「何はともあれ、叱られたい爺さんなんだなあと思った」敵 Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
何はともあれ、叱られたい爺さんなんだなあと思った
2025.1.21 イオンシネマ京都桂川
2025年の日本映画(108分、G)
原作は筒井道隆の同盟小説
Xデーを設定した元大学教授の晩年を描いたスリラー映画
監督&脚本は吉田大八
物語の舞台は、都内某所
フランス文学の権威でもある元大学教授の渡辺儀助(長塚京三)は、妻・信子(黒沢あすか)に先立たれて以来、ずっと一人暮らしをしてきた
彼は、預貯金と年金、日々のランニングコストを計算し、「Xデー」なるものを自分で設定していた
ある日、儀助が物置を整理していると、荷物が崩れて色んなものが散乱してしまった
教え子の小道具屋・椛島(松尾諭)に荷物を整理してもらっていると、彼は庭に枯れた井戸があることに気づく
頼んでもいないのに、椛島は何としても復活させたいと意気込んで、知り合いの井戸掘り名人に声をかけると息巻いてしまう
その後、夏も盛った頃、儀助のところに教え子の靖子(瀧内公美)がやってきた
約束を取り付けていたとのことだったが、儀助は曜日を勘違いしていたようで、簡単な食事とワインでフランス文学談義で時間を過ごすことになった
酔っ払った靖子はソファで寝てしまい、儀助は良からぬことを考えるものの、彼女はあっさりと終電に乗って帰ってしまった
また、別の日には、行きつけのバー「夜間飛行」にて教え子のデザイナー・湯島(松尾貴史)と飲んでいると、バーの姪っ子の大学生・歩美(河合優実)を紹介される
彼女もフランス文学を専攻していて、別の機会に文学談義をする機会を持つことになる
だが、その際に彼女が学費を滞納していることがわかり、再び儀助の中で良からぬ考えが生まれてしまうのであった
映画は、そんな日常を過ごしている儀助の元に、迷惑メールが頻繁に届く様子が描かれていく
「当選しました」とか、「お金を受け取ってください」とか、「どこかで暴動が起きて危険です」みたいなものまで多彩だった
当初は無視していたものの、しまいには「敵について」という意味不明なものまで送られてくるようになった
儀助は意にも介さなかったが、ある日を境に「敵」について思いを巡らせることになり、いつしか自分の中の一部のようなものになってしまっていたのである
原作未読なので比較はできないが、映画を観た感じだと、ほとんどが老人の妄想なのかな、と思った
大体のシーンは夢だったという感じに描かれていて、椛島や湯島のパートは現実っぽく思えるのだが、それらも全部妄想か何かであるように思う
Xデーを決めたものの、そこに向かうに従って怖くなってしまうし、破壊的な願望に身を投じてしまう
儀助の時代の仮想的な「敵」は「北(中露)」のことだが、最終的に自分を破壊してくれるものは「暴力」だと考えているのかな、と思った
いずれにせよ、フランス文学について全く知らないと会話劇を流すことになると思うものの、そこまで支障を感じたりはしなかった
予告編で強調される「敵メール」も、儀助の日常を壊すもののメタファーの一つに過ぎず、それゆえに前半の「超日常パート」というものがあるように思えた
このシーンを退屈と思うかは人それぞれだと思うが、興味深く観察をすると、妄想との対比としてのルーティンが見えてくる
彼の日常のほとんどがルーティンワークで、外的な刺激以外はそれを乱すものがない
だが、一度それらを乱されると苛立つ性格をしていて、特に筆を止められる時の態度に顕著なものが出ていた
そう言ったことも相手の前では出さないのだが、こと妄想になると自由になるけど、最後まで行かないところに彼の弱さというものがあるのだろう
経験則から紡がれる妄想は最後まで行き着くけど、そうではないものは続きを描けない
そう言ったところに儀助の限界と性癖が隠れているのかな、と感じた