果てしなきスカーレットのレビュー・感想・評価
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スカーレットを応援したくなる
あまりの低評価が気になり自ら確認するため鑑賞。午後のサッカーまでの時間潰しに会員割引の1300円、ハードル低めです。結果ラストでは泣きそうになりました。
強く美しくも復讐心に囚われたスカーレット。解放されて自由に生きてほしい、でも復讐も遂げさせてあげたい、しかし復讐を遂げたあとに何が残るのか。彼女の旅を見届けたい気持ちになりました。
芯の強い聖に救われるスカーレットはアシタカに救われるサンのようでした。ただ聖はアシタカのように背負ったものが描かれないので深くはないです。
歌と踊りのシーンは私がミュージカルを見慣れており耐性があるのでむしろ好きです。スカーレットが未来の人々が幸せに暮らせる世界にと願う動機付けになっています。
声は俳優ではないほうがよいのでは。俳優さんはあくまで顔で売っている人なのでどうしても顔が浮かんでしまいます。非公表ならいいですが(笑)。
過去、未来、死者の国、見果てぬ場所、スカーレットの夢、全て繋がっているのだと感じました。素晴らしい映像のフィクションエンタメアニメとしてお薦めです。
ご都合主義、という批判があるが
物語とは大抵の場合ご都合主義である。現実の持つ煩雑さや些少な諸々を一々拾っていてはお話は纏まらない。ハッピーエンドは少なからず都合が良く収束するものだし、所謂バッドやビターといったエンディングを辿る作品はその逆のベクトルを持っている
そのご都合、に説得力を持たせるために脚本はストーリーの中で段取りを用意し、それを魅力的なキャラクターに演じさせる。それを受け手が「こういう流れならこうなっても納得できる」であったり「都合が良すぎるけどこの主人公が幸せになってくれてよかった」と受容出来なかった場合に「ご都合主義」という批判が発生する、と自分は考える
前置きが長くなった。はい、申し訳ない。
ご都合主義だな、と思いました。自分がこの映画に抱いた印象の中で最も強い要素がそこにあるので、以下それを中心に書く
この映画は非常にメッセージ性が強い。ハムレットや神曲といった西洋古典の素養があるならどうやら深いところにある要素を掬えるらしいが、それを持たない浅学な自分であっても表層的なメッセージに関しては概ね捉えることが出来ているのではないかと思う。
何しろあからさまだし、何なら登場人物達が大事な部分は口頭で説明してくれるからだ
そうして叩きつけてくるメッセージそのものに関してはさほど文句はない。綺麗事そのものは自分は好きだ。綺麗事でも回るような世の中になってほしいとは思う
しかしあまりに登場人物に役割を与えすぎたために、結論から逆算された台本に従っているとしか思えない行動をするキャラクターが多く、青臭い言い方になるが登場人物に魂を感じなかった。これが「ご都合主義だな」と思ってしまった第1点だ
第二に、復讐の連鎖、分断の悲劇、自分自身を縛る事の辛さ、己や己の大事なものだけが幸福になればいいという思想の醜さを描写し、そこからの脱却が困難である事、現実世界における綺麗事の難しさを間接的に描いている(スカーレットの殺人を何度も制止してきた聖青年は、最終的に彼女を救うために自ら殺人を犯すし、クローディアスを赦そうとしたスカーレット唾を吐かれ罵られる)にも関わらず、最後の最後で「天の裁き」で終わらせてしまったことだ
復讐に囚われていたスカーレットは葛藤と幻視の果てに自分を赦し、復讐の連鎖からの脱却を図る。これ自体はそれまでの自分自身の人生をもひっくり返す一大決心であり、それが出来る事は大したものだと思うのだが、当人の内面でのみ完結している事象が他人にとっては関係のないことであるのもまた事実である。スカーレットが手放した剣を拾い、襲いかかったクローディアスの振り上げた剣に、序盤から何度か出てきた巨大な竜(スカーレットを導く老婆であり、鳥の群れ)の発した雷が直撃する
棒状の物体を高く振り上げると雷を誘引する、というのはさほど科学に明るくなくともイメージのしやすい現象であり、この第一撃だけならば「復讐を捨て剣を捨てた事でスカーレットは難を逃れ、武器を振り上げたクローディアスは死んだ」という因果関係であり、物質的な現象としての因果応報としてある意味で分かりやすい。これで終わってしまうことも出来ただろう
が、竜は丸焦げになって動きを止めたクローディアスめがけて第二撃を放つ。この段になると明らかに剣を振り上げてたから雷を誘引どうこうといった小賢しい理屈の問題ではなく、あからさまにクローディアスを狙って雷が発されている。傲慢な者に対して明確な意思を持って放たれた上位者による「天の裁き」だ
敵を赦し、己を赦し、変化を受け入れ、悪しき連鎖を断つ。美しい理想だが相手までそう思ってくるれるかは別の問題だ、さぁどうする? という問いに対して、どんな小さなものであれスカーレット自身の選択の結果を見せてほしかった。「わるいことをしたらかみさまが天罰をくだしますよ」で解決するのならば何故あの世界の人々は、現実の人々は苦しむのか、何故スカーレットだけが救われたのか、そもそも序盤から老婆がハナクソを爆発させたりしてスカーレットだけにやたら親切なのはなんなのか
少なくとも自分はそこに何の納得感も見出すことが出来なかった。自分が努めて信仰を持たない事に拘る人間だからかもしれない
そのせいでその後の流れにも気持ちが乗らず、スカーレットが王座に就く流れは茶番めいて映った
以上が自分がこの映画をご都合主義だと感じてしまい、評価出来ない理由だ
良かったと思う点もある。既に言われているが絵作りは綺麗で、やや登場人物(主にスカーレット)の顔が安定しない点が目についたものの映像作品としては秀逸だし、躍動感のある殺陣のシーンはエンタメとしても楽しめるものだったと思う
批判の対象になりがち俳優陣による演技も「少女としてのスカーレット」が出ている場面に芦田愛菜氏の顔がチラつくぐらいで十分に鑑賞に耐えうるものだったように思う
聖が矢を構えるシーンがやたら大仰でやや笑ってしまうのだが、同じ「矢を放つ」という行為の結果が真逆であることを強調する場面であるから意図的なものであろう
評価しない、と言った立場で、とも思うが世間的に言われているほどひどいものだとは感じなかった
純粋にこの映画を楽しみたい、と思う方はIMAXでの鑑賞をおすすめする
多くの宗教が儀礼に合唱や諷経を取り入れているのは、音は力であるからである。音は空気の振動であり、まとまりのあるそれは物理的な効力を持って鑑賞者の精神を揺さぶる
ある程度音を強調した映画であれば、音響が良い環境で観るだけで随分印象が変わるだろう
以上、まとまりのない駄文にお付き合い頂きありがとうございました
以下、さらにどうでもいい駄文
正直なところ、渋谷ダンスの存在をノイズとして脇に退ければ「復讐疲れした少女スカーレットが生死の境を彷徨っている間に自分を納得させるために見た夢」と解釈したほうが自分には飲み込みやすい内容だった
老婆が彼女にだけ親切なのも、父を処刑した実行犯があまさずあの世界に居るのも、新しい生き方を提示する青年と恋に落ちるのも
全く聞き取れなかったはずの父のつぶやきが「ゆるせ」であったと敵から聞かされたにも関わらずほとんど抵抗無く受け入れ、最後には記憶の中の父すらそう叫んでいる事も
最後に登場した父の幻影が彼女にとっての思い出の象徴である破れた似顔絵に変わった事もとりあえず説明が付く
それはそれで「未来のミライ」を書いた細田脚本らしいなぁと思わなくもないものであった
細田守で観たいものと違った
この酷評の原因は「守の綺麗な映像にハッピーなファンタジーを求めすぎた私たち観客」と「現実味のあるそれぞれの地獄と戦い+叶わない理想と願いを描いた作品」とのギャップにあるのかなと思いました。
結論悪いのは私たちで変わってしまったのも守だけではなく私たち。
日本の長編アニメは常に駿と比較され続けファンタジーかつ誰も悲しくない、誰かの大切な人がちゃんと幸せになれるハッピーエンドを求められすぎているのが可哀想だなと思います。
それだけすごい人だったんや駿。鬼になって一生生きよう駿。
ストーリーは面白く楽しめたのでこの物語をもしも実写でやっていたら跳ねていたのかな山崎賢人使いましょう。
内容に関して何か言うとすれば死後の国の神(仙人?)と竜?どちらかでよかったような気がします。
こんなに細部までこだわって映像が美しく綺麗なのに、ここまで酷評されたら鬱になる私だったら。
だけど守はファンタジーでハッピーエンド!がウケる事、求められている事を分かった上であえてこれをやってる気がします。
守の着いて来れないやつは来なくていいですよ(笑)感が年々増してきている気もしなくもない。私は好きですそのスタンス。あと芦田愛菜の歌が上手い。
無理矢理渋谷を絡める意味
ハムレットに感化された監督が作った映画
つまらなくはないがハムレットに馴染みの薄い日本人には理解できないだろう
途中無理矢理渋谷を絡める意味がわからなかった
謎のミュージカルシーンもなぜ入れたか理解できない 広告代理店の意向か何かかと思うレベル
多分これは予習が必要な作品
昨晩こちら2度目を観に行きました。他の方のコメントにもありましたが、余りにも不当に低く評価されている気がしてわざわざこれ書くためにアカウントを作りました。勿論自己満足のためですが共感してくれる人がいれば嬉しいです。
細田監督の作品は好きなものとそうでもないもの、自分は両方あります。ちなみに今作品は家族4人で観に行きましたが自分の家族には余り評判良くなかったですね。しかし一度目を観て大体は分かったと思いつつも喩えの全てを咀嚼しきれなかった気がしたので2度目を昨晩観に行きました。
2度目を鑑賞した結果、幾つかの点も腹落ちし、自分にとってはこれは間違いなく細田監督の作品の中では好きな部類に入るものだと言えます。少し不満な点はあるので満点ではないですが名作だと思います。
映像は色々言われていて、批判に共感できる部分もありつつも、幾つもの技法を凝らした本当に素晴らしい映像だと総じて思います。スカーレットはすごく魅力的だし芦田愛菜さん初め声優の皆様の演技は本当に素晴らしい。盤も買おうと思っていますが映画館の映像と音響で観るべきものなのでまだ行かれていない方は是非映画館でご覧になって下さい。
そして何故これほどこの作品がヴェネツィアではstanding ovationだったのに日本で低評価なのかをずっと考えていたのですが、この映画を良いものだと評価するためには幾つか要件があるのだということに思い至りました。
自分が思うに、それは以下の3点だと思います。
①ハムレットについての事前知識
②今の世界情勢への課題意識
③父親が娘に抱く愛情についての理解、共感
①ハムレットのあらすじを知らないとこの作品を面白いと思うことはできないかも知れません。彼の作品の世界観との比較、対比の構図が実に面白い部分なのでせめて劇のあらすじをWikiなりで事前調査してから鑑賞すべきです。でないと細田監督が何を改変したかが分からず、本当の意味で楽しめたとは言えない気がします。
そしてこの作品はすごく演劇っぽいと思います。なのでシェイクスピアを含め多少なりとも演劇を観たり興味をもった人の方が楽しめる作品だと思いました。その人口がこの国は少ないのだということをこの低評価は図らずも示している気がします。
②ここ数年間ウクライナやパレスチナで起きている殺戮と人の人への激しい暴力の連鎖への深い憂慮がこの作品の映像から強く伺われます。それを自分にある程度身近な課題と感じていないとこの作品には共感できないと思います。
とても青臭いメッセージかも知れませんが汝が敵を許し愛せよというメッセージをこの作品は非常にストレートに私たちに投げつけてきています。
でも低評価の方のレビューを見ると残念ながら伝わっていないのだと感じます。それはある程度注意深く世界中のニュースに目を凝らしていないと実感しづらい遠すぎる世界の出来事であるからなのでしょうね。
このメッセージはキリスト教的な宗教的な色彩を帯びていると解釈することもできますが、平和への渇望はより普遍的なものであるとも考えられ、ウクライナやパレスチナの現状を踏まえ、今この瞬間にメッセージとして伝えることに意義があるのです。「悪辣な王」は16世紀末の西洋のみならず今も存在するのだから。だからこそ根の国の住民は映像として不相応に西洋や中東色が強いのだと自分は推察しました。勿論わざとですよね細田監督。
他方、悪者には必ず罰が天より下されるのは日本的な宗教観乃至古代ギリシャ演劇の色彩が色濃く出ていますよね。ご都合主義と批判されていますが絶対者が罰を下し問題を解決するのはそこまで大仰な前提でなくとも様々なフィクションでも見られることです。でないとスーパーヒーロー、正義の味方のフィクションは存在しえないですよね。
とは言えこれまでの世界全体を味方にして敵を倒すという世界は一つみたいな民主的な細田作品の問題解決の見せ方(あれだってご都合主義と言えなくもないですが。僕はあれも好きです。)とは大分異なる問題解決のあり方なのも不評の原因の一つかも知れませんね。
(ところで彼の世界では八百万の神たる監理者が姿形を変えつつあの国で何が起きているかをある程度きめ細かく見ていて、それはクジラが祝福を与える細田監督のバーチャルワールドにも繋がるものがある気がしました。)
そして聖は現在の平和な日本そのものを象徴する人物で、愛されるべきだけど色々な意味で世の中が分かっていない世間知らずのお坊っちゃんです。彼の存在は実在の人物というより日本示す記号のようなものなので象徴的でアンリアルだと感じるのは当然です。
その記号たる彼も愛する女性の為には立ち上がらざるを得なくなります。
その結果、無垢なる彼が無に帰すことになるのはしかし暗示としては不吉なものがあり、そうならないような世の中にしたいというスカーレットの願いには切実な細田監督の願いが映されている自分は感じます。
日本の近海で同じようなことがもし起きた時にこの作品、細田監督の意図は再評価されるのかも知れませんね。他人事じゃないんですよ。
上記①と②がヴェネツィアではstanding ovationだったが日本では低評価の主な理由だと思います。
彼らはシェイクスピアに慣れ親しんでいるからストーリーの対比ができるしウクライナとパレスチナは彼らにとってはご近所です。ヴェネツィアとガザの距離は北海道と沖縄くらいの距離です。キエフで北海道と九州くらい。今この瞬間も近所で殺し合いが起きているのです。人とは…と問いたくなる気持ちが理解・共感できるのは当然なのです。
他にもオマージュは色々感じられたのでそういう意味では海外の方が本作は興業的に成功するかもしれませんね。
③ハムレット王子をスカーレット王女に変えたのは実にズルいと思いました。僕も娘がいますが母親からは娘を息子対比で溺愛しすぎだと良く叱られます。同じような気持ちが細田監督初め世の父親には大概あると推察されるので「娘は復讐の鬼などにはなってほしくない」、という部分には強く共感できます。親娘のやりとりの部分は少しウルッときました。
細田監督は自分の家族に対する想いやメッセージを映像にする監督なのでこの作品もそういうものだと理解しました。やっぱり私的な映画ですよねこれ。
他方、だから、大概はあそこまでじゃないにせよ、世の娘に嫉妬するガートルードには不評かもしれません。
しかしあそこまで実の娘に憎しみを向ける母親などいるのかというのは問いたいところではあります。そこはこれまでの細田監督らしからぬ母親の描写の仕方であり、ハムレットのガートルードとも違うと思ったので、誰かモデルがいるのかと聞きたいところではあります。
長々書きましたがまだご覧になっていない方はハムレットのあらすじを予習し、ウクライナとパレスチナガザ地区の現状をある程度把握してからご覧になることをお勧めしたいというのが言いたいことです。娘を持つ父親には刺さる作品です。そして自分の国を取り巻く環境、家族のことにも思いを馳せながら鑑賞してください。そうすればこの作品をあなたも素晴らしいと思うかも知れませんね。すぐ終わってしまいそうだし僕ももう一度観に行こうと思います!
とても満足できました
鑑賞前に「ご都合主義、ダンスが意味不明」などの酷評をたくさん見ましたが、実際に観た感想は全く違いました。
死後の世界でスカーレットや他の登場人物が、看護師との出会いによって感情が変化していく様子が描かれており、神様とおぼしき登場者が全てを見通して導いていたのではないか、など多くを感じました(龍も操っていた?)。
そしてスカーレットの心が変化したあとの帰還後でも、民衆を平和な世界に導いていくが、それは皆さんの気持ちが重要と諭す行動があり、単純なハッピーエンドでもありません。これらもとても良かったです。
しかし映画ファンとしてもちろん文句もあります。敵役の王と部下4名が揃ってなぜ死後の世界にいるとか、せめて敵役の王は毒殺されてて欲しいとか、芦田愛菜はとても頑張っていたけれど、あの厳しいスカーレットを全て演じきるのは難しかったなどなど。
しかし映画全体を総じて俯瞰的に見ると、全体ストーリーは通っており破綻とは感じませんでした。
(個人的には竜とそばかすの姫よりよほど全体のスジが通っていて分かりやすい。そもそもご都合主義でない物語が世の中にあるのか?)
今もネットの酷評はひどいですし、良い悪いは人それぞれでいいと思います。ただ、他人の批評だけで判断せず、自分の目で観て、自分の心で評価してほしい作品です。
補足ですが、大阪万博開催前のネットの酷評、ネガティブキャンペーンを思いだしました。オワコンとかひどい批判でしたが、実際に行った体験は素晴らしく何度も足を運び、多くの感動を得ました。
ネットは叩くターゲットを見つけるとなぜここまで叩くのでしょう。やはり自分で見て自分で判断する、をみんなが実践すれば世界は少しでも良くなると思います
到達点のその先は?
観終わって最初に思ったのは…
覚醒剤でもやってるんじゃないか??
2年後くらいに捕まっている未来を想像した。
それはさておき、
前作でやりたいことの一定の到達点に達した(かつ興行的にも十分に成功した)監督の次作としてはかなり難しかったんだと思う。
とりわけ貞本との決別が大衆に受け入れられなかった要因の根底にあるのではないかと想像する。細田=貞本、みたいな潜在意識はなんとなく皆持っており、前作でうまく脱却の雰囲気は作れたが、今作はちょっと振り切りすぎてしまった。また、夏興行が売りの監督だったが今作は冬興行に持っていかざるをえなかったところも要因としてあるのかも。作り手と受け手の諸々の齟齬が今作の現時点での興行的失敗に繋がったと思う。
現実世界でのジュブナイルのための手段として非現実を使うのが監督の持ち味だと思っていたが、今作は非現実の中で物語を完結させる手法であり、観ていて若干しんどくなってしまった。試みとしては評価するが、死後の世界が意外とイメージ通りだったりするのがつまらなく感じた理由なのかもしれない。現代人が一人メインキャラとしておかれ、スカーレットの成長がそこに帰結していくのだろうが、であれば、もっと色々な時代の人々を登場させても良かったんではないか?その方が「果てしなき」というタイトルが現実味を帯びてくるようにも思うが、2時間の枠では難しかったのだろう。自分に矢印を向ける事が今必要とされているというテーマ自体は好意的に受け取れたので、作品全体は決して悪くないのだが、形作る一つ一つの試みが微妙に噛み合わなかった印象。
死後の世界なんて別に何やったって良いんだから、もっと振り切って自由度高く好き勝手やればある種の怪作の域に達したのかも。
チラシ見た時からほとんど期待していなかったので、こんなもんだと思って見たが、次作は多いに期待する。今作の失敗を糧に次作ではテーマと手法を見事に融合させてほしい。できれば貞本の手を借りずに。また、ラリってる感じの演出も次作ではうまく昇華できることを願う。
なお、映画レビューとは直接関係ないが、
細田守のベストは「時をかける少女」だ、というコメントをちょいちょい拝見する。
わかる、よくわかるが、ちょっとう〜んとなるというか…
仁義なき戦いシリーズで一番面白いのは広島死闘編です、っていうのと感覚的に近いような気がしている。
一つの映画を語る上で、単体でみるのか、フィルモグラフィーを重視するのかは難しいテーマである。
素晴らしきスカーレット!
脚本がとか、設定がとか、色々酷評されているのでどんなにつまらない作品かと興味本位で鑑賞しましたが…素晴らしい映画でした。死後の世界…多分完全な死後の世界ではなくこの世とあの世の中間地点、リンボー涅槃の世界だと思いますがその描写が素晴らしい。涅槃の世界で死を意識すると本当の死の世界へ行くという設定でしょう。涅槃の世界は実際には肉体や物体のない意識(イマジネーション)の世界なので、突然に人が現れたり、場面が変わったり、変な生き物がいたりなど問題なく観られました。涅槃のほとんどの登場人物がスカーレット世代の人々であることもこの世界がスカーレットの心象風景であることを示しています。唯一、聖だけが例外なのは「時をかける少女」と似ています。導き手である老婆は黒澤明監督「蜘蛛の巣城」のもののけを連想させます。細田作品の主題は自己実現であると思います。これまでの作品も「家族になる」、「母になる」、「父になる」、「兄になる」、「人になる」…などがテーマでした。人になるをやった以上、今度は何を見せてくれるのかと思っていましたが究極の自己実現でした。魂の救済ともいえる本作のテーマは単純なストーリーながら奥深いです。涅槃の世界における景色も人物も出来事も実は全てがスカーレット本人による心象風景であって現実ではないのではとも思います。同時に鑑賞者達も自分だったらどうするのか?殺戮に殺戮を繰り返し、最後に仇討ちをすることで本当に心の満足がえられるのか…それとも…を考えながら観るのも良いかと思います。映画監督の中には自分のトラウマを作品にして自己解消するタイプの方がいます。ティムバートン監督などがその典型であり、彼の初期作品は常に他人に理解されない孤独がテーマでした。それが「マーズアタック」で理解なんて不可能なんだで決着をつけます。細田監督も似たような作風です。本作まで行き着いた先には一体何を作るのか?果たして作れるのか?次回作を楽しみに待ちたいと思います。
追記…これは私の妄想ですが…本作は恐るべき傑作です。以下、もろネタバレです。
以下のことを念頭におけば本作の理解が深まると思います。気になったのはスカーレットが覚醒した後に演説する際の民の数の多さです。あり得ない数の国民がいます。まさに世界に問いかけているようです。あの群衆の数はスカーレットの見ている世界が現実ではないこと示しています。つまりあのシーンでさえ彼女の心象風景です。
1.スカーレットは最後まで昏睡状態で死んではいない。
2.スカーレットはラストで覚醒していないし、憎き叔父も毒杯で死んでいないし、彼女は女王にもなっていない。それは彼女にとっての都合のよい妄想である。
3.スカーレットが常世で見ている世界は彼女の精神世界の深淵であり心象風景である。
4.その風景を見せて導いているのは死んだ父親の魂とこの世の理。
5.聖や未来世界とのつながりは彼女の精神世界である。
6.この映画は復讐心で苛まれた哀れなスカーレットのスカーレットによるスカーレットための魂の救済物語。
7.「未来世紀ブラジル」の妄想シーンが本作の全編になっていると解釈すると分かりやすい。
単純に面白くない
正直、褒めるところがない。
世界の平和とか憎しみの連鎖、みたいな台詞があってテーマが「人間とは」という普遍的だが非常に重苦しいテーマなのに、それに耐えうる世界観にも主人公にも仕上がっていない。
全体的に冗長な上に爽快感がない。映像美はあるが、最近の目覚ましい表現技術の進化を考えれば「まあ、こんなもんだろうな」と思う程度だった。
・復讐譚なのに主人公のスカーレットに共感できない。序盤はひたすら「お父様大好き!」って言うだけなので見ているこっちが恥ずかしくなった。散々訓練するシーンを描写しておいて毒を盛って弱った所を狙う作戦って何?
・スカーレットの台詞の大半が「アア、アア」みたいな声で、ちいかわかと思った。まともに喋っても感情的で刺々しく、とてもではないが王女に見えない。
・ヒーローの聖は真っ向からスカーレットに歯向かうでも迎合するでもなく、ただ現代の価値観を体現しているだけで「人間らしさ」を感じない。
・聖が歌一つ歌っただけでギスギス感が消し飛び、恋人みたいな雰囲気になるのはどうなんだろう。「へえ、やっぱバンドマンがモテるんだ」と見当違いな事を思った。
・ダンスシーンが不気味の谷過ぎて気色悪い。等身がおかしいせいだろうか、人形が動いているようにしか見えなかった。
・戦闘シーンに爽快感が皆無。主人公達が弱すぎる。四天王みたいに立ちふさがる王の処刑人に真っ向から勝てないのはどうかと思う。
・死後の世界? の設定がよくわからない。(最後に明かされる事実だが、)実は死んでなくっても行ってしまう世界のようだったし。あの竜は結局何? あの婆は何?
・ボスがマジで愚昧すぎてなんで権力を持てるのか意味不明。周囲の人間はなんでアイツに「死後の世界でも付いて行こう」と思ったんだろう。頭に脳味噌が入っていないんだろうか。
・ボスの死に際が異常に長く、報いとして長く苦しませたかったのかも知れないが、陳腐だったし終盤で見ているこっちは疲れてたので「さっさと○ねよ……」としか思えなかった。
・死後の世界にも現世の王国にも大勢の人間がいるのは結構なのだが、王国に地平線を埋め尽くすほどの群衆がいるシーンは、「ちょっとコピペをやり過ぎてないか?」と思った。
アニメ映画ではなかったら...
2時間全て見た時に出た感想は「説明が少なすぎてよくわからない」だった。その原因を自分なりに深掘りしていく。
まず、時折出てくるあのババアは一体なんだ。死神とでもいうのだろうか、物語進行的に結構重要なポジションなのでせめて名乗ってほしかった。
次に物語全体の無駄の多さ、例えばみんなが「インド映画みたいだ」と言っている現代の渋谷に飛ぶシーンの前の宇宙を旅するような描写が長すぎる。他にもなぜ山が噴火したのか、なぜ最初に山頂についたのがスカーレットと聖だけなのか、他のみんなはどこにいったのかなど、いらない部分と説明が欲しい部分が多い。そこが作品全体の評価を下げている一番の原因だと思った。
作品を見ている時にずっと思ったのが、「これは2時間でやる内容じゃない」だ。復讐ものを2時間にまとめるというだけでもかなり洗練された脚本じゃないと難しいのに、それに現代から来たよくわからん角刈り看護師を混ぜたらそりゃ無理に決まってる。
さらにプラスして細田守がやりたいことを全て2時間に凝縮したような内容で、全てが中途半端だと感じた。
これがもし1クール丸々使えるアニメ作品ならば、もっとマシになっただろう。時代のテーマだったり作品自体の素材の良さは随所から感じた。特に芦田愛菜の演技がよく、ぜひもっと声優をして欲しいと思った。
もっと説明があったら、もっと時間があったら、もっと脚本がちゃんとしていたら、きっと別の評価をされていただろう。そんな映画だった。
映像はとても綺麗なのでこの評価を見てもまだ「観たい」と思った人はぜひ観て欲しい。2回目は行かなくていいけど。
箇条書きで評価
加点
映像美
キャラクターの味
フラ
減点
演出の大き過ぎる振れ幅
ネグレクト母の腰の軽さ
時代を気にしてる割には参照していない
指輪物語
謎稲妻
光の国のウルトラマン
オチ
この先ネタバレのため 読むのは自己責任にて
酷評されなきゃイケナイほど駄目な作品だとは言わないが、その説明でいいのか?というシーンは多い。
王女ちゃんは父に大事に育てられたとても純心な娘、そんな父(旦那)が気に食わない母は王弟を唆し王位簒奪を画策し王国内に大乱を招く。死んだ父の復讐を誓った王女ちゃんだが、根が純心なので酷い目に遭い荒んでいく。王女も王国の住民も大乱に巻き込まれて死に現世と地獄との狭間のような過去も未来も生も死も混ざり合う不思議空間へ放り込まれる。ここまではまだ良い。
突如現れた現代風青年ひじり、何故か手に入れていた弓で矢を放ち父王の処刑執行人だった男に殺されかけた王女ちゃんを救います。この辺から少しずつ なんだこれは というシーンが差し込まれます。
中略
というか王位簒奪したなら、王女ちゃんは処刑の対象だし、その母も普通は処刑では?さらにはこの頃のヨーロッパなんてのは殺伐時代まっしぐらで大航海で奴隷ばんばん隣国と話し合いもへったくれも無いはず戦争嫌なら婚姻関係で親戚なって生き残り戦略じゃないの?16世紀から現代へ跳躍させる光の集中線エフェクトは古臭い、青年ひじりにダンスさせる不明確な意図が解らぬ、歌わせるなら必要性をもっと見せていかないと、戦争反対は自由だが王女ちゃんがそれを言うのは許してもらえるのか?
殺伐シーンのカッコ良さは許すが新興宗教じみた思想は認めない、話し合えば戦争回避できるかのような切り口は駄目さね。
此岸と彼岸
歳をとって徐々に映画館に行くのが億劫になってきたのですが、あまりの酷評の嵐に返って興味をそそられ『果てしなきスカーレット』を見てきました。
ズバリ、お子様の見る映画ではないです。その点、宮崎駿の『風立ちぬ』『君たちはどう生きるべきか』と同じ。
私は一度だけ、最悪の金縛り体験をしたことがあります。その際、体がドブ沼の底へ沈むような「落ちる感覚」と共に、どこの誰かも分からぬ叫び声を「聴き・感じた」のですが、スカーレットが暗殺に失敗後に毒で死にゆく際に体験した「あの状況」はまさしく「それ」と同じ感覚でした。まさか40年前の感覚を呼び起こされるとは思いませんでした。
時代や時の交差する地で巻き起こる現象。脈絡なく現れる敵とか。場面の移り変わりなど。これなどはもはや哲学の話であり、「人とはなんだ?命とはなんだ?」と冒頭から問うてくる、あの老婆と共に見る人が考え、感じるほかないもの。
私は小学生時代に国語の時間で読まされ、気味が悪くて大嫌いだった宮澤賢治の『注文の多い料理店』のことを思い出しました。此岸と彼岸とは、隣り合わせで表裏一体。心象風景の、妄想にして現実の、過去と現在と未来の交差した「あの世」の顛末(ちなみに今は宮澤賢治さん、大好きです。とてつもないイマジネーションの嵐。読むといまだに頭がクラクラしてくる)。
物語の終盤に現れた「門」は、彷徨う「ヒト」にとって固く閉じられた門だが、反射して下方に映し出された門はすでに開かれていた。天国の「門」を閉ざすのは、今の段階の文化・宗教・教養・知性等に縛られた「ヒト」のマインドのせいであると暗示していたのだろうと。
どうやら酷評は主に監督の脚本についてが大多数のようです。私は前作の『竜とそばかすの姫』も大好きだけれども、ちょっとありえない脚本の粗が気になり、それでも何度もリピートしてしまったのでした(エガチャンネルでも江頭2:50さんが分かりやすく解説していてすごいな、と思ったり)。本作品は、前作よりずっと一本筋が通っていましたので「脚本」が悪いとは私は思いません。
もしもディレクターズ・リメイクが可能であれば。
過去の長編抒情詩、劇作家の作品や
黒澤監督の後期のような余白のある
映画的表現をベースにしながらも
量子力学的世界観や最新のグラフィックを取り入れた
意欲的な世界観の作品だと感じました。
その上で、
◉物語の構成や文脈を鑑みて
チャプター制にしていただく。
例えばギャレス・エドワーズの
ザ・クリエイター/創造者
みたいな感じですね。
チャプターのはじめに、テーマ表記と
環境設定のインパクトのあるシーンを改めて
据え置いて、物語を開いていく。
その方が
作り込まれた世界観、工夫に満ちた舞台設定
登場人物同士の感情など
よりシンプルに美しく
響くものになるのではないかと感じます。
◉スカーレットと母親以外の声優さんを
総変更していただく。
この世界に没入できる方。
そういう方なら素人の方でもよいのでは。
◉物語の骨格を
もし、スカーレットの成長におくのであれば
少女から女王に変化していくスカーレット
特に最後の演説の言説、トーンを変えて
思い切り表現していただけないか。
時代背景も踏まえて
王としての威厳に満ちた決意を示して
いただきたい。
スカーレットは
それだけの旅をしてきたんだと思います。
◉最後に
ベタな表現かもしれないが
スカーレットの女王としての使命と一途な愛を
物語るものとして
年老いた威厳のある女王スカーレットの
姿をなんらかの形で見せていただけないものか。
スカーレットのこれまでとこれからの
志と頑張りに私たち観客たちの感動と
共感で報いてあげられるのではないか
と感じました。
スカーレットの頑張りが
一心に伝わる映画でしたので
その頑張りと志が
より広く伝わるといいな
と勝手ながらコメントしました。
このように考えましたのは
『スカーレットは生きている』
という何とも言えない感覚を感じたからでしょうか!?
時間の評価に耐える作品は
たくさんの批評をさらされながらも
生きていく人間のように逞しく成長していくものでは
ないかと思いました。
To be or not to be
予告編の聖さんの綺麗事に?を感じつつ公開を待っていたが、次はSNSの悪評が。ここまで評判が悪いと、怖いもの見たさ半分で投げ銭鑑賞。
・・・なんだ、そこまで悪くないじゃん。
制作時間の関係か、実写合成の処理に乱暴なところや、人物像や動きの生硬さ、現代パートへのしょぼいエフェクト、また全体的に甘々な人間観や死生観などのれないところはちょいちょいあった。
そもそも異世界ものが初見の人には、お話自体がご都合主義的に感じて、ダメな人もいるだろう。
写実的な観点から気になる点も多い(髪の毛はあんな綺麗に切れないだろとか)。
しかし、シェークスピア知らんからやろとか腐すほどの解釈の難しさはない。
論理的な支離滅裂を言うなら、M御大を含むファンタジーの筋運びの論理性もそうだが、そもそも映画というジャンルにあまり強くそういうツッコミ入れるのはヤボではなかろうか。
予告編で気になっていた聖さんの青さも一応は回収されたと見ました。サーバント王女宣言には苦笑したし、滑ってると思うが、これも時代性だろう。
大オススメでもないが、監督が書きたい部分を、自分とは違う感情・感性を楽しみながら見れば、筋運び云々は片目をつぶって鑑賞できました。
このインフレのご時世、たかだが1000数百円、監督や演者の頑張りを楽しむ鑑賞者としては、2時間のエンタメとして楽しい映画でした。
細田さん、頑張って👍
酷評されるほどではない、普通のよくある残念な作品。
土曜の朝の回を鑑賞。今週から上映回数が3分の1になり、箱も小さいスクリーンになりました。 映画館の埋まり具合は定員70名くらいのスクリーンで10名ほど。
もともと予告編を観て惹かれなかったのでスルーする予定でしたが、チケットをもらったので急遽鑑賞。
基本的には自分で映画を見るまでは他人のレビューを読まない主義ですが、今回は否が応でも酷評のレビューが目に入ってきていたので、怖いもの見たさ半分な気持ちもありました。 個人的な感想としてはネットで滅茶苦茶に叩かれるほど酷い映画じゃないな…と思いました。…かといって良くもないですが…よくある普通の残念な映画でしたね。
よく言われる細田脚本ですが、まぁ、これはいつも通りの安定の酷さ。 登場人物が記号的でスカーレットや聖も薄っぺらくて感情移入できなかったですね。死者の国でのスカーレットは復讐に燃えた鬼にでもなっているのかと思っていましたが序盤から結構優しい。なんか情緒不安定なキャラでした。 聖の声は棒読みで結構キツかった。
人物描写が薄っぺらい中で「愛」「平和」を連呼されても心に響かないですね…。
唐突に入るフラダンスや渋谷のシーンは本当に要らないですね。すごい白けてしまいました…。細田さんの作詞した歌が寒かったです。
死者の国の設定もガバガバなのが気になりました。あらゆる時代の人間がここに来る的な説明をしているのに聖以外の人物は中世の人間しかいないという矛盾を作品内でやっていて、制作中に誰もツッコまなかったのかしら…? 重厚な世界観を見せたいなら設定をもう少し作り込んで欲しかったです。
あと、3Dを多用した映像も安っぽかったですね。背景も写真をコラージュしたような感じで実写寄りのリアルさに寄せようとしているけども実写には届かず負けている感じで残念でした。これだったらもっとイラストっぽさに寄せたほうが良かったと思います。
密度の高い画面ではあるものの、なんというか画面から絵ヂカラを感じなかったです。
やりたいことはわかるのですがまとめ切れずな感じで物語に引き込む力が圧倒的に不足しているなぁと思いました。
演出力はあるので、ちゃんとした脚本さえ作れれば細田作品は安定的にヒットするとは思うのですが、今の製作体制のままでは難しいでしょうね。
基本的に暗い展開で子供の喜ぶ要素は皆無なので家族連れで観に行く映画ではないですね。
個人的には「未来のミライ」を観た時のほうが「虚無」になりました(笑)
酷評に釣られて「怖いもの見たさ」で鑑賞。そこまで酷くはないが、演出の「余白」がもっと欲しかった
元々劇場で観るつもりはなかったのですが、あまりにも世間の評価が低いので、逆に気になって「怖いもの見たさ」で観てきました。
結論から言うと、巷で言われている「駄作」というほど酷くはありませんでした。私は細田監督作品が初めてだったので、過度な期待がなくフラットに見られたからかもしれません。「復讐」という重いテーマや、そこから生じる葛藤を描こうとする姿勢自体は悪くないと思います。
ただ、脚本や演出において「全部説明してしまう」点が非常に惜しいと感じました。 (※ここからネタバレを含みます)
特に気になったのは、物語の核となる「許せ」というキーワードの扱いです。 この言葉が出るタイミングが早すぎますし、その言葉について登場人物たちが協議するシーンは、映画的な情緒よりも説明臭さが勝ってしまい、少し冷めてしまいました。スカーレットの葛藤は、言葉で整理された会議ではなく、映像や表情の揺らぎの中で見たかったです。
そして何より、ラストの展開です。 「生きたい!」と叫んでスカーレットだけが生き返るシーン。あそこは、聖(ひじり)とスカーレット、「果たしてどちらが生き返るのか?」という緊張感を最後まで引っ張ってほしかったです。
観客に「どっちだ…?」と固唾を呑ませるような演出があり、その上で予想を裏切る(あるいは納得させる)結末があれば、もっと心に残る映画になったはず。変にスッキリと答えを出すのではなく、いい意味で「もやっとした後味」や余韻を残して終わってほしかった。
スッキリ分かることだけが映画の良さではないと思っているだけに、映像が素晴らしい分、説明過多な構成が悔やまれる一本でした。
悪でも許せ。強いメッセージを感じる力作
悪でも許せ。戦争を止めるために。
恨みの連鎖を止めろ。今、戦争を止めるために。
そんなメッセージがバシバシ響いてくる作品でした。ありがとう。
16世紀のデンマークと、未来の渋谷。
それぞれが死者の国にたどり着き、死者の国は治安は悪いが、各国からの人々がキャラバンを組んで移動している多文化共生の場所で。盗賊はいるが、天罰を与える神のような存在もいる。
この時代に出したかったメッセージを受け止めました。ありがとう、前へ。
良いところもあるが惜しい
公開すぐ見てきました!
結論言うと、
良い方だと思う、と言う感想です!
細田さんの映画は時をかける少女が1番好きで、
その次にサマーウォーズ。
それ以降はちょっと展開が、
ん?と気になるストーリーが多く、
あまり自分には合わないところが多かったです。
それで今回のスカーレットというと、、
正直おしい!という映画でした。
キャラクターには魅力があるのですが、
いかんせんストーリー展開に気になるところが多すぎました。
良かった点
・キャラクターが魅力的
スカーレットがものすごく可愛いですね!
復讐を知ってしまったから心が荒んでしまったけど、根は普通の女の子で泣くシーンは感動しました。
途中のダンスシーンは後述しますが、
もうちょっと補足シーンを入れれば良かったのになー、と思いました。
・キャラの行動のツッコミどころは控えめ
キャラの行動にツッコミは今回少ないですね。
前回までは虐待してる親のところに周りの大人が女子高生単身で向かわせたり、
バケモノでは変身描写なしにレギュラーの親キャラが武器になったり、
キャラの描写少なすぎでした。
唯一思うのはスカーレットの死亡シーン。
いや、毒殺されんなよ笑!
気をつけろよ!
あと叔父も毒ミスって死ぬな!
ラスボスなのにおバカ感出てしまい、
キャラが安くなってしまいます。
ツッコミどころ
・ラストの展開に違和感
ラストは聖が死んでしまったような世界にしないように、
スカーレットが国を納めるという終わりですが、いやいや、
通り魔と国の戦争は、、
直接的には繋がらないんじゃないか、、?
と気になりました。
いっそのこと聖くんは看護師じゃなくて、
戦場の衛生兵でよかったんじゃないかな。
それなら国の戦争を無くすって言葉につながりできます。
・途中の現代へのつながりが薄い
いや、やりたいことわかります!
戦場で戦う普通の女の子が、
恋とかの暖かさを知る映画をやりたいんですよね!
そういう展開、感動します!
、、だったら途中の現代の聖くんと踊る夢を見て泣くのは最重要シーン、
大事にして欲しいです。
あのシーンをいれるなら、
ED後にスカーレットが現代に生まれ変わって、
聖くんと会うシーンは絶対入れて欲しかった。
そうすれば生まれ変わった世界の自分にシンクロしたって流れにできます!
ファンタジーなんだから
そこは許せるんじゃないかな観客も。
それがあればみんなもそこまで
文句なかったんじゃないかなー、、
惜しい。
以上です!
ハードルを少し下げてみたのもありますが、
良かったと思います!
ただ、
もう少し誰かにストーリー添削してほしかったな、、。
もう映画の中で前半後半に分けて、
前半はスカーレットの復讐劇、
後半はスカーレットが生まれ変わった現代で
聖くんと2度目の恋に落ちるとかが
良かったんじゃないかな。
西洋の社交ダンスを介して再び会ったとかなら
ダンスにも繋がりますよね。
出来上がったものにこんな言い方も失礼かもしれないけど、、。
なんにせよ個人的には良いところもあると思うので、
見てみてください!
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