「これは、日本映画がまだ本気を出せるという証明だ。」新幹線大爆破 oceanさんの映画レビュー(感想・評価)
これは、日本映画がまだ本気を出せるという証明だ。
これは、日本映画がまだ本気を出せるという証明だ。
そして、前作を観ていなくても、心を掴んで離さない作品だった。
1975年の傑作『新幹線大爆破』から50年。
その名を継ぎつつ、単なるリメイクにとどまらず、
今この時代だからこそ描ける“新しい物語”がここにあった。
爆弾が仕掛けられた新幹線。
絶望的な状況下でも、草彅剛演じる車掌が静かに放った
「皆様は、私たちのお客様です」
という一言。
落ち着かせようとするその姿に、車掌という職業の誇りと誠実さがにじんでいた。
のん演じる運転士も素晴らしい。
緊張の極限状態の中、「アップルパイ食べたい」とふと漏らす言葉に、
張りつめた空気がほぐれ、“人間らしさ”と“現場で戦う人のリアル”が滲み出ていた。
物語の核を握るのは、爆弾を仕掛けた女子高生・柚月。
「そう言ってないとやってられないんじゃないんですか?」という彼女の一言には、
痛みの中でしか自分を肯定できない、揺らぐ心の弱さがにじんでいた。
そして忘れてはならないのが、
ピエール瀧が演じた爆弾作成者・古賀。
彼は、1975年に“ひかり109号”への爆破テロを起こした古賀勝の息子という設定で登場する。
かつて父が果たせなかった復讐と理念を、今度は少女の手を使って遂げようとする第二世代のテロリスト。
爆弾は彼が製造し、実行は柚月に託す――
自らの手を汚さず、他人の怒りを利用して目的を果たそうとするその姿は、あまりに冷酷で恐ろしい。
激情を抑え、淡々と語る口調の中に宿るのは、
確信に満ちた冷酷さと、歪んだ正義への執着。
柚月に「自分と同じだ」と語りかけるその言葉は、
共感ではなく、自分の正義を正当化するための独善にすぎなかった。
ピエール瀧の演技は、ただ“怖い”だけではない。
過去の亡霊のようにじわじわと近づいてくる、重たく静かな恐怖を刻みつけていた。
登場人物すべてが「どちらか一方に寄りすぎない」バランスで描かれている。
善悪ではなく、“その時その人に何ができたのか”というリアリズムで構成されているのが素晴らしい。
YouTuber、無職、政治家、JR職員、乗客――
それぞれの立場の人間たちが、“自分にできること”を模索し、やがて動き出す。
その姿が、今の社会に必要な“人としての責任”を描いていた。
前作を観ていなくても安心して楽しめるのは、
劇中で自然に挿入される旧事件(109号事案)の映像や台詞があるから。
過去を知る人にも、知らない人にも優しい構成で、
「ただのリブート」ではなく、きちんと“続編”として成立している誠実な脚本だった。
そしてやっぱり、JR職員たちがヒーローに見えた。
爆弾を恐れながらも、乗客を守るために立ち向かう姿は、
どんな映画のスーパーヒーローよりも現実的で、強くて、美しかった。
彼らの行動は、政府や官僚たちも動かしていく。
現場の力、プロフェッショナルの力が世界を動かすという描写に、胸が熱くなった。
監督・樋口真嗣。
“現場”と“誇り”を描かせたら、今の日本映画界で彼の右に出る者はいない。
シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバースで磨かれた視点と演出が、
この映画で極限まで生きていた。
誰かが本気で作った映画を、
私たちが本気で観る――
その瞬間こそが、邦画の底力。
これは骨のある邦画だった。
そして、私が久しぶりに見入った、間違いなく“観るべき一本”だった。