劇場公開日 2025年7月11日

ストレンジ・ダーリン : 映画評論・批評

2025年7月8日更新

2025年7月11日より新宿バルト9ほかにてロードショー

時系列をシャッフルさせ、シリアルキラー映画の概念を覆す破格の快作

スリラー映画というジャンルには、時折あっと驚く発明のような語り口を実践した作品が現れる。記憶障害を患う男の特異な心理状態を、複雑怪奇な構成で疑似体験させたクリストファー・ノーラン監督の「メメント」(2000)がその一例だ。ところがJ・T・モルナー監督の長編2作目となる本作は、はるかにシンプルなアイデアで絶大な効果を実現させた。

「2018年から2020年にかけて、今世紀最凶かつ異色のシリアルキラーが全米を震撼させた……この物語はその映画化である」。そんな実録風のテロップで幕を開けるこの映画は、冒頭から観る者の目を奪う。真っ赤な看護服を着たブロンドの若い女性が、何者かに追われて草原を走っている姿を捉えたスローモーションのショット。実はこれ、6つの章とエピローグで成り立っているのだが、何と「第3章」から始まるのだ! つまり6つのチャプターをシャッフルした非線形の時系列になっていて、私たち観客はいきなり追う者と追われる者の攻防を目撃することになる。

画像1

主人公の“彼女”は、いかなる経緯でライフルを携える“彼”に追われるはめになったのか。そして行く先々で偶然出くわした人々を巻き込みながら、死に物狂いで逃げまくる“彼女”の運命はどう転んでいくのか。ネタバレ厳禁映画ゆえにこれ以上のストーリーに関する情報は伏せるが、本作のトリッキーな構造は時系列のねじれのみならず、物語の視点を劇的に変えながら、シリアルキラー映画にまつわる既成概念までも根こそぎひっくり返す。そこに本作の最大のサプライズがある。

しかも俳優のジョヴァンニ・リビシが初めて長編映画の撮影監督を務めた本作は、発色の強い35ミリフィルムを採用している。まばゆい陽光が降り注ぐ田舎町ののどかな風景を白昼夢のように写し取ったビジュアルは、このジャンルの寒々しいイメージとはかけ離れ、随所に挿入される叙情的なフォークソングと相まって、1970年代の映画のざらついた肌触りを今に蘇らせたかのよう。“彼女”に扮したウィラ・フィッツジェラルドがまた凄まじく、生と死の裂け目でもがき苦しむ血まみれの熱演に幾度となく息をのむ。

そして何もかもがアンモラルで無慈悲なこのスリラーは、時にゾクゾクするほど艶めかしく、エピローグには意表を突いたセリフが飛び出す。その謎めいた言葉「悪魔を見た」が発せられるシーンは、血も涙もない殺人鬼の不可解な内面が表出する瞬間であり、またしても映画の見え方を一変させる衝撃性をはらんでいる。本当に凄い。もはや恐怖を超え、感動に打ち震えるほかはない。

高橋諭治

Amazonで今すぐ購入

関連ニュース

関連ニュースをもっと読む
「ストレンジ・ダーリン」の作品トップへ