ファーストキス 1ST KISSのレビュー・感想・評価
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ファーストキスに救われました
この映画を観て、なんだか自分のことみたいだなあと思うことがたくさんありました。結局,映画館で五回観ましたが、その度に日々の生活での不満も少なくなって,夫にも優しく接する自分に気がつきました。この映画に感謝!
甘酸っぱい
切なくて泣ける
10月時点で今年1番好きな映画。
キャストがとてもよい、映像も美しい、面白くてかわいくて、切なくて泣ける。
元々ファンタジーは苦手だが、予告でタイムリープでやり直し、と認識したうえで観たのでその部分は気にせずに観た。あとちょいちょいくどめのエピソード詰め込みも感じたが、そこも気にせず。
とにかく松たか子さんがかわいらしく、ずっと手に汗握って応援してしまった。松村北斗さんも静かな演技でよかった。
映画を見終えて、今の家族を大切にしよう!と思いながら帰った。
この気持ちを思い出すために、また少し時間をおいて観たいと思う。
久々に聞かれてもいないのに人(最近お互い家族の愚痴を言い合った)に勧めたところ、号泣したと連絡が来た。やはりね。
15年の時空を超えた初恋を見た
<映画のことば>
「ごめんね。今からあなたと浮気してくる。」
駈(かける)と、15年間の時空の壁を経てファーストキスを交わしたときのカンナの表情を、評論子は忘れることができません。
まさに15年間の時空の隔たりを超えた、二度目の「初恋」というに相応しかった、彼女の、その表情からしても。
離婚を決意し、その戸籍届まで準備はしていても、カンナのどこかしらでは、まだまだ駈のどこかに未練は感じていた―。
そのことは、自らの意思で、過去の駈に会うための過去へのタイルスリップの「旅」に出かけたことからも、自明といえるでしょう。
そう受け取ってみると、彼女のその心根(真意)を言い表しているセリフとして、上掲の映画の言葉は、そのものズバリ、本作を通底するカンナの想いだったのだろうと、評論子は思いました。
前作『グランメゾン・パリ』というシリアス路線(?)に舵を切って、評論子的には残念な結果に終わっていた塚原あゆ子監督としては、得手のファンタジー路線に再び舵を切り直して、本作で本領を発揮(再発揮)したと評すべきと、評論子は思います。
けっきょくは、3年前に注文した人気の餃子をカンナ一人で受け取って、悪戦苦闘しながら焼いて食べたということは、彼女の「作戦」は、最終的には成功しなかったようですけれども。
それでもら一見すると荒唐無稽なファンタジーに見せかけながら、スクリーンからジリジリと伝わってくるようなお互いがお互いを想い会う温かな二人の関係性を鮮やかに浮き彫りにしたという点では、いかにも映画作品の表現法らしい、立派な佳作だったとも思います。
(追記)
駈が事故死する前にカンナが書いたのが「離婚届」。
彼が事故死したあとに書いたのが「死亡届」。
そして、彼と出会ってから最初に書いたのは「婚姻届」だったはず。
カンナと駈との人生の節目には、常に戸籍の届出がありました。
法務省のウェブサイトを見ると「戸籍制度は、日本国民の国籍とその親族的身分関係(夫婦、親子、兄弟姉妹等)を戸籍簿に登録し、これを公証する制度です」と、いかにもお役所らしい、無味乾燥な説明が書かれているのですけれども。
しかし、そういう戸籍簿の記載の、その「裏側」には、人が歩んできた人生の万感が秘められているようにも、評論子には思われます。
(追記)
「結果オーライ」という言葉があるとおり、このニッポンという国では、結果さえ良ければ、多少とも方法(やり方)の不味(まず)さは、多目に見てもらえる国のようです。
駈(かける)に有ること無いことを吹き込むことで、桃山銀座商店街にあるという「たかまつ精肉店」に対してカンナがした営業妨行為(民事的には不法行為、刑事的には偽計業務妨害)は、駈とカンナとの「結果オーライ」ということに免じて、不問になってしまっています。
ハッピーエンドに免じて「うるさいことは言うな」ということであれば、まったく「ニッポンの人」らしい解決法であり、評論子も、この話はここだけにして、「お口にチャック」を決め込みたいと思います。
(追記)
<映画のことば>
「恋愛感情と靴下の片方は、いつかはなくなります。」
「恋愛感情がなくなると、結婚生活に正しさが持ち込まれます。正しさは、離婚につながります。」
自身の結婚生活を振り返ってみても、なんとも、まったくを以て身に詰まされる箴言です。
こういうものも、「脚本の妙」と言えるのでしょうか。
評論子には(にも?)、まったくを以て耳に痛い脚本でもあります。
(追記)
カンナを演じた松たか子の演技。
物怖(お)じしない、さっぱりとしたカンナ性格を、彼女は演じきっていたとも思います。
「適材適所」とは、当(まさ)に、このことなのかも知れません。
松たか子に惚れ直す
坂元裕二ファンです。
ウィットに富んだ会話劇を楽しめたらいいな、くらいのつもりで来たら、ラストの展開に涙させられ、じんわりといい余韻の中で帰ることができました。
●良かった点
-松たか子
カンナが魅力的なキャラクターだ、ということがこの映画に没入できた原動力になったと感じた。
間の抜けた愛くるしさと真っすぐな行動力をあわせ持つカンナの人間性を、松たか子の表情、特に黒目を大きく使う演技がより立体的なものにしていたと思った。犬にまみれるシーンはじめ、随所のコメディエンヌぶりもさえ渡っていた。
15年前のカンナもキレイだったし、若い頃の松たか子のビジュアルを思い出させて感慨深かった。
-最後の展開
この展開は予想がつかなかった。
数あるタイムトラベル映画の中でも見たことのない個性的なプロットで、かつそこにこの映画の最大のメッセージが詰まっていて、脚本を思いついたときは痛快だったろうなと思った。
-吉岡里帆
どちらかいうと王道よりも少しズレた感性の役柄がハマり役になる女優さんだと感じていたが、今回もカルテットに続き坂元裕二の描くズレた吉岡里帆はよかった。
●タイムトラベルの設定
特に気にならなかった。
初回の往復で細かな説明がなかった時点であまり深く考えないでいいんだなと感じたのと、メインプロットに引き込まれたのでそちらに注意がいくヒマがなく見終えられて、ラッキーだったかもしれない。
時を超える餃子と想い
会話劇の楽しさ反面、心が躍らない結末
夫婦で観たい作品
チェキは時代を超える
過去にもどってトライ&エラーを繰り返すSF恋愛映画。塚原あゆ子氏と板元裕二氏という職人コンビ、巧いのはもちろん、アートなおごりがないので見やすかった。
松たか子さんがきれいだった。実年齢は2025年時点で48歳。松村北斗さんは30歳。現在のカンナ(松たか子)が過去の硯駈(松村北斗)に出会うというプロットゆえに年の差でキャスティングされているが、それでもあまり年の差を感じないカップルだった。
頻繁に過去に行き、失言や失策のたびに「やりなおします」と言ってループするのはgroundhog dayというよりHappy Death Dayの印象で、それを考えるとHappy Death Dayはgroundhog dayを「何度もやり直す過去」という汎用なコンポジションに落とし込んだと思う。Happy Death Dayはなんていうか気軽にgroundhog dayを使っていいという不文律を布いた。
ループものはなぜそうなっているのかという科学的根拠や理屈を説明すると物語が失速する。なぜかそうなっていて、ループすることでなんらかの結論へもっていけばいいのであり、ループによらなければ物語にならないが、かといってループ自体に重要性はない。
じっさいに坂元裕二氏は『これってもしかしたらタイムトラベルをしなくても、自分たちの気持ちや行動でやり直していけるんじゃないだろうか、と映画を観た人に感じてもらえればいいなと思いながら脚本を書いていた』と語ったそうだ。(fromウィキ)
結果ループ構造は背景のように後ろへ引いて、同氏脚本の「花束みたいな恋をした」のような真摯なラブストーリーになった。あるいは岩井俊二のラストレターのような印象もあった。
groundhog dayが言いたいのは己の日常を愛しなさいor足るを知りなさいということだ。
groundhog dayでビルマーレイが酔客に説教されるシーンがある。
「(半分飲んだビールジョッキを指しながら)このグラスを見て「もう半分しかない」と見るか「まだ半分もある」と見るか、あんたは「半分しかない」っていうほうだな」
これは、もう半分しかないと落胆するより、まだ半分もあると思って明るくしていなさいという既に陳腐化した自己啓発の教訓だが、ようするに日常を生きていて、つまんないとか、いやだとか、面白くないとか、金がないとか腐ってばかりいれば、腐ったなりの人生にしかならない。そんな態度でいたら、また同じ一日がまた繰り返されるだけだ、とgroundhog dayは言っていて、じっさいにフィル(ビルマーレイ)が、明るく積極性と協調性をもってイベントgroundhog dayと町民に関わるまで、ループは止まらない。その基調理念がファーストキス1STKISSにもある。
ファーストキス1STKISSは何度やり直しても硯駈がしんでしまう結果は変わらないのだが、しかしループによってカンナと硯駈の意識が変化し、ふたりで過ごした月日がかけがえのないものに変わる。物語ではそれがタイムトラベルによってもたらされるが、いみじくも板元氏が言ったように『タイムトラベルをしなくても、自分たちの気持ちや行動でやり直していける』ということをサジェストしてもいたと思う。だから狂言回しとなるループが悪目立ちせず「花束みたいな恋をした」のような純粋なラブストーリーが浮き彫りになった。さすが板元裕二脚本だった。
セリフでは「ここ結婚してます」がいちばん笑った。
「15年後は世の中どうなってんの」という質問に対しての「人がね、なに見ても聞いても「やばい」しか言わなくなってる」というセリフは、ボキャブラリーの魔神である板元裕二氏が、現代人を評した実感にも感じられた。
役者ではチェキ娘と少年のコンビがよかった笑。
おじさんこそ観るべし
今年2月公開、予告編を何度も映画館で観たけれど、恋愛と死をテーマにしたものということで「ああ、またね」みたいな感じでスルーしていた。
映画をたくさん見た最後の夏休みの最終日、もう見るものがないと思った中で、見てみようかと思ったのは菊川の映画館Strangerにまだ行ったことがないからだった。ちょうど1日の計画上時間もよかった。
鑑賞に先立って調べてみると、『花束みたいな恋をした』の坂元裕二が脚本。この映画も全く興味がそそられなかったのだけれど、好きなラジオ番組でプチ鹿島さんが「おじさんこそ観るべし」と力説していたので見てみた。
恋愛ものというだけで、甘々な世界を想像していいやと思ってしまうのだけれど、とても面白く、脚本の凄さには舌を巻いた。
あとビジネス書に関わる仕事をしている身としては、彼女から見た彼が「ビジネス書を読むようなつまらない人間になってしまった」という描写が妙に引っかかったこともあって印象に残る映画だった。
さて本作である。何度か泣かされた。はずかしい。
タイムトラベルもの、パートナーの死の克服という陳腐、だからこそ難しいテーマを予想の150%上をいく描写の連続で見せられたすごい脚本。オリジナル脚本だから、もうこの人の本でやるということだけで、名作佳作保証付のような脚本家なのだろう。
僕の最後の夏休みのテーマはメメントモリだった。最後というのは、もう直ぐ定年だからだ。本当は業務委託で残るつもりだったのだが、2ヶ月ほど前、退職を決め、自分の専門性でやってきた職業自体もこれで終わりにすることにした。
あと2ヶ月で終わりだと決めてから、不思議なもので、仕事のアイデアもどんどん湧いてくる。一緒に仕事してきた後輩たちに何かを残したい気持ちも強くなる。本を読んでも、映画を見ても、深く味わえる。何だか世界の見え方が変わってしまったような感じなのである。
リアルな死ではないけれど、職業人としての死の日程が決まり、そのカウントダウンの中で日々を過ごしているから起きていることだと思っている。
あまたの哲学者や思想家たちがさまざまに語る「死を想え」の正体とはこれだったのかと思う日々である。
そして、この映画、まさにそのメメントモリ的生き方を描いた映画でもあった。ニーチェの永劫回帰を現代的物語にしたらこうなると言ってもいいだろう。
坂元はもちろんニーチェやさまざまな死の哲学も消化して、この見事な物語を描いたのだと思った。
しかしこの映画のタイトルは何だろう。『ファーストキス』なんてタイトルつけられたらおじさんは見れないではないか。
でも、観終わって、このタイトルでいいとも思う。この場面に向かう一連のエピソードは年齢を超えた愛の話でもあり、おじさんにはそういうのは嬉しいのである。
松たか子は先日見たこの夏1番の映画「夏の砂の上」の名演に続いて、全く違う方向性の役柄なのにもう素晴らしいの一言。何でもできちゃう天才なんだろうか。
坂元裕二さんの次回作も楽しみで仕方ない。
すごく面白くて、感動した
硯カンナ(松たか子)と硯駆(松村北斗)
の2人が合っていて、笑い泣きできる映画でした。
そしてこの映画はカンナが駆の事を思って
何度もやり直すところが
また良かったです。
2人のコミカルな部分が笑えるポイントでした。
そして自分が泣いたシーンは
最後の手紙のシーンです。
今まで(やり直したこと)の事があったから
今の幸せな結婚生活を遅れたんだなぁ
と思ったのと同時に、駆が結局
結果は変わらなかったけど
最初の時とは全然違い
自分の事だけではなく、カンナの事も考えながら
15年間を過ごしていってたので
そこも感動しました。
松たか子と松村北斗の2人の演技が
すごく良かったけど
松村北斗の演技力はすごいなぁ~と
改めて思いました。
この映画はあまりにも面白く、はまって
3回観に行きました。
なおかつもう一度見たかったけど
上映が終了してしまいました。
そして興行収入も28億を記録し
2025年邦画実写ランキングで国宝に次いで
2位です。
それだけ人気があり、評価が高いと言うこと
ですね。
自分も、もう一回映画館で観たいなぁ…
と思いました。
終わらないでと願ってしまう
タイムループの体裁で描かれる、大人のラブストーリー
脚本は坂元裕二、主演は松たか子。
この実績ある名コンビに、いま話題の塚原あい子監督が加われば、面白くなるに決まっている。
物語は冒頭からテンポよく進み、観る者をすぐに物語の中へ引き込んでいきます。
ただ、どんなに松たか子が奮闘しても、物語が最終的に“あの場所”に帰着することは、観ている側には分かっている。
その前提のなかで過去パートを追うという構造には、どこか切なさが伴います。
坂元裕二らしいユーモアもたっぷりで、思わず笑ってしまう会話劇も健在。
けれど、その軽やかな笑いの奥には、いつも「痛み」が控えていて、ふとした瞬間に胸をチクリと刺します。
それがこの作品の持つ、不思議な魅力でもあります。
終盤では、おばさんになった松たか子と、若き日の松村北斗が交わす会話がとても印象的。
ファンタジーという設定を通して、人生の“答え合わせ”がなされるような場面です。
ここは、おそらく誰もが一度は願う「反省会」のような時間。
まさに、観る者の心に深く刺さる名シーンです。
そして迎えるラストは、大人のラブストーリーとしての静かな着地。
ビターでほろ苦く、それでいて心に温かさを残します。
人生の記憶や後悔と、そっと重なり合うような。
見終わったあとに、ふわっと清々しい気持ちになれる──そんな一本でした。
坂元裕二脚本「ファーストキス 1ST KISS」ラブコメとしてもタ...
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