MELT メルト : 映画評論・批評
2025年7月22日更新
2025年7月25日より新宿武蔵野館ほかにてロードショー
ひとりも味方がいない世界で生きる苦しさと切なさ
「家具も何もない部屋で男が首を吊っている。男の足元には大きな水たまりがある。男はどうやって首を吊ったのか?」――物語の中核をなすのは、父親が13歳の娘に出すにはブラックすぎるクイズだ。このクイズは2つの役割を果たしている。ひとつは、現在と過去をつなぐブリッジの役割。もうひとつは、エヴァの心理を物語る役割だ。
何もない空間で宙づりになった男のように、13歳のエヴァ(ローザ・マーチャント)は、足をつけられる居場所がどこにもないと感じている。アルコール依存症の母は妹だけをかわいがり、導火線の短い父はいつキレるかわからない。家庭に安住の地を見出せないエヴァは、三銃士と呼ばれた幼なじみのグループに帰属を求めるが、思春期真っ盛りの男子ふたりとの関係は以前のようにはいかない。とくに、男子のひとりティム(アンソニー・ビット)に片思いしているのだから、なおさらだ。

(C)Savage Film - PRPL - Versus Production-2023
それでも、三銃士の一員の座を保持するために、エヴァは、ティムが言い出した破廉恥なゲームの推進役になる。ゲームは、「クイズに正解したら賞金をもらえるが、間違えたら服を脱ぐ」というルールで、エヴァは、ゲームに参加する女子の調達と、超難問クイズの出題を担当する。当然、女子からは奇異な目で見られるが、ティムに嫌われたくないエヴァは必死だ。
だが、それほどまでして死守したかった三銃士の絆も、ティムがエヴァに女性として低評価を下したことで崩れ去る。さらに、その後に起きた出来事は、自分の味方になる人間が誰ひとりいない現実をエヴァにつきつける。彼女は、その思いを心の中に凍結させたまま大人になった。ひとりも味方がいない世界で生きる苦しさと切なさ。それを、フィーラ・バーテンス監督は震えるカメラワークで表現する。
大人になったエヴァ(シャルロット・デ・ブライネ)は、何を目論んで故郷に帰って来たのか。13歳の彼女の心を凍結させた出来事は何だったのか。凍てつく冬の現在と、まぶしい夏の過去の謎をシンクロさせながら、「復讐」というキーワードを浮かび上がらせていく作劇は、上質のミステリーのごとし。ただし、謎を解き明かしたうえでエヴァの身の上に心を寄せてくれる刑事や探偵は、この映画には登場しない。その役目を果たすのは観客のあなたであると、この映画は語りかけている。
(矢崎由紀子)