「坂元裕二版『素晴らしき哉、人生』」ファーストキス 1ST KISS おきらくさんの映画レビュー(感想・評価)
坂元裕二版『素晴らしき哉、人生』
「戦争」「差別」と同じぐらい「いちゃつくカップル」が嫌いな人間なもので、映画の中で男女のいちゃつくシーンが出てきたら今まで目からビームを出してスクリーンを焼き尽くしてきたわけですが、そんな俺様を「仲睦まじい夫婦」のシーンで涙させるなんて、この映画、やるじゃないか。
本作、良いシーンは後半に集中しているため、前半は楽しく観れつつもアラが気になった。
「夫の死後、15年前にタイムトラベルし、出会う前の夫と接触して夫の嗜好が変化するような行動を取り、現在に戻って夫が生きている世界になっているか確認、それを何度も試行」という設定は面白い。
しかし、「タイムトラベルの理屈が謎」「夫の死亡する日の行動が詳しく描かれないので、夫がコロッケを買わなくなると、それで何故悲劇が回避できると考えたのかがいまいちよく分からい」「写真を撮る子供二人がご都合主義すぎる」など、引っかかるところは満載。
タイムトラベルで好きな人の若かりし頃に会いにいく話はありがちだと思うが、不仲で顔も見たくない夫の若い頃に出会うというのは新鮮。
妻の方は+15歳の状態で若い頃の夫と出会うわけだが、それでも夫の方は妻に惚れてしまうというのは面白い発想。
逆に、妻の方から積極的にアプローチを仕掛けると、若き日の夫から相手にされなくなるというのもリアルに感じた。
前半、凄いと思った場面は、妻・カンナと夫・駈が結婚してから離婚するまでをダイジェストで描いた数分間。
まるで2021年公開『花束みたいな恋をした』の短編版。
仕事のせいでパートナーを気遣う余裕が無くなっていくところがそっくり。
「家庭内別居」という言葉を聞いたことはあったが、映像化されたものを観たのは初めてで、なかなかの衝撃。
さすが坂元裕二脚本というべき戦慄の場面だった。
前半にこの場面があるおかげで、後半出てくる「夫婦が同じテーブルで食事する」というシーンが、平凡な光景なはずなのに、それがとても尊いもののように感じられてしまい、自分でも思いがけないほど感極まってしまった。
「ありふれたもの」を「かけがいのないもの」に感じさせるこの作りは、個人的生涯ベスト映画の一つ『素晴らしき哉、人生』を思い起こさせるものがあった。
この映画の中だと駈は困った人がいたら助けずにはいられない利他的な人間として描かれるが、そんな彼が結婚後、妻に対して冷たい態度を取るようになるのが、本作で一番引っかかったところ。
でも逆に言えば、そんな彼でも酷い人間になってしまうほど、夫婦関係というのは難しいものなのかもしれないとも思った。
後半、駈が付箋を拾った後の、カンナと駈の会話が凄かった。
この映画の中でしかあり得ない複雑な感情のやり取りをしていて、「こんな会話、坂元裕二にしか書けないのでは?」と思わせる凄みがあった。
もしかしたらこの映画の結末は、カンナにとってはより残酷なものになったのかもしれない。
でも、それでも個人的には駈の選択を支持したい。
駈が「それも悪くない」と言った時、自分が若かった頃はその考えが理解できなかったと思うが、今の自分ならその気持ちがわかる気がしたので。
カンナが何度挑戦しても結局悲劇は繰り返され、悲劇を回避することの困難さが描かれていたが、それに比べれば好きな人に思いやりを持って接し続けるなんて簡単なことでしょ?というメッセージをこの映画から感じた。