劇場公開日 1957年1月15日

「持続する緊迫感。」蜘蛛巣城 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 持続する緊迫感。

2025年9月9日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

悲しい

怖い

興奮

有名な『マクベス』を翻案した映画。
だから大筋は判っているのに、次はどうなるのかと魅入ってしまう。

黒澤監督の映画に何を求めるかで、評価が変わってくる。
 ある夫婦の破滅の物語。
 この世の総てを手にするはずだったのに。
 あるきっかけで、心の奥底に眠る感情に翻弄され…。
 欲望・疑心暗鬼、驕り…。
『七人の侍』『隠し砦の三悪人』『用心棒』『椿三十郎』『赤ひげ』等の、黒澤映画に期待する陽のエンターテインメントは皆無。
この顛末を勧善懲悪と見れば、すっきりとするのかもしれないが、
唖然とする圧巻な幕切れ。”信”を失った男と女の落ち行くところ。
 (ラストは若干、『マクベス』とは変えてある。『マクベス』では、予言された、あり得ないはずの男が現れるが、この映画では…。こちらの方がより現実的で、こうなるよなと思いつつ、主人公の立場になれば怖い。)

能の様式美を取り入れた作品。
 人形が動くか如く、衣擦れの音はすれど、すっと動く。座っている姿から、「よっこらしょ」なんて言葉は不要に、すっと立ち上がる。三船氏だけではない。山田さんも。他にも他にも。皆さま、どれだけ体幹を鍛えていらっしゃるのか。
 馬の躍動感。
 なのに、静かな、静かな印象。
 雲海に囲まれた城。
 迷いの森。
 夫婦によって囁かれる謀議の部屋は暗く、その外は陽光溢れ、家臣たちが伸びやかに日々の備えの最中。
 謀反を犯した臣が処罰された血が残る部屋、そこで行われる所業。
 楽しいはずの宴席の冷めきった様。
 有名な奥方の狂気。
 キリキリとして、押し付けられるような絵の連続。
 そして、ラストはあの有名なシーンが炸裂する。
オープニングとエンディングは諸行無常。後味が…。

監督もすごいが、この役者なくしては成しえなかった映画。
 物の怪の老婆を浪花さんが雰囲気たっぷりに、この映画の世界に誘ってくれる。
 終盤ではワンシーンなれど、志村さんがとても力強くて、頼もしい。
 そして主人公・鷲津を演じられた三船さん。豪放磊落にして小心者。野望を叶えたい気持ちと、人としての信義の中で揺れる様子、転落していく様子。馬鹿な男と笑い飛ばせない何かが惹きつける。
 とはいえ、最高勲章は山田さん。この不気味さ。なのに、事を為した後に戸惑い。そこから一転した、あの狂気。
 語り継がれる映画。

人の、心の奥底に眠る、人を押しのけても栄華を希求する気持ちが刺激されて、
同時にその顛末も明らかにしてくれて、
何のカタルシスも得られないけれど、忘れえぬ。
鑑賞して何日も経つのに、心がざわめいて止まらない。

とみいじょん
PR U-NEXTで本編を観る