「初老男性のそこはかとない不安」敵 talkieさんの映画レビュー(感想・評価)
初老男性のそこはかとない不安
大学教員という、ある意味で「浮き世離れ」した学究生活を送ってきた儀助にも、やはり「この後」の不安があった…否、実はその不安で心がいっぱいだったのだろうと、評論子は思います。
年金と、現役時代に貯めた預貯金と、細々と続く雑誌の連載記事の原稿料や講演料で食いつないではいるものの、連載は不安定で資金源は限られ、「出(いず)るを測って入るを制す」るような生活は、とうてい望むべくもない。
いざという時には「自死」という非常手段を選択する決心だったが、いざ試みてみると、それも上手くはいかない。
儀助の内心に実は伏在していた、そのそこはかとない「不安」が、原稿執筆に使っているパソコンに届く迷惑メールに触発され、また、自分が遭うとはつゆも考えていなかった振り込め詐欺の被害に遭ってしまうことで、その不安が一気に顕在化して(預貯金残高の計算上=想念上のものとしてではなく)まさに現実のものとして「敵」が襲ってくる―。
死期は自分で選ぼうとすれば選べないこともないが(認知症によると思われる)せん妄の恐怖は、自分の意思では避けることができない―。
つまり、それまでは浮世の風にはそうそうは当たらない生活をしていたところ、実社会では現実に起きている振り込め詐欺の被害にに自分も遭ってしまったということで、自身の暮らしも現実とは無縁ではないことを改めて知らされたという意味では、1,000万円の残高のうちの300万円とは言え、儀助にとっては、足元の床を取り払われて、奈落まで突き落とされたような衝撃だったのではないかと、評論子には思われました。
(儀助が関心をもって手にするであろうことを見越して、フランス文学の本に、これ見よがしに学費未納の通知をしおり代わりにしておく―。儀助は、その下心から、まんまと菅井…スナックで知り合っただけの若い女性…に嵌(は)められてしまったというべきでしょう。)
美しいモノクロの映像で、儀助のその不安を見事に活写した佳作というのが、評論子の本作に対する評でした。
そして、本作を(カラーではなく)モノクロで撮ったというのには、画面の質感の美しさの他に、もう一つ理由があったのではないかと、評論子は思います。
それは、儀助の想念の世界を主として描く本作は、フルカラーではビビット過ぎる…現実味があり過ぎるということで。
令和の今に、あえてモノクロで本作を撮ったことは、本作の製作意図から、まったく適切な選択だったということに、おそらく異論はないこととも思います。
本作は、『腑抜けども、悲しみの愛をみせろ』で、家族をめぐる人間関係を、シニカルに、はたまたコミカルに、見事に切り取ってみせた吉田大八監督の手になる作品として鑑賞したものでしたけれども。
人間関係(人)の内面を描ききったという点では、その期待に少しも違うことがなかった佳作だったことも、評論子には嬉しい一本だったと思います。
(追記)
ご本人は末期に向かって静かに隠遁生活を営んでいるつもりなのかも知れませんけれども。
しかし、教え子の女性が訪ねてくると、何を期待してか、仏壇にある亡き妻の遺影を静かに倒しておくあたりは、儀助もなかなか「茶目っ気」のあるおじいちゃんで、「世俗」を捨てきれてはいないのかも知れません。
(追記)
溜め込んでいた大量の石鹸には、驚きました。
しかし、儀助の年代を考えると、溜め込んでいたのが「石鹸」ということには、意味がありそうです。
全身洗浄も、略々(ほぼほぼ)ボディソープにとって代わられて、令和の今、石鹸で体を洗う人は、そうは多くはないと思います(石鹸でも、保湿効果に優れたものを愛用している人はいると想いますが)。
評論子の子供時代は、男性は、石鹸一つで頭から体まで、ぜんぶ洗っていたのを思い出しました。
頭髪を洗うシャンプーは、女性が使うもの。
(実際、お風呂の待合室で忘れ物の入浴道具が見つかり、「シャンプーが入っているから、女性客の忘れ物だ」と、周囲が断定するくらい。)
風呂用品を入れた風呂桶を持って銭湯に行くのは、もっぱら女性で、男性は、タオルのほかは石鹸箱ひとつだけの「軽装」というのが、当たり前の時代でした。
男性が、シャンプーやトリートメント、ボディソープを使うようになったのは、いつ頃からでしょうか。
(ちなみに。評論子は今も昔もクイックカットで倹(つま)しく済ませているときに、評論子の息子は、大学生の頃からは、美容室で髪を切っていたようです)
かてて加えて、老人は、往々にして「もったいない」精神で物を捨てずに溜め込む習性のあるもの。
お若い方にはピンと来なかったかも知れませんが、儀助が石鹸を溜め込んでいたことは、上記のような経験のある年代の方には、「さもありなん」と、思い当たったのではないかと、評論子は思います。
共感ありがとうございます。
石鹸が溜まってたのは現実なんでしょう、でもカバンに詰めて外に置いたのは?何より1個だけ転がってたのは?敵の存在をクレーム隣人やバルザックの飼主、病床のキッチュさんが知っていた事含め、もう訳が解らない感じが“じわじわ”広がりましたね。