「この内容でフルプライスでの鑑賞はオススメ出来ない。」シンパシー・フォー・ザ・デビル 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
この内容でフルプライスでの鑑賞はオススメ出来ない。
ニコラス・ケイジ主演・製作、妻の出産に立ち会う為、病院へ向かって車を走らせていた会社員(ジョエル・キナマン)が、病院の駐車場で後部座席に乗り込んできた謎の男(ニコラス・ケイジ)に脅迫され、彼と共に“地獄のドライブ”をする事になる様を描く。監督にユヴァル・アドラー、脚本にルーク・パラダイス。
会社員デイビッド・チェンバレンは、妻の出産に立ち会う為、一人息子を妻の実家に預け、病院に向かって車を走らせていた。妻は過去に最初の出産で娘を亡くしており、今回の出産もリスクを抱えていた。彼女の身を案じるデイビッドは、無事に病院の駐車場に到着し、出産道具を手に降りようとする。しかし、突如後部座席に赤髪の謎の男が乗り込み、銃を突き付けてデイビッドを脅す。訳も分からず、何とか説得を試みようとするデイビッドだが、男は全く話を聞かない。やがて、彼らは目的も不明なまま、地獄のドライブをする事になる。
先の読めない予測不能な“地獄のドライブ”というアイデア、タイトルの意味である“Sympathy for the Devil(悪魔への同情)”をラスト5分で回収する様は見事。
しかし、あまりにも物語的な盛り上がりに乏しく、弱いと感じた。「平日の昼間に、テレビ東京の『午後のロードショー』で見かけたら面白く感じるかもな」といった具合の作品で、少なくとも一般料金2000円のフルプライスを払って観る作品ではない(私はファーストデイで1300円)。
男「お前なんだろ!?」
デイビッド「違う、人違いだ!」
本編の大半がこのやり取りに費やされる事になるのだが、こちらも何が何だか意味が分からないまま、キャラクター同士の会話が噛み合わないという様子は、こうもストレスを感じさせるのかと思った。
また、デイビッドが男の話を遮り、それに男が激怒するというやり取りの繰り返しもストレスが溜まる。正に、「俺の話を遮るな!」だ。
主演のニコラス・ケイジの熱演は素晴らしく、話の通じない男の傍若無人さ、アップで映される表情のバリエーションと表現の巧さは、流石一流スターといったところ。予告編でも使用されている「お前は黙って座ってろ!」の件のドスの効いた怒鳴り声が抜群。自らの目的を遮る者は容赦なく殺すという冷酷さも良い。しかし、彼の身に起きた真相を知ると、中盤のダイナーで母娘や若い店員を見逃した理由に納得する。
ラスト5分で遂に正体を表すデイビッドことジェームスの豹変ぶりも見事で、ジョエル・キナマンの表情の迫力も素晴らしい。
走行中の車から飛び降りたり、その際に脱臼した肩を1人で治したり、度々格闘戦や攻防を繰り広げる様子は、彼が只者ではないという伏線としては十分だったが、やはり本性を表した瞬間には凄味があった。
かつて自分が誤って射殺してしまった男の幼い娘、発狂して精神科送りになった男の妻への後悔に苛まれ、裏稼業から脚を洗い、平穏な生活を手にした事が判明する。しかし、毎夜夢には殺した娘が現れ、表向きの姿とは裏腹に、未だ苦悩を抱え続けている。男を始末した事で、それを振り払うのかとも思ったが、駆け付けた警察の応援に助けを求める寸前、「俺はデイビッド・チェンバレンだ。俺はデイビッド・チェンバレンだ」と、自らを洗脳するかの如く唱え続ける姿には、この先も彼の苦悩は消えないであろう事が感じられる。
90分という上映時間は非常にコンパクトで有難いのだが、鑑賞後に抱いた感想は「この内容なら75〜80分。いっそ60分の中編映画でも良かった」というものだった。製作費が幾らかは分からないが、世界興収も惨敗の様子で、赤字は避けられなかっただろうなと思った。