「もう一人の自分」敵 よしてさんの映画レビュー(感想・評価)
もう一人の自分
モノクロ映像で描かれる日本家屋を舞台とした老人の物語。
とはいえ、何か違和感がある。
家電やキッチンはかなり新しいものだし、iMacも現行機と同じデザインで、スマホを持つ登場人物も現れる。
老人とはいっても、元大学教授で品があり、丁寧な生活を実践されている。ほとんど老いは感じさせず「矍鑠」というよりも、「凛」としているといった印象すらあります。かなり自分を律して生きている……のが表面上の彼。
実際には元教え子やバーの女給(あえてこの言い方にさせてください)には、鼻の下を伸ばしているし、訪ねてくる教え子たち(男)に世転びつつもある種のよゆうを見せつけることでマウントを取ろうとしている部分が透けて見えます。健康診断を否定しつつも、ちょっとした体調不良で病院に駆け込み、生活の質を下げて、長生きするくらいならXデーを決めたいと嘯く一方で、想定外に生活資金を失うと、丁寧な暮らしから一点貧乏くさい食生活を受け入れ始めます。
本音と建て前やある種の虚栄心を維持できなくなるあたりから、日常生活と妄想や夢の区別がどんどんとあいまいになり、概念としてだけ存在していたはずの敵が、あたかも実際に存在するかのような物語が展開されます。
人間の人間らしい部分の醜さや可笑しさ、だからこそ愛し慈しめる部分がしっかりと描かれた素晴らしい作品かと。自分自身がある程度年齢を重ねたからこそ、味わえた作品なんだなと思いつつ、今後年齢を重ねた場合、見え方も違ってくるでしょうから、節目節目に見ていきたい作品です。
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