は結ばれる。

10年後のアメリカ、カリフォルニア州メンドシーノ。夫婦となったテオとアイビーは、双子のハティ(ディレイニー・クイン)とロイ(オリー・ロビンソン)と共に、幸せな家族生活を送っていた。しかし、2人の子育てスタンスは異なっており、デザートや楽しい遊びで子供を甘やかすアイビーに対して、テオは健康志向のスタンスを取っていた。子育ての為に料理人の夢を諦めていたアイビーに、テオは海辺のレストランをオープン出来るように手配する。テオは自身の手掛けた船をモチーフにした海軍歴史博物館の建築を果たし、仕事は順風満帆に思われた。

ある激しい嵐の晩、テオの設計した博物館は彼が忠告を無視して取り入れた帆の設計ミスによって倒壊してしまう。一方、アイビーの店「カニカニクラブ」には嵐で足止めを食らった人々が避難場所として次々と集まって来ていた。そして、その中には有名な料理評論家の姿もあった。

後日、テオは自身の設定ミスによって会社からクビを宣告され、対するアイビーは料理評論家の絶賛レビューによって店が瞬く間に人気店となる。アイビーは、テオが新しい仕事を探すまでの間自身が家計を支える事を提案し、テオはアイビーから家事と子育てを引き継ぐ事にする。テオは自身の方針に従って子供達に厳しい食事制限とトレーニングを施し、アイビーは子供達から疎外されていくようになる。アイビーが華々しく成功していく反面、テオは彼女への嫉妬心を抱いていった。

互いに夫婦関係に亀裂を感じていた2人は、夫婦だけのニューヨーク旅行やカウンセリングを受けるが、関係は次第に悪化していく。相手への憎しみが募り、原因を相手のせいにして互いに謝罪せず譲らない。そんな中、アイビーは結婚生活を修復する最後の手段として、テオに新しい家の設計と建築を依頼する。だが、拘りの強いテオは庭に埋める苔にまで予算を掛け、出資者であるアイビーを困惑させる。

3年後、無事に家は完成し、13歳となったハティ(ハラ・フィンリー)とロイ(ウェルス・ラパポート)はスポーツ奨学金でマイアミの学校へ入学すべく両親の元を離れる事になる。しかし、子育てから解放された事により、アイビーとテオの仲には更なる亀裂が生じていく。

【感想】
事前情報として、「過激な夫婦喧嘩を扱った1989年作品のリメイクである」という程度の情報しか持たずに鑑賞した。なので、冒頭の製作会社クレジットで、本作がインディーズ映画やアート映画製作を行う「サーチライト・ピクチャーズ」作品だと知って驚いた。しかし、内容的にもビジュアル的にも、なるほどサーチライトらしい作品だなと感じた。

原作及び旧映画版は未読・未鑑賞だが、夫婦間の亀裂を扱ったコメディとして楽しく鑑賞出来た。テオの建築やアイビーの料理等、美術にも非常に力が入っており、全編渡ってオシャレな雰囲気が漂っていてビジュアル的にも楽しい。反面、誰も彼も台詞は下ネタや暴言のオンパレードで、夫婦喧嘩は容赦無しレベルにまで発展していくというギャップが楽しませてくれる。

夫婦喧嘩の内容も、AIを用いたディープフェイク映像や音声認識家電を用いた注文キャンセル等、現代的な要素も含んだものが盛り込まれており、時代を感じさせる。やっている事が洒落にならない犯罪なのも笑わせてくれる。
テオの建築した博物館の倒壊映像がネットミーム化するというのは、現代ならではのギャグで面白かった。

ビジュアル的には、純白のナフキンに描かれて紡がれていく2人の出会いと亀裂を表現したオープニングアニメーションから既にオシャレ。
テオの建築する海軍歴史博物館も、船をモチーフにしたデザインは面白いと思ったし、アイビーとの理想の家は思わず憧れてしまう。
アイビーの作る料理も美味しそうで、子供達とお菓子作りをしている姿は微笑ましい。

ベネディクト・カンバーバッチは、神経質で意識高い系の建築家を好演している。子供達をスポーツマシーンに育て上げる件は笑えるが、しっかりと子供達の才能を開花させたという意味では良い父親と言えるかもしれない。反面、建築家としての才能は、その拘りの強さが裏目に出る自己満足意識の強さも感じさせ、マンションのアイデアを却下されていた冒頭からも実力的には怪しい気もする。
「大丈夫。倒れない。帆のバカ野郎」

対するオリヴィア・コールマンは、家庭的で優しい母親ながら、子育てに関してテオと衝突した際の表情には、ちょいヒステリックな印象も抱かせる。また、何処となく『リッツ』のCMの沢口靖子を彷彿とさせる。
しかし、ベネディクト・カンバーバッチと比較すると、まだ10歳の子供を持つ親にしては少々老けて見える気もする。作中の設定がどうかは分からないが、ベネディクト・カンバーバッチの実年齢が49歳なのに対して、オリヴィア・コールマンは2つ年上の51歳。だが、2人が並ぶとそれ以上の年齢差を感じさせる気がした。晩婚化する昨今、歳の差婚も妻の方が年上でも何ら問題はないのだが、何処か不釣り合いな夫婦に見えたのは私だけだろうか。

ウィットに富んだ台詞のやり取りも面白く、テオとアイビーの出会いから既に
「セックスもまだなのよ」
「これからするさ」と、キレキレ。
夫婦仲が険悪になってからの
「たまにアナタのが入ってるのか分からない時があるわ」も強烈。

アイビーが自身のレストランの倉庫で致している従業員を発見した時の
「衛生管理上、お互いの身体以外には触らないでね」は笑った。

【夫婦生活を通して描かれる、人間関係の複雑さ】
以前、職場の先輩に「(夫婦生活における)“愛”って何ですか?」と尋ねた事があるのだが、その先輩は「我慢」だと答えた。
テオが友人のバリー(アンディ・サムバーグ)に、妻のエイミー(ケイト・マッキノン)と何故別れないのか聞いた時、彼は「惰性だ」と答える。

しかし、先輩は何だかんだで奥さんを愛しており、休日は一緒に出掛けている。バリーにしたって、エイミーがテオに度々気がある素振りを見せたり、オープンマリッジを提案しようと、決して見捨てる事はせず、心の奥底では彼女を愛しているのである。
恐らくだが、両者ともそこには「相手に求め過ぎない」という思いがあるのではないだろうか。

テオとアイビーは、互いに相手に「自分を見てほしい」と求め過ぎてしまっていたのが夫婦仲を悪くする要因だったのではないだろうか。お互いに被害者意識を第一に持っており、だからこそ、カウンセリングで指摘されたように「相手に謝罪する事が出来ない」のである。

また、別の先輩は「カップルにしろ、夫婦生活にしろ、男女関係はどちらかの相手への思いがより多くの比重を占める。そのバランスが互いにとって理想的なものならば関係性は上手く持続していくが、バランスが崩れれば別れや離婚に繋がる」と話していた。

テオとアイビーの場合、一見上手く行っていた夫婦生活が、家計を支える役割と子育ての役割が入れ替わった事で次第にバランスを崩していく。
テオは、職を失うまで「家計を支えるのは自分の役割」だと信じて疑わなかっただろうし、だからこそアイビーの夢をサポートする余裕すら見せる。「君の夢だろ」という台詞には、彼の驕りも見え隠れしていたように思う。
しかし、アイビーのレストランが軌道に乗ると、途端に彼女への嫉妬心を抱く。これが、彼の「自分の役割を奪われた」という被害者意識に繋がるのだ。

対するアイビーは、夢を叶えて自己実現を果たした事で、子育てをテオに任せて子供達と距離が出来てしまう。テオによって徹底的に管理され、糖分を控えてトレーニングに励む彼の理想を反映されてしまう。ハティの初潮を知らず、思春期真っ只中のはずの娘は、父親であるテオに助けを求めていたのだ。同性として、娘の成長は自分が一番近くで見守るものだと思っていたアイビーはショックを受ける。これもまた、「自分の役割を奪われた」という被害者意識に繋がるのだ。

そして、そんな思いから互いに自分の非を認められず、謝罪する事が出来ないまま旅行やカウンセリングを受ける。カウンセラーに「修復不可能」と匙を投げられるのも納得だ。
そして、そんな生活に耐えかねたテオは、アイビーに離婚を申し出る。離れて暮らしていたハティとロイは「それが良いと思う」と、両親の離婚を素直に受け入れる。2人は面食らうが、子供は親が思う以上に、冷静に物事を捉えているものなのだ。

しかし、この離婚の提案が更なる混乱を招き、遂には命懸けの夫婦喧嘩へと発展していく。
ラスト、テオはそんな夫婦喧嘩にまで発展したにも関わらず、それでも「まだ愛している」とアイビーに本音を告げる。それを受けてアイビーも「私も寂しかった」と、相手に「自分を見てほしい」と求め過ぎていた事を認める。

私としては、年齢=彼女居ない歴の童貞なので、これらが男女関係、夫婦関係における真実なのかは分からない。しかし、結局のところ、全ては“人間関係”という言葉に集約され、「相手への思いやりや言葉にして伝える事を怠らずにいられるか」が鍵なのではないかと思った。

ようやく夫婦仲を修復出来た矢先、夫婦喧嘩で破損したコンロから漏れ出たガスに気付かず、テオはスマートホームシステムに「暖炉に火を焚べてくれ」と命じてしまう。そして、かつて真っ白な状態で始まった2人の愛は、同じく真っ白になって終わりを告げる。
「死が二人を分かつまで」と決意を新たにした矢先、あまりにも早く訪れた“別れ”である。この皮肉が何ともエッジが効いており、素晴らしいラストである。

【総評】
実力派俳優による泥沼化していく夫婦生活のコミカルながらも毒舌な様子は、ビジュアルの美しさも相まって楽しく鑑賞出来た。ラストの演出もクールで印象的。
1989年版も観てみたいと思った。

最後に、『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』(2019)に登場するこの台詞をこの作品に贈りたい。

〜憎しみは純粋、愛は命取り〜

緋里阿 純
トミーさんのコメント
2025年10月30日

ファスビンダーのマリアブラウンの結婚に言及したレビューが少ない気がします。
自分は今後のゴタゴタよりも、愛情を再確認出来た瞬間で文字通りジ・エンド・・のあの終わり方がハッピーに感じられました。

トミー
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