「原作の良さが全て描ききれているわけではないが、それでもかなりいい映画」墨攻 Cape Godさんの映画レビュー(感想・評価)
原作の良さが全て描ききれているわけではないが、それでもかなりいい映画
総合:85点
ストーリー: 80
キャスト: 85
演出: 85
ビジュアル: 90
音楽: 70
酒見賢一原作の小説を森秀樹が漫画にしたものを基にしたアジア映画。いわゆる戦闘を描いた戦争の映画ではなく、梁の支配層・住民・趙の軍隊・墨子それぞれの立場の考え方の違い、組織の内部統制やそれぞれの立場からくる権力争い、さらには戦争を避けようとする墨子の思想が総合的に描かれている映画である。
そのため全体的な設定などがやや複雑であり、墨子思想のことを知らずに迫力のある戦争の場面だけを期待して見る人には期待はずれかもしれない。これには戦闘を中心にすえた映画の宣伝方法にも問題があっただろう。
墨子はおよそ2400年ほど前の中国で非戦を掲げて活動した思想家である。しかしいくら墨子が非戦を掲げ説いたとしても、勢力争いを繰り返す戦国時代に言葉だけで戦争をやめさせるのは非現実的であり不可能である。そこで彼は平和思想を中国全土に説いて周る一方で、戦争を抑止する強制力を考え出して用いた。それは高い戦闘能力を持つ防衛の専門家として攻められる方に味方について守りを固め、それによって攻めるほうに戦争を諦めさせることにより平和を実現するという考えであり、これを実践して実際に成功例を得た。
また墨子思想は平和のために命懸けの自己犠牲で尽くし、それでも謝礼を受け取らないという厳しいものであった。この墨子集団の一人がこの映画の主人公である革離である。そして彼は趙の国の侵略から梁の国を守るために戦うのである。
彼は単純に攻めてくる趙の軍隊を相手に戦闘だけをすればいいのではない。本来味方であるはずの梁の国においても彼はよそ者にすぎない。敵は趙だけでなく、いかなるものからも自分の立場や権力を守りたい梁の王や将軍たちも時には敵となりうる。そのような微妙な立場の彼は、梁の国の内部を統制しつつ外敵である趙とも戦わなければならないのである。
原作の漫画では戦争がいかに悲惨なのかということが住民の目などからよく描かれていて、だからこそ墨子思想や革離の信じる道の存在意義がよくわかった。またそのような彼の命懸けの努力や墨子思想そのものが、結局は歴史の大きなうねりの中ではささやかな抵抗に過ぎなかったとしても素晴らしいものであった。しかしこの映画ではそこが必ずしも描ききれていなかったようにも思える。
それと斥候に出た革離たちが敵に見つかり崖から川に飛び込む場面があるが、重い甲冑を着て飛び込んだのに体が沈まず溺れないとか、上から矢をいられることもないといった部分は疑問に思った。漫画・小説どちらの原作にもない部分である。
それからほぼ映画の最後で、梁を奇襲して占領した趙の巷淹中将軍に呼ばれた革離が二人だけで話し合う場面がある。しかしここで巷淹中将軍は勝利をおさめ人質をとり圧倒的に有利な立場にあるのに、何故革離の話にあれほど押されてしまうのかというのも不自然に感じた。
正直これだけの長さの映画では、原作の細かな設定や良さが描ききれていないと感じた。それでもある程度は良さが出ていたし、また映画セットや戦闘場面はかなり金がかかっていて原作以上の迫力のあるものであった。総合的にはまずまずの良い映画だと言える。