「一人でも多くの人に」ビバ・マエストロ!指揮者ドゥダメルの挑戦 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
一人でも多くの人に
映画が始まってまもなく、グスターボ・ドゥダメルが指揮してベートーベンの第9の練習をするところが流れ、私が未だ高校生の時、学校でTBSテレビのドキュメンタリー番組「小澤征爾”第9”を揮る」を観たことを思い出した。私たちは、皆小澤さんの音楽に触れて、クラシック音楽に親しんでいったのだ。それは、村上春樹さんも同じだと思う。
そのときのドゥダメルは、手兵であるシモン・ボリバル交響楽団のベートーベン交響曲全曲の欧州ツアーを控えていた。その映像に接しながら、ドゥダメルは単に音楽的な才能に恵まれているだけでなく、人を揺り動かす大きな力を持っていることがよくわかった。小澤さんや、レナード・バーンスタインがそうであったように。
オーケストラを振る場面では、やはりベートーベンの第5番の冒頭を練習する場面が印象的だった。5拍と言って4拍と言い直し、さらに3拍が大事と言う。そうだ、最初の1拍は休止符であり、次に8分音符が三つ続き、2分音符が伸ばされる。こんなに、最初の休止符が大事であることを教えてくれる姿は、これまでなかったと思う。ただ、マイクが音源に近すぎて、やや残念だった。日本のワン・ポイント収録のような優れた技術で、録音して欲しかった。
それにしても、2017年に、彼の祖国ベネズエラが政治的、社会的に危機に陥っていたことを、全く知らなかった。恥ずかしいことだ、彼の国のニュースは目にしていたのかも知れないが、それがエル・システマに及んでいたとは。ドゥダメルが、ベネズエラに入国できなくなった経緯もよくわかった。
しかし彼は、きっと遠い将来にはなると思うが、祖国の救済のために、あの国の文化相か首相、あるいは大統領として、招聘される日がくるだろう。どれくらい将来かまでは、わからないが、その日が来るまで、あるいは例え、その日が来ても、音楽を以って世界の人に語り掛けることを続けて欲しい。世界を代表する人間の一人として。
心に残る素晴らしいドキュメンタリー映画だ。
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私の得ていた情報が片寄ったものであった可能性がある。2017年オーケストラの海外公演ができず、ドゥダメルがベネズエラに入国できなかったことが全てと思っていた。しかし、2017年の彼の声明は十分ではなく「エル・システマ」を立ち上げたチャベス大統領を引き継いだ独裁者で、大統領選で混乱のあったマドゥス大統領を結局は容認しているのではないかとの批判があり、この8月には、ニューヨークでドゥダメルの指揮するコンサートに反対するデモがあったようだ。今後も、注意深く見守って行きたい。(2024.11.28 追記)