劇場公開日 2025年1月17日

「「敵」がいることが不幸なのかあるいは幸せなのか、考え込んでしまう一作」敵 yuiさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5「敵」がいることが不幸なのかあるいは幸せなのか、考え込んでしまう一作

2025年1月19日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

モノクロームで映し出される長塚京三の容貌は今までの役柄以上に年齢を感じさせますが、その所作の数々、特に食事を行う際の動きなど、クロースアップでも美しさを感じてしまうほどに洗練されています。

元大学教授なだけに、言動はあくまで物腰柔らかく知性的、かつ洗練されているけど、どこか高慢さを醸し出している「渡辺」という人物を、彼以外の俳優で演じることは不可能だったのでは、と感じさせます。

吉田大八監督はこの役を長塚京三を想定して練り上げていった(いわゆる当て書きした)と何かで読んだ気がするのですが、深く納得です。

物語が進むにつれて、彼の前に、「敵」なるものが付きまとってくるわけですが、それが何であれ、渡辺の理想的な生活を破壊しにかかってきて、静謐に保たれていた秩序やつじつまが千々に乱れていきます。その顛末を、観客も渡辺とともに体感していくことになります。

原作小説の出版(1998年)以降だけをとらえても、(本作のとらえ方にもよりますが)某アカデミー賞受賞作品を含め、本作に近しいテーマ設定の映画作品は、実は決して少なくないのですが、ということは、観客が本作のテーマを映画作品という形式で解釈し、受容する解像度も高まっているということでもあります。

その意味で、原作出版時のような新鮮な心理的衝撃を現代の観客が感じる余地はやや少なくなっているかも知れませんが、一方で本作の中核的なテーマを映画作品として味わい、理解するのに、今この時代はむしろ適切なのかも知れません。

渡辺が怯える「敵」の存在。その正体が見えてきたとき、それは渡辺にとって不幸なのか、いやむしろ幸福なのか、考えさせられる結末でした!

yui