「職人たちがつむぐ、珠玉の物語」大きな玉ねぎの下で cmaさんの映画レビュー(感想・評価)
職人たちがつむぐ、珠玉の物語
現代はパソコン、スマホ全盛。手書きをしなくなったと言いつつも、職場や家で、メモを書き残す場面は今もある。走り書きだから、字が雑だったり言葉の並びが適当だったりするけれど、受け取ると何となく捨てられない。そうやって放っておくとどこかに紛れ、ふと見返したときハッとする。単なる紙切れなのに、メモはちょっとしたタイムカプセルだ。
本作の予告を何度となく目にして、聴き慣れた曲を耳にするたび、少し気恥ずかしく、勝手に敷居を上げていた。良い曲だけれど、まっすぐ過ぎて甘すぎて、少し苦手だった記憶も邪魔をした。たまたま時間があったから、と自分に言い訳しながらの鑑賞。どうしてどうして、これはなかなか!と、暗闇の中でほくほくした。
主役のふたりを結ぶのは、メモの連なりのような引き継ぎノート。手書きの文字やマークが、彼らをつなぐカギとなる。出会いが最悪な性格正反対の男女が、少しづつ距離を縮めたところで、仲を引き裂く大事件が勃発!という、ラブコメ定石の物語運び…と思いきや。手紙で心を通わせあった、親世代のエピソードが重なり、絡まり合う。おかげでぐっと深みが増し、おのずと惹きつけられた。
過去パートは、80年代ファッション、ファンシーなレターセットに青インクで書いた手紙、ラジオから流れるヒット曲…と昭和満載ながら、あざとさは感じない。時代は様変わりしても、手紙をもらえば心は浮き立つし、さまざまなツールによるラジオへの投稿も健在だ。一見古臭く煩わしい過去が、波のようにきらめく今につながっていることを、声高にならないよう描いている点に、好感が持てた。
さらに、若い主人公たちを取り巻く大人たちが、それぞれに魅力的なところもいい。いつかこうなりたい、と思わせる。加えて、ここに繋がるのか!という幾つもの伏線も心憎い。タイトルにも繋がる伏線にもにんまり。こんもりと盛られたみかんも、実は…というのは考えすぎだろうか。
草野翔吾監督は、「アイミタガイ」に続き、心に残る素敵な作品を世に送り出してくれた。エンドロールには、脚本は高橋泉、音楽は大友吉英(敬称略)…と、なるほどと思うお名前が続々。気恥ずかしさを乗り越え、踏み出してよかったとつくづく思った。
帰り道、心は自転車!と、ざくざく歩いた。雪が解けたら、力いっぱいペダルを踏み込み、思いきり走りたい。