ファーストキス 1ST KISSのレビュー・感想・評価
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タイムループ使い過ぎ
未来から来たと、カミングアウトはありなのか?思った。
最初の主演男優の性格の悪さは何だったのか。
そこが直ったのが盛り上げポイント?
離婚したくなかったから、離婚届出す日に自殺したとかでも話が展開しそうと思った。
寝るほど退屈はしなかった。
演技力良く、感情移入して泣けた。
鑑賞後の気分は悪くない。
映画館で6回鑑賞後の無料チケットで、鑑賞しました。
残念!無念!
脚本・坂元裕二、主演・松たか子、観た人の評判も上々ということで、期待したし好感度大で映画館に足を運んだのですが・・・ダメでした。
肝心かなめのタイムリープの設定が納得できない。
夫を事故死から救おうとすれば、事故の直前に戻るのが当たり前。なのに15年前に戻って事故を無くそうとする。最初はね、15年前にしか戻れない設定なのだと思ってました(そうならばストーリー展開も納得するし、評価も4点だった)。なのに事故直前の世界にも戻ってるじゃん! 失敗してすぐにあきらめて、また15年前の世界に何十回も戻って、15年後の事故を無くそうと悪戦苦闘するというややこしい展開に。
結局、「事故直前で夫を救っても、離婚寸前の険悪な夫婦仲はそのまま」なので「15年前からやり直して仲良し夫婦になりました。夫は事故で死んだけど」というストーリーにしたいがためのご都合主義な脚本で興ざめでした。松たか子のコミカルで素晴らしい演技でも追いつけないほど白けちゃった。
あと映画館の大画面では、ストーリーより役者の演技よりも映像美こそが醍醐味なのだと再確認。
全編2時間ドラマのような映像で、これならテレビで観てもいいんじゃね?と思いました。
設定が荒い
内容は良いのだが、展開、設定が荒いのが気になり、泣かしたい、感動させたい映画止まりという印象。
以下違和感を感じる展開、設定:
・何回も過去に戻る割にその影響がごく僅か
・時系列が分かりにくい
・一回り?以上のおばさんにフィーリングが合うからという理由であっという間に恋に落ちる
・15年経って別れた理由が価値観ってのはないなぁ。それも子供無しで。普通はもっと早く別れる。5年ぐらいにしといた方がリアリティはあったと思う。たぶんそうすると松たか子を全編vfx処理しなければいけないから却下にしたのだろうが。
・15年前の自分と合うと倒れ込む理由が不明。
・写真を撮る子供も不明。
・かき氷の列に並ぶ後ろの二人組が、この人あなたのことが好きなのよと言うだろうか?
・最後、死を選ぶだろうか?
台詞は良くも悪くも坂元節炸裂。相変わらず完全なハッピーエンドにしないのはたぶん性癖だと思う。
余白と抑制、おかしみ
日本の映画業界好みの「感動の純愛物語」的宣伝に反し、硯カンナの勢いに魅了され、駈との掛け合いに笑い、典型的なイケメン設定ではないのにこの上なく魅力的に大スクリーンに映し出された松村北斗 as 硯駈を堪能した至福の時間。
まずはとにかく松たか子さん演じるカンナのキュートで素敵だったこと!冒頭、お札で涎を拭く様に笑いながら人物像に引き込まれる。ぼろぼろでちょっとがさつにも見えるカンナでも真に上品な方が演じるから画面がもつ。リモコンを探しながら遺影を前に鼻をくすんとさせるのは感傷に浸っているのではなく餃子の焦げの匂いを感知しただけだったりするおかしさや舞台セット上空での勇敢さが痛快で、目的のために幾度もタイムリープするガッツな行動も納得が行く。もう一度タイムトラベルに行かんとハンドルを切る「ごめんなさーい」のやんちゃさが素敵で、きっと自分も三宅坂を通るたびわくわくしてしまうだろう。いちいち小声で「タカバタケ」と訂正しながら走り抜け、「ダサっ」と言いながら一番ダサい T シャツ選び、犬にまみれフリスビーを華麗に投げ分けて犬を蹴散らす様、そのスローモーション、大真面目にエレベーターホールに座って”駈待ち”する姿、「顔面直してきます」や”久しぶりの”キスをスウェイして避ける様、等々、かわいくておかしくて本当に魅力的で、年齢など関係なく駈が惹かれるのも納得。面白みだけでなく「諦めるの早いよ」と駈に言われて大量の写真を投げ出す気っ風、重なる失敗にも「甘党になってるの」とツッコミつつ、まだ未来は変えられると立ち直る強さ。そんなわかりやすいシーンも素敵だが、松さんの凄まじさを感じたのが、焦げ付いた餃子を目にして「死ぬ」と口にした一瞬後の虚無。「楽しかった…」とベッドの上で丸くなる姿の楽しさと寂しさの絶妙な混在。奮闘にもかかわらず結局何も変わらない状況のやるせなさ。書店で「餞別だ」と言われた時の目に宿る複雑な感情。白髪を抜くやさぐれた顔面。手紙を一瞬ぱっと見て目をそらす瞬間の万感の思い。「一生わからなくていいよ」と口にした時の風の音と目の色。どれも幾層にも重なり合い単純化できない人間の感情を一瞬の表情と佇まいで表していて、この人物造形の深みがあってこそ、配偶者の死という悲劇の中で笑いを誘われ、ゆるゆる設定のタイムリープが説得力を持つのではないか。凄まじいと思ったのは「ダメ?って聞くの、やめて」の後の口角を上げるだけ上げた作り笑いのまま振り返りつつ憤怒へと変わる様の阿修羅像の如き変化。対する駈の淡々とした「お帰りー」の何とも嫌な感じ、静かな抑揚の中にこもった毒、「エアコンついてた」の声色の苛立ち。以前から松村北斗の強みだと思っていた嫌味や不快感の表出の巧みさ自然さが存分に発揮されていて、二人の関係性が壊れていく様の如実なこと。松村北斗という人の、建前や紋切り型に語られること、人間のなんとなく嫌な感じに対する諧謔が坂元裕二脚本に相通じるものがあるようで、それが三点リーダーが2つ連なる脚本の余白を過不足なく表現につなげられる所以ではないかとも思うのだ。会話のない互いに無関心な二人の台所シーンのあまりに見事に交わらず妙に円滑な動線は、この動きに至るにどれだけシミュレーションを重ねたのだろうかと思いをはせたり、いや自然な動きの協調だったら驚異的だと思ったり。そんな関係の冷たさが明らかに示される程、カンナの奮闘のおかしみや2回目の15年の幸せがより強調されるのだろう。
だからその現れとしての駈のベルトの上の腹の肉や白髪、頬たるんだ渋面の遺影に違和感があってはならない。その点で、悔いと懺悔の日々を重ねた不精髭の夏彦(『キリエのうた』)、エリートの片鱗を覗かせながらも思うに任せぬ日常を生きる山添君(『夜明けのすべて』)を演じきった松村北斗に、オタクで奥手で気弱で妙なところで筋の通った、嫌味もいうし不快感も露わにする、まさにこれぞ人間、という硯駈役を与えて下さった坂元脚本、キャスティングの慧眼、塚原監督の手腕に感動する。坂元さんは松村北斗の老けメイクがファンの怒りを買うのではないかと危惧していらしたようだが、キャリア初期こそ澤山梢平(『ぴんとこな』)や堂城一馬(『TAKE FIVE』)のような癖のある役を演じていたものの、訳ありでも“イケメン”の役続きであったから、イケメン忖度(こんな姿見せときゃファンは喜ぶだろう的サービスショット的なものの需要はわかるが)のない、必ずしも美しい存在ではない人物を演じる松村北斗を映した作品が広く高評価を得たことが自分には本当に嬉しかった。
しかしながらこの作品では「硯駈にもう一度恋をしてしまう」ことに説得力がないといけない。そしてまんまと術中に嵌った自分は観ていて「なぜ硯駈=松村北斗は自分のものでないのか」としばしば歯噛みした(笑)。そんな硯駈の魅力は、素朴さ、健全さ、おかしみ、かわいさ(それは松村北斗そのままご自身の個性でもあるようで)、カンナの勢いに巻き込まれうろたえる関係性の面白さ。硯駈のかわいさ、やばさは、登場早々に既に炸裂している。目の前に転落してきた女性にハンカチを差し出す親切さがありながら「あなたの汚らしい顔」と口にしてしまう理系男子らしい素朴な失礼さ(笑)。逃亡するカンナの背景で盛大に転ぶ鈍くささ…数分でその人物像がほぼ理解できる秀逸な、そして転落すると偶然クッションの山の上で無事という映画的な嘘の面白さも加わった、愛してやまぬ登場シーン。プロポーズに「硯カンナ」と口にしてみている時点でOKなのは明白なのに、改めて返事を聞いて「え?」と一瞬みせる上目遣いとはにかみ笑い(2度目の人生の時は流石に勝ち確感があるが(笑))、カンナの「顔直してきます」に対する小さなガッツポーズ、拒絶され涙をためた顔…この愛おしさよ。そんな朴訥さがカンナの勢いに振り回される駈という極上の関係を創り出すに最適。これまでも例えば藤沢さんの放つ「髪切ろっか」「北極星ではなくて飛行機」に対する山添君の「え~」(『夜明けのすべて』)、希に迫られた夏彦の優柔不断でずるさの滲む「えー...」(『キリエのうた』)、純と柊麿(『恋なんて、本気でやってどうするの?』)、夏代と鉄平(『一億円のさようなら』)…女性に翻弄される様は松村北斗の名人芸だと思っていたが今回のカンナ vs 駈も最高。「おばさんのこと好きなんだよ」と聞いて狼狽する「え」、気合いをいれて駈を誘うカンナへの応答の間あい。「ドライアイなんですか?」の絶妙さ…。中でも犬まみれ後のトイレ前の、気まずさと興味と好意との入り混じった機微に満ちた空気感、氷屋さんに同行するまでのやり取りの絶妙さ。かけひきできない奥手が異性を誘うに迷いに迷う様の秀逸なこと。そして、みんな大好き「ごめん、それもう一回ちょうだい」のカンナが最高にキュートで、対する駈の「これ以上僕をドキドキさせないでください」の素朴さ。そんな駈の実直さと共存する理系らしいやや頓珍漢なところも魅力を倍増させる。さらに人物像に深みをもたせ、物語を単なるメロドラマや荒唐無稽なSFにせずリアルな説得力を持たせたのはのでは彼の科学者らしい客観的理性と俯瞰であったのではないか。その側面も(わかった様なことを言って恐縮だが)優れた感受性、唐突に発する狂気に理詰めで現実的なところが共存する松村北斗という人間性が根底にあればこそではないだろうか。プロポーズにそぐわぬ「生物学的多様性」という言葉や、かき氷店の列での「はい、ご質問でしょうか」という学会の質疑応答のような返事に笑いつつ、「未来が決まっているって素敵ではないですか」という後の運命を受け入れる態度の伏線的台詞が混じる脚本の妙。悲劇的な運命でも客観的な興味を持ってしまうことに説得力が生じるのだ。その冷静さが顕著だったのが付箋を見つけた後に何気ない風でかき氷の話をしている、その間の目の落とし方や疑念こもるまなざし。静かに「2024年に僕は死ぬの?君は誰」と問う抑揚。着席を促す手の動きと「はい」の決然とした響き。いくらでも劇的にできるところに抑制を効かせてくれて、松村北斗が演じてくれていてよかったと思った。この部分、脚本では「死ぬんですか?」になっていたのが「死ぬの?」になっていたのが自分はお気に入りなのだが、ここで攻勢に転じた駈はその後の高原ホテルのシーンではカンナと対等に言葉の応酬をしている。一方で全てが明かされて行く中では人間的な弱さも露わにする。その落ち着きと弱々しさのふり幅の自然さ。見上げる目と掠れ声もか細き「ごめんなさい」「離婚する?」 「離婚したくないよ」。そして再び「確かにちょっと短いね でも何回やっても同じ結末になるんでしょ」 「悪くないね、なかなかかっこいい死に方だ」「あと、十五年か……それは確かにちょっと短いね」の他人事のような冷静さ。松村北斗の持つ、ある感情だけに浸る“べたさ”や人間の胡散臭さに対する感覚の繊細さの賜物だと思う。
物語冒頭の死を、生物史の大きな時間の流れと人間の一生とを自ら対比した「ちゅん」という間の抜けた音で表してしまう脚本の軽みを表現しきることができるのも稀有で素敵な個性。シナリオに45回も「死」という語が出てくるこの作品におかしみを湛えさせ、悲劇と憐憫に浸るだけの話に陥ることから救っているのはそんな松村北斗の持ち味だと思うのだ。贖罪の日を送る『キリエのうた』の夏彦も登場シーンは何ともいえぬおかしみがあったし、悲痛なシーンが過剰にならなかったのは、人間の感情の一面的ではない複雑さに対する想像力あればこそ。『夜明けのすべて』で『山添君の人間性や物語の性質を踏まえ、観る人の感情を誘い出そうとするようなあざとさが出たら気持ち悪く感じてしまうであろうし、原作からも外れてしまう』と語られていたことに演じ手としての誠実さとそれを叶える技量が感じられるし、お陰で観る側としては100%悲劇的な状況などないという微かな希望に救われる。感動を誘うよう意図すればいくらでも出来る状況で抑制の効いた表現に留めることで真実味を出すには、映像に自分の爪痕を残したいという欲や思惑の透けて見えない謙虚さと、ある人物を映像で表現することに対する誠実さが必要で、それが本作で初めて松村北斗を観た方にも魅力が伝わった所以だと思うのだ。
そしてすべてが明かされるホテルのシーンで聞こえるのが二人の会話とヒグラシの声だけなのに状況の切なさを十分に感じとらせてくれる演出も上品。その蝉の声も2度目の駈の死の後はアブラゼミで、淡々と役所に届を済ませ、新しいトースターでいつも通りにパンを焼くカンナの内心のやるせなさ、欠落感が伝わってくる(虫の声を聴き分けるのは日本人だけで外国人には雑音にしか聞こえないと聞く。本作が世界に出た時、蝉の声がもたらす 感情の機微は伝わるのであろうか。これは今や杞憂であろうが「すずめの戸締まり」で、ある年齢以上の日本人が東日本大震災という事象に惹起される感情を海外の人が理解し得るのかという懸念にも通じる)。突然の死を告げる電話、「帰ってきたら(ゲームの)続きね」に返事しない駈の後姿、そこに感傷的な音楽や効果音をつけず観る者の感じ方を信頼してくれる演出のありがたさ。そして本作は光も美しい。真夏なのに紗のかかった輝度の低い台所の光、ロープウェイで手をかざす駈に差す陽光、やり直しの15年では硯家の照度と明度がやや高いこと、光の微かな含意が素晴らしく奏効している。光と音が過剰な劇判や饒舌な台詞に頼らぬ余白ある感情表現を可能にしていて、塚原あゆ子監督の演じ手と観る者に任せられるだけの信念を感じ、それは松村北斗の「素敵な作品の一部としてありたい」願いの表れでもあるのだろうと思うのだ。
最後に「君は今日も面白いです」を最高の愛情表現にしたのは、明治の文豪の「月がきれいですね」に匹敵する坂元脚本の令和の大発明。こんなに愛に溢れたまなざしがあるだろうか。自分はそこで泣き、深く頷いた。「寂しさの正体」の一節にも深く共感した感動の手紙。でも、感動の手紙ではなく「ありがと、へへっ」で締めてくれた脚本にも拍手。
松たか子・松村北斗がいい!ひたすらいい!
今の松たか子さん、タイムリープした先の時代にいる若い頃の松たか子さん、どちらもとてもいいです。
特に若い頃の松たか子さんはドラマ「ラブジェネ(ラブ・ジェネレーション)」を思い出させる明るさ、元気さ、ハリつやでした。
松さんの演技にCGで顔部分を加工したようで、確かに、あれ?不自然な感じ?という角度もありましたが、ドラマで見た松さん!!と思える角度・シーンも多く、当時ドラマを見ていた世代としてなんとも言えない感動がありました。
若い松村北斗は相変わらずかっこよかったです。
最初の44歳シーンは別人のように見えたのですが、最後の仲良し夫婦時代の老けメイクはイケメンでした。
まだ若い彼なので、30年後には渋くかっこいいイケオジで活躍してくれたらいいなと思います。
ストーリーはタイムリープもので、他人を助けて死んでしまった夫(松村北斗)を助けるために妻(松たか子)がタイムリープを繰り返します。
斬新だったのは、タイムリープ先は特定の日時で、夜10時までと限りがあり、そこでしか未来を変えるためのアプローチができないことです。
大体のタイムリープものは戻った先から時間が通常に流れて、それでもうまくいかないからまた同じところに戻って、の繰り返しですが、この作品はある一定の時間だけだったので、何度もトライする様に健気さが感じられました。
さらに、毎回子供に撮られるポラロイドの枚数がトライした数を表現していて、タイムリープ先の若い夫に経緯を伝え「変わらなかった」と伝えた時、若い夫が「そんなに早く諦めるなよ」的なことを言ったあと、ポラロイド枚数から理解したところにぐっときました。
若い夫が「未来の結果(=死んでしまうこと)が変えられなくても、そこまでの過程である夫婦生活は変えたい」と言って、実際に仲良し夫婦として時を過ごし、死んでしまうけれど、残されて1人呆然としている妻に手紙を残し愛情を伝える流れに涙が。
あんなに仲良し夫婦で過ごせたのだから、固定電話が鳴るシーンでは「鳴るな!鳴るな!」と願いましたが鳴ってしまい、「あぁ、やっぱり鳴るのか・・・」と悲しみ始めたら、スクリーンの松さんから目の動きのみで驚きと呆然が伝わってきて、その表現力の高さに感心して妙に冷静に見ていました。
ロードショーから2ヶ月ほど経っての鑑賞となりましたが、映画館は満席で、周りからもすすり泣く声が聞こえてきて、大人数で見ているんだなぁという映画館ならではの一体感がありました。
レビューというよりただの感想になりましたが、ずっと見たかった作品が映画館で見られて、よい映画だったので大満足です!!
愛が冷めた夫婦に巡ってきたセカンドチャンス。
朝イチで「片思い世界」
続けて「ファーストキス」を観ました。
どちらも坂元裕二脚本です。
この映画は事故で夫を亡くした結婚15年で、
離婚届を出そうとしていた日に、夫は人助けをして、
自分は死んでしまいました。
残された妻のカンナ(松たか子)の生活は荒れていた。
仕事帰りにトンネルで車を走らせていると、スピンして
やっとのことでトンネルを抜けると、そこは時間軸が違いました。
タイムワープものです。
そこはなんと結婚前の2009年8月1日。
カンナは硯(すずり)駆{かける)と初対面するのでした。
松たか子は45歳のオバサンです。
夫役の松村北斗はスターオーラを100%消して、
地味な恐竜好きの研究者。
駆はカンナに一も二もなく惹かれます。
引力と磁場の引き付けに抗うことは無理です。
この映画の凄いところは、
★結婚15年の倦怠期で離婚を決意した夫婦の設定。
あんなに好きで夢中で愛したのに、愛は冷めてしまった。
★妻より他人を優先して死んでしまった事への怒り。
そうです、カンナは怒ってるのです。
★45歳の松たか子がメチャ可愛いこと。
好きにならずにはいられないですね。
★会話が面白いこと。
シチュエーションも面白いです。
★★☆
氷水を食べるために並ぶところ。
すぐ後ろのメガネの意地悪そうなオバさん。
めっちゃ目立ちます。
最後には、あの若い男性はあんたが好きなんだよ‼️
と呆れたように言います。
★カンナは夫の運命を変えようと、トンメル抜けを
20回位繰り返すのです。
同じシチュエーションで違う会話が起こり、言葉の化学反応も
コロリと変わります
リリーフランキー、吉岡里帆、森菜奈などの俳優が生きています。
不慮の事故、タイムワープ、
もう一度結婚生活をやり直して、
今度こそ、結婚生活に誠実に向き合う。
絵空事でない愛と結婚の真実を描いているから、
こんなに素敵な映画になり、
多くの人の支持を得ているのですね。
上映が終わる直前に滑り込めて本当に良かったです。
倦怠期の夫婦は特に見てほしい
YouTubeで一場面を見て興味が湧いたので映画館に行ってみた。正直、松村北斗さんを知らなかったが。
夫が亡くなる前の倦怠期の結婚生活の描写は胸が痛くなった。カンナが後に2人をボールペンに例えていたがまさにそんな感じ。相手の存在を互いに意識しない。ただただそれぞれにそこに存在しているだけ。
ある日、離婚届を持って玄関を出たカケルは2度と帰らなかった。
離婚しようとしたカンナに愛は残っていないように見えたがそうではなかった。何度も何度も未来が変わるようにタイムスリップして15年前のカケルに会いに行く。一体何回かき氷屋に並ぶの?と思ったけどその緑の爽やかさと心を許した人に喋りまくるカンナがとても素敵なシーンなのだ。カケルは出会ったばかりのカンナと楽しそうにしている。恋ってこうなのよねと久しぶりにこちらもときめいてうれしさをもらった。
自分と結婚しなければ死なずに済んだと思いわざと冷たいセリフを浴びせるシーンでは胸が傷んだ。カケル、かわいそう。それもこれも何もかもカケルに生きていて欲しいからなのだ。
最後の2人がホテルのソファに座って話し合う夕日のシーンもとてもよかった。15年共に生活した夫にこれまでの不平不満をぶちまけるカンナ。カケルもそれを聞いて反省する。(まだやってもいないことを)その思いがカンナを大切にする結婚生活に繋がった。
人生が有限ならば、あの時こうしておけば良かったと死んでから思うだろうか。恋した相手なのに共に一生一緒にいたいと結婚した相手なのにいつしか互いにボールペンになってしまう。
忘れていた大切なことを思い出させてくれる映画だった。結婚している人は見たらとても共感できる映画だと思う。
未来が分かっていても最期に同じ選択をしたカケル。15年間のカンナとの生活を大事にしたカケル。
若かりし頃の松たか子さんのAIはすごかった。不気味なほどに。中年になったカケルも少し太って40代に見えた。技術の進化はすごい。そういう視点で見ても面白かった。
また何度も見る映画になると思う。よかった。
出会った頃の二人で、もう一度幸せになろうよ。
公開からかなり経つのに、結構、人入ってました。メンズデイって事があるかもしれないけど、中高生と思われる男子のグループが何組かいたのにビックリ。アイドルが出てればまだ解るけど、自分たちの若い頃には、この手の映画をみんなで見に行こうなんて考えもしなかった。
とは言え、作品自体はとても楽しませてもらいました。オヤジもキュンとして、ウルッて感じ。
映画が終わって、外に出た時に男子のグループから、俺は一生愛するけどな・・・なんて、声が聞こえてきてニンマリしちゃいました。
年代によって見方も変わるでしょうね。自分は身に詰まされる思いで、スクリーンに魅入っちゃいましたが。
離婚を決意していた2人だったが、線路に落ちた人を救おうとして、旦那が急死してしまう。元々、別れを決意していた妻(松さん)だから、それほど悲しんでいるようにも見えなかったが、ある事故が原因で2人の出会った日にタイム・スリップしてしまい、若き日の旦那(松村さん)と接触してしまった。
何気ない会話を交わした2人だったが、元の世界に戻ってみると微妙に歴史が変わっている。もしかしたら、旦那が死ななかった未来ができるんじゃないかと、妻は再び過去に戻ることとした。
【ネタバレ】
過去に戻って、未来を変えようとする話は今までに幾つか見たような気がする。本作品においては同じ日にタイム・スリップするため、1日で全てを行わなければならない。これってかなり難しいと思うんだけど・・・
何度も失敗を繰り返し、1からの積み重ねを何度も繰り返す。同じ会話も少しずつ変化させて進展を早めるような。
だが、どうしても助けることができない。さらなる悲劇を生む結果になる事もあった。しかし、過去に戻ってやり直せば、何度も違う未来にする事ができた。でも、彼が死から免れることはない。
もうタイム・スリップも出来なくなるだろうと思われた時に、彼は未来を知ることになる。自分が死ぬという事、離婚するという事。
未来の彼女を愛した彼は、この想いを持ち続ける。15年後の彼女に辛い思いをさせないために。
いや〜、予想以上に楽しめました。全体的にコミカルな感じで展開していきますが、要所要所のセリフで、夫婦についてじっくりと考えさせてもらいました。
そういえば、うちも会話が減ったな〜。
改めてカミさんが愛しくなる一本でした。
邦画のタイムリープもので満足した
コミカルなところもありつつちゃんと恋愛映画でSF要素もきちんとおさえていてバランスはよかったです。
マンネリ夫婦が見ても何も変わらないとは思うけど、旦那さんの方がかなり努力しないと難しいだろうし、マンネリ化させない努力の大変さと根気強さは共感しかないけど、相手も同じ温度で努力出来ないと片方の根気が折れちゃうと完全破綻しちゃうんだよね〜と思いながらラスト10分くらいはみてました。
あんなに美しくは仕上がらんやろと思ったけどそれも込みでバランス良かったです。
SFガチ勢は設定とかに多分モヤモヤしちゃうのでオススメはしないです。
夫婦の生態は大体こんな感じ
映画自体は単純な感じですが、感情描写が豊かで女性的な映画だなと思いました。
夫婦を題材にしているので、彼氏や彼女と結婚したい人、夫婦でも見ていて面白いかもしれません。ただ、中盤の過去に何度も行ったり来たりする部分が冗長です。
夫婦の解像度が高く、男性という生態(記憶がフォルダ的でケースごとに分けられている)、女性という生態(記憶がレイヤー的で総合的に考える)、それぞれの解像度も合わせて高いので、夫婦がすれ違う理由も分かりやすく描かれていると思います。
夫が不慮の事故で亡くなるのですが、その事実は映画を通して変わることはなく、それがまた一段と悲しいものです。
過去の夫に会いに行く時に妻がタイムリープをするのですが、タイムリープを二度重ねてもオチが変わらない時点で夫は「死」というものを受け入れている事実が切なかったです。
妻を残して死ぬというところは、夫の不変的な彼が持ち合わせる道徳や倫理的な価値観に組み込まれているもので、妻にはどうにもできなかったわけでしょう。ただ、妻側としてはその事実を受け入れたくはなかったでしょう。それも分かります。「お前にも、守るもんはあるのに、易々と命を捨てやがって」と言いたくなる気持ちは分かります。
終始共通している部分としては「夫も妻も、お互いなりに愛していたということ」。
ただ、お互いに謝らない、ごめんと言わないとか、そうした積み重ねで序盤に出てきた過去改変を全く経ない夫婦は完全に冷めきっていて、後半に過去改変を何度か経た夫婦は明らかに夫婦としてのコミュニケーションを上手く取れている状態に改善していました。愛の表現や言葉で伝えるという行為を怠らなかったからだろうと勝手に推測します。
特に、妻が若かりし夫に「あなたは勝手にベッドを部屋に買って、ふさぎ込んだ」というシーンがありました。後半の、夫が変わるきっかけになった一言だったかもしれません。そこから夫は「確かに自分が悪い」と非を認め、妻は幸せそうに未来へと帰っていきます。妻としては過去の夫に言いたいことを言えて満足だし、確実に未来で変化がある(でも夫が死ぬのは変わらない)というものを受け入れたのかもしれません。
ただ、後半は妻がタイムリープをしていた事実を忘れたかのようにパタリとその表現が消えて、夫側の視点に変化するので、そもそも妻はタイムリープをするという未来の事実を知らぬまま夫の死を受け入れたのでしょうか。
タイムリープをする際の仕掛け、当て馬のような女性などは設定などがあっさりしていました。とはいえ、もたらされるものは唐突ですからタイムリープをなぜできるようになったのかやタイムリープができる仕組みなどについてはそこまで深く設定する必要なはなかったのかもしれません。当て馬の女性は未練がましく何言ってんだ、なくらいですが。(笑)
正直、死を容易く使う映画はあまり好きじゃないですし、今回のその映画のオチとしては正解なのかもしれませんが、個人的にはフィクションといえど死への扱いの残酷さを見たような気もします。そもそも、誰か大切なものが亡くなった時、残されたものはそこで「時が止まってしまう」わけですから。心情変化の描写が分かりやすく、部屋の中が綺麗になって背景も明るい色になっていたりと、明白でした。
松たか子さんが食べていたパンは、ヤマザキのパンかな~…?
良かったですでもごめんなさい
会話なく冷え切った仮面夫婦の妻です。
ほんわかしたかったけどそうならなかったです。松さんと松村さんの演技は最高に良かったです。ストーリーとしては共感出来ずでした。
そもそも離婚届出すところまで行き着いた夫婦で、夫が自分より他人を守ったゆえ命を落としたことに怒ってて、餃子焼く前に戻りたい思いから偶然タイムトラベルして、過去を書き換えて夫を死なせなくするため奮闘、自分と結婚させないよう仕向けようとしてまでって、それはもう愛そのものじゃないですか。認めたくなかった、向かい合う気力がなかったけど何だかんだカンナは駈に愛があったのですよね。そこがうちと違うな。私ならタイムスリップ出来たなら夫と結婚しないようにするかなぁ。
でもそうすると可愛い子どもたちに会えないからそれは困るなぁ、それだけかも。
それから自分の死を知った駈は残りの15年間カンナを大切にして幸せな夫婦で過ごしてやはり運命で逝きますが、結婚したカンナはタイムトラベルしてないカンナであって。このカンナは夫婦生活が幸せだったので駈の死に怒ってない、だからタイムトラベルもしない、15年前の駈にも出会わない、昔自分が何度もタイムトラベルして駈を救おうとしたことすら知らないまま…駈だけ自己満足的な気がするけれど、駈とカンナの一つのハッピーエンドの形、ということで良いのかな。もしこのカンナもタイルトラベルするとしたら、今度こそ駈が死なない世界線があるのかもと。そこは各自の想像で…なのかな。映画のハッピーエンドならその世界線がいいな。
観る優先順位は
低かったけど、観て良かった。
死んでも良いからあなたと一緒の未来が良い
なんて俺には言えないかなとか
思いながら見てました。
やり直したいけど人生やり直すこと
出来ないので、精一杯生きようとも思った
そんな映画でした。
松村北斗さん良すぎ
意識があれば、大丈夫なのか。
変わると知りながら
慣れてくると当たり前になって
無になってしまう。
せっかく出会えて恋に落ち合って一緒にいられているのに
そうなってしまう流れに共感でき少し怖かった
けれどもすぐあたたかい気持ちになれる結婚もあるのも知っている
松村北斗さんは声も変えながら年齢の違う表現が上手い。
後ろ姿でも感情がわかった
正直そこまで刺さる言葉はなかった
松さんのおてんばで自由な感じ、とても良い
けれど湧き出る感情は苦手みたいだ。
そこはとても繊細な感情の揺れを松村さんがしていた。
松さんは受け取っていたように思う
構成の巧みさと本筋の深さに驚愕も‥今年外せない邦画の代表作に
(完全ネタバレですので必ず鑑賞後にお読み下さい!)
(レビューが遅くなりました、スミマセン‥)
(正直に言うと、坂元裕二さん脚本の連続ドラマはメタファーの過剰さと本筋になかなかいかないまどろっこしさで最近は私的は苦手な作品の方が多かったのですが)
今作の映画『ファーストキス 1ST KISS』は、構成の巧みさと本筋の深さにとにかく驚かされました。
今年外せない作品で今年を代表する邦画になることは間違いないのではと早くも思われています。
今作はどこを切り取っても凄さが垣間見えるのですが、例えば、舞台美術スタッフの世木杏里(森七菜さん)が、<過去と現在と未来のミルフィーユ>の話をする場面がその1つに当たると思われます。
もちろん、世木杏里が話した<過去と現在と未来のミルフィーユ>の話は、この映画そのものの構成の話であり、主人公・硯カンナ(松たか子さん)が15年前の過去に戻った時に、硯駈(松村北斗さん)とかき氷屋の前で話す内容の伏線になっています。
ところが一方で、世木杏里が中学生の時に<過去と現在と未来のミルフィーユ>のSF小説を書いたというエピソードは、世木杏里が後に、違和感なく演劇のスタッフになったと思わせ、そこに至る世木杏里の人生の道筋を観客に想像させる表現場面にもなっているのです。
この1つのエピソードから、人物背景や他の人物や場面に様々繋がって行く物語構成の重層性は、今作のあらゆる場面にちりばめられていたと思われます。
例えば、テレビ局プロデューサー・田端由香里(YOUさん)らが、主人公・硯カンナのマンションの前で、硯カンナの夫・硯駈が駅のホームで自らの命を顧みず赤ん坊を救出した件に関するドキュメンタリー番組の許諾を、主人公・硯カンナから取ろうとしてる場面にもそれが当たると思われます。
もちろん、テレビ局プロデューサー・田端由香里が番組の許諾を取ろうとして話している”夫婦の愛”の美談のコンセプトは、現実は主人公・硯カンナと夫・硯駈は既に夫婦関係が破綻していたので全くズレ切っていて、(昨今言われている)浅いTV局などのメディアへの皮肉として伝わるのが、この場面の趣旨だと思われます。
しかしながら、ズレ切った主張でも、マンション入り口前で足止めされながらでも、必死にストーリーボードを見せながらドキュメンタリー番組の趣旨を説明しているテレビ局プロデューサー・田端由香里の背後に、この時までに田端由香里がやってきただろうテレビ局内での会議や準備の積み重ねの労苦が垣間見えるのです。
つまり今作の映画『ファーストキス 1ST KISS』は、些細なちょっとした場面でも、そこに出て来る登場人物を主要人物を引き立たせるための道具のように蔑ろに扱っていないのです。
そして、出て来る登場人物はほぼ全て、背景を想像させる生きた人物として存在し登場しているのです。
例えば、硯カンナの夫・硯駈がホームでの救出劇で亡くなった後に、天馬里津(吉岡里帆さん)が主人公・硯カンナを訪ねて来る現在の場面があります。
天馬里津は、かつての硯駈の恩師である天馬市郎教授(リリー・フランキーさん)の娘であり、本当ならば硯駈と結婚したのは自分(天馬里津)の方だった、自分なら硯駈を死なせなかったのにと、最近すれ違った時に硯駈の襟が黄ばんでいた話をしながら、硯カンナに対して批判的に話をします。
そして主人公・硯カンナも、そうかもしれない、自分と結婚していなければ硯駈は死なずに済んでいたのではないかと、天馬里津の話を受け止め、その後の過去に戻った展開もあった場面です。
しかし、硯駈が恩師の天馬市郎教授の娘である天馬里津と結婚しなかったのは、硯駈が主人公・硯カンナと出会ったからだけが理由ではありませんでした。
硯駈の恩師であった天馬市郎教授は、一見人当たりが良さそうで知識も深く、当然、硯駈が引き続き恩師として従っても良さそうな人物として描かれています。
しかし、学会の準備での細かい天馬市郎教授による硯駈への苦言は、天馬市郎教授と硯駈との関係性のほころびを現わしていたように思われます。
硯駈はちょっと変わった感覚の持ち主で、そのことは15年前の過去の場面でも垣間見せていたと思われます。
そしてこのまま行けば、(学会準備で示されたような)常識的な考えを無意識にでも強く促す天馬市郎教授との硯駈の関係は、破綻していただろうとも想像がされるのです。
つまり、硯駈が亡くなった後の、現在での主人公・硯カンナと天馬市郎教授の娘・天馬里津との対峙の場面は、硯駈と天馬市郎教授とのもしかしたらあったかもしれない並行世界での(結局は破綻していただろう)対峙を想像させる場面に、実はなっていたのです。
ここに上げた場面に限らず、今作の映画『ファーストキス 1ST KISS』は、あらゆる場面でそこから様々な人物や場面につながって立ち上がる、複雑な構成がそこかしこになされていたと思われました。
この作品の脚本構成は、考える限り最高点で見事な構築だったと言わざるを得ないと思われました。
その上で、本筋である、主人公・硯カンナと夫・硯駈との、過去と現在の描写の深さも素晴らしさがあったと思われました。
主人公・硯カンナは、実はちょっとクセある人物として造形されています。
硯カンナは現在、舞台の美術スタッフとして働いているのですが、舞台出演者に対して裏で割とあけすけに辛辣な事を言っていたりします。
舞台の出演者のペットの現場への持ち込みに批判的で、硯カンナ自身も犬が苦手で、15年前の過去に戻った時には大型犬に囲まれて大変な目に合ったりしています。
この主人公・硯カンナの少し人とは違うクセある性格は、こちらもまた周りとは少し変わった感覚の持ち主の硯駈にとって実は勇気づけになっていたと思われるのです。
主人公・硯カンナのクセあるあけすけな言動は、人とは少し違う硯駈の存在を肯定し、硯駈が主人公・硯カンナに好意を寄せ結婚に至るのは、全く持って必然だったとも思えるのです。
硯カンナの方もまた、クセある自分がそのまま肯定され、少し変わったところはあっても誠実さある硯駈に惹かれたのも必然だったと思われるのです。
そして一方で、主人公・硯カンナのクセあるあけすけな言動はまた、コインの裏表の反転のように、あけすけだからこそ硯駈を傷つけ追い詰めて行く要因にも、その後なって行ったと考えられるのです。
この主人公・硯カンナと硯駈とが互いに惹かれ合う理由と、互いに溝が出来て断然して行く理由とが、コインの裏表で同じだというのも、この作品の深さと凄さがあったと思われます。
そしてこの事は、夫婦の(本当は修復可能かもしれない)ちょっとしたことでの亀裂が、深さを持って普遍的に表現されていたとも思われるのです。
なので事情を理解した15年前の硯駈は、逆にちょっとしたことでの夫婦関係の修復にその後挑戦することになります。
その後、結局は大きな運命の結論は変わることなく映画は終わりを迎えます。
しかしながら、主人公・硯カンナと夫・硯駈の2人にとっては、重要な修復がそこでは実現していました。
1観客としては、本筋の主人公・硯カンナと夫・硯駈の主要な2人の関係性の描写においても、深さを獲得している素晴らしい作品だと思わされました。
映画作品において、脚本物語構成の厚みがある優れた作品も少なくても存在しますし、一方で、本筋の主要人物の関係性の深さがきちんと表現されている優れた作品も存在していると思われます。
しかしながら、脚本物語構成が分厚いままで、かつ本筋の主要人物の深さが同時に表現されている作品は、めったにお目にかかれないのではないかと思われるのです。
しかも今作は、実話ベースでないほぼ全くのフィクションの映画であり、それでいてこのレベルの構築の厚みと人物描写の深さある作品は奇跡に近いのではないかと、僭越思わされました。
よって私的には今回の点数となりました。
おそらく今年の邦画の代表作になるのではないかと予感がしていてます。
今作の映画『ファーストキス 1ST KISS』は、その上で、クセある主人公・硯カンナや人とは少し感覚が違う夫・硯駈だけでなく、少し普通とは違う人物の存在をそれぞれで肯定しようという根底が流れているようにも感じました。
それは、一見すると否定的に描いてるように思える天馬市郎教授やテレビ局プロデューサー・田端由香里も、(演じているリリー・フランキーさんやYOUさんの表現と相まって)実にある一面ではチャーミングに肯定されて描かれていたと思われました。
ところで映画のタイトルにもなっている『ファーストキス 1ST KISS』ですが、映画の最後に15年前の過去で、主人公・硯カンナと硯駈が交わすキスは、2人にとって硯駈のファーストキスでありながら、硯カンナにとってはラストキスでした。
この重層性も、今作の最後の感動をその後の2人の歩みを象徴した場面として高めていたと思われます。
この運命の厳しさを踏まえた上の人間賛歌とも思える今作が、普段ウェット気味とも思える坂元裕二 脚本に、さばけたドライ感もある塚原あゆ子 監督の演出により、間口の広さと構成の厚みと主要人物描写の深さを併せ持った作品として、世に公開された事は、素晴らしさ以外になかったと、僭越思われました。
掛け合いのような会話が良かった。
離婚前の2人、食卓もバラバラだし、寝室も別になり、お互いに関心がない、離婚前のリアルな夫婦を再現できているような気がして、俳優の演技力はもちろん、生活感のある雰囲気が伝わる部屋のセットも素晴らしかった。
離婚前の描写で、朝ごはんにカンナはパン派、駈はご飯派というわかりやすい好みの違いにすら、“相性が合わない夫婦なんだろう”と思わせたのですが、15年後に同じ描写で、同じ食卓で朝ごはんを仲良く食べているシーンを見て、同じテーブルでにこやかに食べているだけで、好みが違ってもとても素敵に見えるなあと、、、
むしろ、好みが違うけど同じ食卓で食べているのは、お互いの好みを受け入れている、素敵な夫婦に見えた。
夫婦とはこういうことなのだと思った。
タイムトラベル系はツッコミどころが多いこともあり、一度気になると醒めてしまう気がするが、この映画は心地よかった。
松村さんの朴訥とした演技が、愛おしく誠実でとても良かったし、松たか子さんのサッパリとした綺麗さに見惚れ、気持ちの良い映画だったなあと思いました。
初めて何回も見たいと思った映画
映画館はちょっと苦手で1人で見に行くのは人生2回目くらい。
Xでの高評価を目にして観に行ってみました。
導入部分はタイトルと予告から予想していたのとはちょっと違いましたが、タイムリープのルールや主人公カンナの心情の変化などが分かりやすく、また松たか子さんと松村北斗さんの演技が素晴らしくて年齢差を一切感じず楽しく見る事ができました。
松たか子さんはCGを使って若かりし頃を演じた松村北斗さんは体重増加やメイクで現在の44歳の役を演じていらっしゃるとのことですがどちらもとても自然でした。
離婚するほどお互いを思いやれない関係になってしまった2人だけど、やっぱり心の奥では結婚した当初の気持ちが消えないし情もあるしでタイムリープをきっかけに夫のために奮闘する姿がリアルだったし、付き合い始めの自分に好意を抱いている若くて素直な夫に会いにタイムリープする度オシャレで綺麗になっていくカンナの姿も微笑ましく思いつつ共感出来てとても良かったです。
泣き所はやはり松村北斗さん演じる硯駈が残されたカンナに宛てて書いた手紙のシーン。
松村北斗さんの声が、本当に良い。「すずめのと戸締まり」でも声の演技が素晴らしいと評価されていましたが、40代の声も素晴らしい説得力でした。
タイムリープする度少しずつ変わる未来(現在)が部屋のオブジェに貼られたレシートや付箋であらわされていますが、1度見ただけではちょっと覚えていられず...できれば数回観たい。DVDも欲しいな。と思いました。
うちは子供がまだ小さくて何度も1人で映画館に行かせてもらったり子供も一緒に映画館で観たり夫と2人で観に行くというのは難しいので、DVDが出たらぜひ夫にも観てもらいたい!
現状の夫婦関係に満足はしていますが、この映画を観たら私たちの未来も更に良いものになるのではないか・・・と思います。
結婚している方はもちろん、今後結婚するであろう若い人やカップルにも是非観てもらいたいおすすめの映画です。
松たか子さんの可愛さを愛でるための映画かな?
松たか子さんの可愛さを愛でるための映画だったかな。松たか子さん、好きだから全然オッケーだけれど。
いわゆるタイムスリップ物。
面白いけれど、そんなに心にずんっと残る映画ではない。私が珍しく泣かなかった。
夫婦関係、結婚生活が1つのテーマ。それについては、考えさせられるところはあった。
もう1つのテーマは、生きるということは何か、人生とは何か。こっちは、あまり深く描かれていなくて、ピンとはこなかった。
松村北斗くんの演技は良かった。
最近のタイムスリップ物は、タイムパラドックスについて、真剣に検証しなくなっている傾向がある気がするかな。
タイムスリップは、物語のベタな技法の1つとして定着して、野暮な科学的考察は脇に追いやられたということなのだろう。
正に、君たちはどう生きるか
すれ違って、嫌いなところばかりが見えて、離婚したけど、憎んだわけじゃないから救えるなら救いたい。そんな思いからタイムリープを繰り返すうちに、若い頃のカケルの良さを認識し直し、若い頃の好きだった気持ちを思い出すカンナ(松たか子)。もう一度恋に落ちたと言った方が良いかもしれないが、彼を救いたくて、ひどい言葉をかけて未来に帰る姿に涙。
そして、死を避けられないとしても、気が合うから好きだから、やっぱり結婚する、そう決めるカケル(松村北斗)の愛情深さ。変わった未来で愛情深く過ごした2人の尊い時間にまた涙。遺影がきっと変わってるんだろうな、と思っていたけど良い笑顔になっていて、正に、どう相手に接するか、どう生きるかで、こんなにも変わるのだなと実感。
恋愛はお互いの良いところを見つけて行き、結婚はお互いの嫌なマイナス面をぐりぐりつついていくものって、ちょっとわかる気もして笑っちゃったけど、そんな悲しく恐ろしいことを言わずに、思いやりと愛情を持って日々過ごしたいと思わせる映画です。
主演のお二人の演技力が素晴らしかったです。
それにしても、年取った松村北斗がふくよかになってるのは、綿詰めたりでできるんでしょうが、若い時の松たか子は?!どうなってるの? 若い時の姿が若干の加工で、44歳が老けメイク?? そこも知りたいですw
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