「リアルタイム中継放送の是非を報道する側の視点で描く」セプテンバー5 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)
リアルタイム中継放送の是非を報道する側の視点で描く
誤報(ぬか喜び)の後の結果に青ざめるアメリカABC放送の
クルー‼️たち・・・
その姿ががとても印象的でした。
人質全員解放から、人質全員死亡‼️
この落差は人命尊重する重大なスクープに暗い影を落としました。
人質の家族は、解放無事の報から、その直後には
奈落の底へ突き落とされたのですから、
《報道の重み》《報道の責任》
それは計り知れないですね。
【ストーリーは実話】
1972年9月7日(=題名)のミュンヘン・オリンピック選手村で起きた、
パレスチナの武装派集団(黒い九月)による、
イスラエル選手団の人質テロ事件。
それをアメリカABCテレビのスポーツ担当のクルーが、
寄りによって報道knowhowのないスポーツクルーによって、
衛生放送で世界に同時生中継をしてしまったのです。
視聴したのは9億人。
日本でもテレビや新聞で見聞きしましたが、リアルタイムの
衛星中継はなかったと思います(家族に確かめたのですが、)
リアルタイム中継。
①その是非と、功罪。
②ABCにあったCBSへのライバル心と焦り。
③ドイツにとっての、このオリンピックの持つ意味。
③は特に重要な気がします。
ナチスドイツに恨みを持つイスラエル人が、
ドイツで開かれる戦後初のオリンピックに参加したこと。
【平和の祭典=オリンピック】で、
イスラエル選手団の全員11名が
今度はパレスチナ人に殺されたことの意味。
人質を連れたパレスチナのテロリスト集団(黒い九月)は、
空港で人質が全員解放された・・・との偽情報が、
ドイツ側広報、ドイツ高官から流される。
その誤報の原因は、映画を観ても私には分からなかった。
❹人質のイスラエル選手の部屋では、ABC放送の映る
カラーテレビがあり、
テロリストには警察の動きが筒抜けになっていた。
・・・では何故?
❺選手村の電源をシャットアウトなかったのか?
競技の中断はすぐに終わり、またすぐにはじまったのか?
この事をABCクルーは悔いて責任を感じているが、
気づかない警察と、オリンピック事務局にも疑問を感じる。
撮影したクルーでただ1人のドイツ人として生放送に貢献した
通訳を兼ねたマリアンヌ(レオニー・ベネシュ)、
そのマリアンヌの立場も微妙だった。
イスラエルへのドイツ人として複雑な感情を込めつつ、
職場ではアメリカ人にドイツ語を訳して、
警察無線の傍受やら、そしてドイツラジオ局の情報も
同時通訳する。
(これはある意味スパイ的立場に似ている)
ABCスポーツクルーは、特に撮影責任者のジョン(ジョン・マガロ)、
そして番組責任者のスポーツ担当デスクのルーン
(ピーター・サースガード)が仕切った。
ここの2人が、事態が変わるたびに、何度も重要な決断を迫られる。
特にルーンはアメリカにいる報道スタッフにスクープを
横取りされないために、
必死で、喧嘩腰でアメリカにいる報道チームと電話でやり合う。
(実際問題としてニューヨークから来たって間に合わないのだ、
(たった一日に起こって終わった顛末なのだから、)
撮影は1972年を実に詳細に再現、
その場にいたスタッフそしてカメラマン、
機材(望遠カメラの大きさと重さ)
テレビ局のモニター画面も本当に小さくて、
覆面を被ったテロ犯は窓辺に何度となく姿を現すやら、
ドイツの警官が屋上から人質の部屋に侵入計画も、
犯人たちにバレバレだったのだ。
それほどに警察にもテレビクルーにも判断の時間が持てないほどの
スピードで進んだ奇襲作戦のテロだった気がします。
ジョンはトップを切って“人質の無事“を報道したくて、
“多分“を付ければ、良いか!?
「多分人質は全員解放された」との一報を流す。
それは瞬く間に世界中に流れる。
しかし実際には空港での地獄の銃撃戦の末に、
イスラエル選手団の11人全員と警官、パレスチナ人5人が
全部で17人が死亡したのです。
世紀の誤報・・はあっという間に塗りかえられて、しまったわけですが
ジョンの青ざめた顔、そしてABCスポーツ担当責任者のウィアーに
とっても苦渋の選択だった。
咄嗟の判断を迫られるリアルタイム放送の難しさを、
思い知らされました。
この映画を観る前に「ミュンヘン」2005年を観たのですが、
「ミュンヘン」はこの映画の「黒い九月事件」とその後、
その後のイスラエルの報復とパレスチナの報復への報復・・・に、
重きを置いた映画でした。
そしてパレスチナとイスラエルの問題は、50年後の今もなお
報復の連鎖は続いているのです。
余談ですが、調べたら1972年は私の住む「札幌冬季オリンピッ」が
2月にあって、その秋の9月がミュンヘンオリンピックだったのです。
ドイツが戦後の復興の象徴的立ち位置がミュンヘンオリンピックで、
札幌冬季オリンピックは“札幌に地下鉄が通って便利になったよー“
そんな楽しいお祭りだったのに、ミュンヘンでは今も歴史に禍根を残す、
“血塗られた平和の祭典“だったとは!!
報道する側の伝え方、倫理観を、
今改めて問いかけたい・・・
ティム・フェールバウム監督はそう語っています。
またまた返信遅くなりすみません💦
先週はなかなか映画を観られなかったので🥲
人間は過去の歴史から学ばない 確かにその通りですね。ここ最近のウクライナアメリカの会談を見ていてもため息しかでませんでした。ミュンヘンのほうがかなり生々しくはありましたが、こちらの映画も裏側から見た生々しさがありましたね。
共感とコメントありがとうございます。
あさま山荘事件だけでなく、札幌オリンピックも同じ年でしたか!
私は、「日の丸飛行隊」のカサヤ、コンノ、アオチ、覚えてますよ、カサヤ選手のもみあげが妙に記憶に残ってます。
悪い意味ばかりでなく、報道に関わる人の性を目の当たりにした感じでした。特ダネなら独占したいし、世間の目を釘付けにする絵を撮りたい、そして視聴率を取りたい。それはプロ意識なんだと思います。
(プロ意識は、「ショウタイムセブン」のみなさまでも溢れるほどあったと思います)
でも、報道する側からは眼の前のテロは、所詮他人事なんだなあ、と思わされます。札幌オリンピックの日の丸飛行隊は、我が事のように嬉しかったんですよね。
同じ年に起きた、「黒い9月」事件の方は、クロイクガツという名前だけ、聞いたかもしれない、もしかしたらもっと大きくなってからの記憶かも、という程度。時差があるから当時の環境では日本で中継見た人いなかったのかもですね
共感ありがとうございます。当時は衛星回線に限りがあり日本での中継は全くありませんでした。事件が一昼夜で終わったこともあり新聞報道があっただけです。子ども心ながらこんな大事件なのに取り扱いが少ないなと思った記憶があります。パレスチナ問題は当時から日本では関心が低かったということもあるかも。ところでこの年はあさま山荘事件もありました。犯罪事件の実況放送といえば記憶に強く残っているのはこちらですかね。
コメントありがとうございます。
報道する側の伝え方、倫理観を観る側にも問われていますよね。
私には確たる考えはありませんが、色んな視点や考え方がある中で、鮮度も要求される。
難しいですが、一人ひとりが考えるべきテーマだと思います。
私はどうしても、考えが揺らいでしまします。
それ故に、このような映画で世に問いかけることは意義があることだと思いました。
コメントと共感ありがとうございました。
「ミュンヘン」未見なので、探して観てみたいと思います。
なんせ、小2だったので、記憶は不確かなのですが、親父がいつも7時のNHKニュースを見ていたので、選手村のあの建物の映像の記憶はうっすらあります。
『セブン』の共感ありがとうございます。やはり、ミュンヘン、セプテンバー、両方観るべきでしょうが、琥珀糖さんのレビューを読んで充分納得したので、もういいかなーと。札幌五輪はトワエモアと笠谷、金野、青地しか記憶にないのですが、ああ懐かしい。