てっぺんの向こうにあなたがいる : 映画評論・批評
2025年10月28日更新
2025年10月31日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
日本が生んだ世界的な登山家・田部井淳子の素顔を温かい視線で描く
阪本順治監督と吉永小百合が「北のカナリアたち」以来、13年ぶりにタッグを組んだ感動作。実在の女性登山家・田部井淳子(作中では多部純子)の生涯を描き、女性だけでエベレスト初登頂を果たした不屈の精神を軸に、のちに病魔に侵されながらも人生の頂を目指す姿を、青年期と現在の2つのパートに分けて活写する。出演は若い頃の純子をのん、その夫・正明を工藤阿須加、現代パートを吉永と佐藤浩市がそれぞれ演じる。ほかに若葉竜也、木村文乃、天海祐希ほか。
1975年、日本で初めて女性だけの登山隊でエベレスト登頂に成功した純子は一躍メディアの注目を浴びるが、そんな彼女に反発を覚え、去っていく仲間たちもいた。結婚し家庭を持ちながら、輝かしい実績を築いていく純子だったが、一方では反抗期の息子が勝手に高校を辞めてしまうこともあった。そして後年、純子は自分の体調不良に気づき、夫を伴って精密検査を受ける。

(C)2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
世界有数の登山家を描いているとはいえ、題名からも分かるように、この作品はいわゆる“山映画”ではない。のんが演じる前半部分も、資金調達やスポンサー探しの難しさ、家庭との両立、メディア対応など、今から半世紀も前に、世界の最高峰に挑んだ女性たちが受けた社会からの逆風を、近所の人々や、夫の同僚たちの反応、子どもが見せる表情などを絡めたエピソードをさりげなく積み重ねていく。登頂に成功するシーンは派手なCGや演出を控え、ドキュメンタリータッチで、淡々と描いている。
反面、吉永が演じる現在パートは、子どもたちの成長とそれに伴う家庭内のトラブルはありつつも、ピアスやシャンソン(実際の田部井さんは50歳を過ぎてから、他にも運転免許、ブログ執筆、競馬予想、スマホなどに挑戦した)など多くの趣味を嗜み、また登山を通して青少年の育成にも貢献し、病を抱えながらも夫に支えられ、前向きに人生を謳歌した「人間・多部純子」が描かれる。過去に「顔(2000)」「魂萌え!」などで女性の機微を表現してきた監督の冴えた手腕が感じられる。
映画は、同じ主人公を2人のキャストが演じる構成にしながらも、過去のシーンをセピアにしたり枠を付けたりといった、ありきたりな方法は取らず、あくまでもそれぞれの女優の魅力を生かしながら、一つの人生を自然に描いている。脚本と編集の巧みさによって、身長もルックスも違うのんと吉永が、次第に融合するような不思議な感覚を味わった。
なお本映画の原作を含め、田部井さんが遺した著書には、山登りを通してのマネジメントの大切さが記されている。大きな目標に向かいながらも、きれいごとだけでは済まない偉業の裏側がリアルに描かれ、男性登山家とは違った味わいがある。「淳子のてっぺん」(唯川恵著)などの評伝を含め、興味のある方はぜひご一読を。
(本田敬)





