「夢の話なのかな?」果てしなきスカーレット 湯浅創一郎さんの映画レビュー(感想・評価)
夢の話なのかな?
細田守監督の作品で好きなものはあまりない。
多分、彼とは価値観が合わない。
時をかける少女もサマーウォーズも響かなかった。
ただ、バケモノの子はお気に入りの作品の一つで、最後の戦いのシーンは泣けた。父の子(血が繋がっていない)に対する熱い想いに涙した。ツッコミどころは多いが、あのシーン1つですべてOKになった。
今作はツッコミどころが多彩でかなりストーリーも支離滅裂である。酷評なのも分かる。
ラストの叔父との対話も酷い。
なのに、心に響いた。
父が最後に遺したという「ゆるせ」という言葉。
スカーレットは何もかもが思うようにいかないどころか一度、叔父を赦そうとした気持ちすら踏みにじられ心を乱す。
なんでこんなことに?!復讐すべきと思い込み、元凶の叔父を責めてきた。その為、全て復讐に捧げてきたつもりでいた。
そして、遂に父の遺言であったはずの『叔父を赦せ』ということも裏切られた。
自分のしてきたことは全て間違っていたということなのか?
どうすべきだというのか?
まさに"To be.or not to be"。
そこで彼女が行き着いた心の結論とは
「自分を赦せ」
だった。ここに行き着くシーンは心に響いた。
最後の最後でこの作品を観た意味があった。
結局、『死後の国』はスカーレットが毒で生死を彷徨い、その狭間でみた夢だった。
と、私は解釈した。これだと意味が分かる。
死後の国は時代も国も混ざった世界である割にはスカーレットの想像の範囲の世界だった。
そして、高熱にうなされているときに見るような支離滅裂な世界だった。
あれ?なんで急にこんなことになってんの?という。でも、夢を見ているときはその支離滅裂には気づかない。
この、果てしなきスカーレットは復讐に取り憑かれ、死にかけた意識の混濁のなかで、彼女の心の葛藤を自らが克服するために巡った、心の旅路なのだろう。
ただ、スカーレットの死にかけた魂が、本当の意味で時代を超えた亡くなったばかりの日本人の聖の魂と邂逅したのはこのストーリーの中での事実でもある。
だから死後の世界といえば、死後の世界であり、とはいえ、スカーレットの意識の世界ともいえる話なのだと思う。
まあ、めちゃくちゃ自分の中でこの話を正当化しているわけだが、それもまた私の中にあるものが「果てしなきスカーレットはそんなに悪くない。」という結論を出した。1つの印象的なシーンがこの作品をすべてOKとした。
ゆるした。
この作品を赦します。この作品を良いと感じた自分も赦したいと思います。
そう思うと、鑑賞後は優しくなれた気がする。
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