劇場公開日 2025年11月14日

「自戒をこめて。」ブルーボーイ事件 ミドレンジヤーさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 自戒をこめて。

2025年11月28日
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私がこれから書くことには、おそらく偏見や誤解が含まれている。もちろん無自覚なものであるが、それが誰かを傷付けるかも知れない。

そんな「言い訳」じみたスタートになってしまうが、そのくらいこの作品に対するコメントは少なくとも私にとって、いろいろな見識を問われる…というか、自分で整理して話さなければ、作中のあの検事の様に、自らの思う正義が間違っていることに気付けない、なんてことになりかねない。

まず、演者の皆さん。
正直なところ、演技が上手…とは申し上げにくい。それは前半、観賞時のノイズではあった。
当初、私は彼女らが「俳優」として、「役」としてあくまでそういったLGBTQの人々の「代弁」をしていると思っていたから。
しかし、実は主人公のサチをはじめ、出演された皆さんの多く、また監督も性的マイノリティであることを観賞後に知って、あらためて感慨を覚えた。

ラストの法廷シーン。
気付いたら涙が流れていた。

これ、もし彼らが当事者だと知って観てたら大変なことになってたぞ。

ドラマのタッチは昭和風に仕上がっているので、「昭和コント」みたいなシーンも多く、演出はあえて現実味がなかったりする。

ただ、ある事件をきっかけに、物語は大きく動き出す。
そこで仲間たちが肩を寄せあって歌う「サントワマミー」
切なくて胸が締め付けられた。

昭和で育った我々は、「オカマ」と呼ばれた彼女たちの、あの姿や振る舞いだけを見て、性的マイノリティの人々をまとめてそこに閉じ込め、どこかで「蔑んでもいい、軽んじてもいい対象」と誤解してきた。

我々が「オカマ」と呼んでいた彼女たちは、自らの立場を世の中に成立させるためにあえて「道化」と「自虐」を演じていたんだ。
当然、同じ悩みを持っていても、そうはなれない、なりたくない人々もおそらく多くいたはず。
ちょっと考えれば分かったはずなのに。

史実として、ここでの判決は性的マイノリティの人々が社会的権利を手に入れる未来の到来を何十年も遅らせることになった。

この作品では性的マイノリティをメインにおいているが

「自分が自分であること」

性別の問題に関わらず、それは実は難しい課題ではある。それを、法が、社会が、人間同士が邪魔をするような世の中であってほしくはないし、自分がそこに加担することにならない様に生きていきたい。

ミドレンジヤー
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