「多分これは予習が必要な作品」果てしなきスカーレット Howardさんの映画レビュー(感想・評価)
多分これは予習が必要な作品
昨晩こちら2度目を観に行きました。他の方のコメントにもありましたが、余りにも不当に低く評価されている気がしてわざわざこれ書くためにアカウントを作りました。勿論自己満足のためですが共感してくれる人がいれば嬉しいです。
細田監督の作品は好きなものとそうでもないもの、自分は両方あります。ちなみに今作品は家族4人で観に行きましたが自分の家族には余り評判良くなかったですね。しかし一度目を観て大体は分かったと思いつつも喩えの全てを咀嚼しきれなかった気がしたので2度目を昨晩観に行きました。
2度目を鑑賞した結果、幾つかの点も腹落ちし、自分にとってはこれは間違いなく細田監督の作品の中では好きな部類に入るものだと言えます。少し不満な点はあるので満点ではないですが名作だと思います。
映像は色々言われていて、批判に共感できる部分もありつつも、幾つもの技法を凝らした本当に素晴らしい映像だと総じて思います。スカーレットはすごく魅力的だし芦田愛菜さん初め声優の皆様の演技は本当に素晴らしい。盤も買おうと思っていますが映画館の映像と音響で観るべきものなのでまだ行かれていない方は是非映画館でご覧になって下さい。
そして何故これほどこの作品がヴェネツィアではstanding ovationだったのに日本で低評価なのかをずっと考えていたのですが、この映画を良いものだと評価するためには幾つか要件があるのだということに思い至りました。
自分が思うに、それは以下の3点だと思います。
①ハムレットについての事前知識
②今の世界情勢への課題意識
③父親が娘に抱く愛情についての理解、共感
①ハムレットのあらすじを知らないとこの作品を面白いと思うことはできないかも知れません。彼の作品の世界観との比較、対比の構図が実に面白い部分なのでせめて劇のあらすじをWikiなりで事前調査してから鑑賞すべきです。でないと細田監督が何を改変したかが分からず、本当の意味で楽しめたとは言えない気がします。
そしてこの作品はすごく演劇っぽいと思います。なのでシェイクスピアを含め多少なりとも演劇を観たり興味をもった人の方が楽しめる作品だと思いました。その人口がこの国は少ないのだということをこの低評価は図らずも示している気がします。
②ここ数年間ウクライナやパレスチナで起きている殺戮と人の人への激しい暴力の連鎖への深い憂慮がこの作品の映像から強く伺われます。それを自分にある程度身近な課題と感じていないとこの作品には共感できないと思います。
とても青臭いメッセージかも知れませんが汝が敵を許し愛せよというメッセージをこの作品は非常にストレートに私たちに投げつけてきています。
でも低評価の方のレビューを見ると残念ながら伝わっていないのだと感じます。それはある程度注意深く世界中のニュースに目を凝らしていないと実感しづらい遠すぎる世界の出来事であるからなのでしょうね。
このメッセージはキリスト教的な宗教的な色彩を帯びていると解釈することもできますが、平和への渇望はより普遍的なものであるとも考えられ、ウクライナやパレスチナの現状を踏まえ、今この瞬間にメッセージとして伝えることに意義があるのです。「悪辣な王」は16世紀末の西洋のみならず今も存在するのだから。だからこそ根の国の住民は映像として不相応に西洋や中東色が強いのだと自分は推察しました。勿論わざとですよね細田監督。
他方、悪者には必ず罰が天より下されるのは日本的な宗教観乃至古代ギリシャ演劇の色彩が色濃く出ていますよね。ご都合主義と批判されていますが絶対者が罰を下し問題を解決するのはそこまで大仰な前提でなくとも様々なフィクションでも見られることです。でないとスーパーヒーロー、正義の味方のフィクションは存在しえないですよね。
とは言えこれまでの世界全体を味方にして敵を倒すという世界は一つみたいな民主的な細田作品の問題解決の見せ方(あれだってご都合主義と言えなくもないですが。僕はあれも好きです。)とは大分異なる問題解決のあり方なのも不評の原因の一つかも知れませんね。
(ところで彼の世界では八百万の神たる監理者が姿形を変えつつあの国で何が起きているかをある程度きめ細かく見ていて、それはクジラが祝福を与える細田監督のバーチャルワールドにも繋がるものがある気がしました。)
そして聖は現在の平和な日本そのものを象徴する人物で、愛されるべきだけど色々な意味で世の中が分かっていない世間知らずのお坊っちゃんです。彼の存在は実在の人物というより日本示す記号のようなものなので象徴的でアンリアルだと感じるのは当然です。
その記号たる彼も愛する女性の為には立ち上がらざるを得なくなります。
その結果、無垢なる彼が無に帰すことになるのはしかし暗示としては不吉なものがあり、そうならないような世の中にしたいというスカーレットの願いには切実な細田監督の願いが映されている自分は感じます。
日本の近海で同じようなことがもし起きた時にこの作品、細田監督の意図は再評価されるのかも知れませんね。他人事じゃないんですよ。
上記①と②がヴェネツィアではstanding ovationだったが日本では低評価の主な理由だと思います。
彼らはシェイクスピアに慣れ親しんでいるからストーリーの対比ができるしウクライナとパレスチナは彼らにとってはご近所です。ヴェネツィアとガザの距離は北海道と沖縄くらいの距離です。キエフで北海道と九州くらい。今この瞬間も近所で殺し合いが起きているのです。人とは…と問いたくなる気持ちが理解・共感できるのは当然なのです。
他にもオマージュは色々感じられたのでそういう意味では海外の方が本作は興業的に成功するかもしれませんね。
③ハムレット王子をスカーレット王女に変えたのは実にズルいと思いました。僕も娘がいますが母親からは娘を息子対比で溺愛しすぎだと良く叱られます。同じような気持ちが細田監督初め世の父親には大概あると推察されるので「娘は復讐の鬼などにはなってほしくない」、という部分には強く共感できます。親娘のやりとりの部分は少しウルッときました。
細田監督は自分の家族に対する想いやメッセージを映像にする監督なのでこの作品もそういうものだと理解しました。やっぱり私的な映画ですよねこれ。
他方、だから、大概はあそこまでじゃないにせよ、世の娘に嫉妬するガートルードには不評かもしれません。
しかしあそこまで実の娘に憎しみを向ける母親などいるのかというのは問いたいところではあります。そこはこれまでの細田監督らしからぬ母親の描写の仕方であり、ハムレットのガートルードとも違うと思ったので、誰かモデルがいるのかと聞きたいところではあります。
長々書きましたがまだご覧になっていない方はハムレットのあらすじを予習し、ウクライナとパレスチナガザ地区の現状をある程度把握してからご覧になることをお勧めしたいというのが言いたいことです。娘を持つ父親には刺さる作品です。そして自分の国を取り巻く環境、家族のことにも思いを馳せながら鑑賞してください。そうすればこの作品をあなたも素晴らしいと思うかも知れませんね。すぐ終わってしまいそうだし僕ももう一度観に行こうと思います!
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