「話はとっぴですが、この男ならこんな波乱に巻き込まれてもおかしくないと思えるのだから不思議です。」劇映画 孤独のグルメ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
話はとっぴですが、この男ならこんな波乱に巻き込まれてもおかしくないと思えるのだから不思議です。
10年以上続く、グルメドキュメンタリードラマの代名詞的存在として長年にわたり人気を集めるテレビドラマ「孤独のグルメ」シリーズの劇場版。
原作・久住昌之、作画・谷口ジローによる同名漫画を実写化し主演の松重豊が自ら監督を務め、主人公・井之頭五郎が究極のスープを求めて世界を巡る姿を描かれます。
タイトル通り、紛れもない劇映画になっています。輸入雑貨商の井之頭五郎が世界を飛び回り、サバイバルのような展開も。淡々とした食事シーンが眼目のドラマとの落差に冷めてしまうかと思いきや、この男ならこんな波乱に巻き込まれてもおかしくないと思えるのだから不思議です。
●ストーリー
輸入雑貨の貿易商を営む井之頭五郎は、商談で赴く先で、行き当たりぱったりの飲食を楽しむのです。これが、まさに食の楽しみ、旅先、仕事先での食事の一期一会そのものです。手にはガラケー。スマホを持だないため、検索することもできないし、事前に☆の数を知ることもありません。店構えを見極め、一人で入店し、メニューを吟味し、直感でオーダーするのです。
そんな五郎は、同業者の滝山(村田雄浩)からの依頼を受けて、かつての恋人である小雪の娘・千秋(杏)が待つフランスへ向かいます。パリに到着するといつものように空腹を満たし、依頼者である千秋の祖父・一郎(塩見三省)のもとを訪れるのです。一郎は子どもの頃に飲んだスープをもう一度飲みたいと願っており、五郎にそのレシピと食材を探してほしいと依頼します。ヒントはごくごくわずか。一郎の記憶を頼りに、詳細をさぐるために井之頭は、長崎・五島列島に現地取材へと向かいます。順調に特定されていくスープの食材。ところが好事魔多し。台風に巻き込まれ遭難。目覚めるとそこは知らない土地でした。五郎は何と韓国領の島に漂着してしまったのです。さまよえる五郎に救いの手を差しのべたのは、現地の島のコミュニティで暮らす志穂(内田有紀)でした。
究極のスープを求めてフランス、韓国、長崎、東京を駆け巡る五郎でしたが、行く先々でさまざまな人物や事件に遭遇し、次第に大きな何かに巻き込まれていくのです。
●解説
2012年1月に初めてテレビドラマ化された作品で、当時から主人公の井之頭五郎を松重が演じてきました。手の内に入れているどころではなく、もはや同化している役、松重=井之頭なのです。今回は主演・監督・脚本を松重が一手に担っていますが、本作において松重というよりも井之頭五郎が主演・監督・脚本をこなしているいった方がいいだろうと思います。
いきなり世界を飛び回るという、話はとっぴですが、案ずることはありません。五郎が探し当てた実在の飲食店で食事を楽しむおなじみのシーンもたっぷりあります。但し、それがワールドワイドに拡大されているところがドラマ版違うところ。そこらへんの食堂に飛び込むような感じで、いつものように五郎の食事シーンが始まります。でもその場所はパリの家庭料理のレストランだったり、韓国の小料理屋だったり、ワールドワイドなんですね。
映画館の大画面で見るとドラマ以上に食欲をそそられること間違いなしです。やはり五郎の食べ方がまたいいのです。気取った上品さはありませんが、かといって品がないのかと問われればそんなことはないのです。野趣あふれる食べっぷりでありながら、まったく卑ではありません。会食しても、相手に寸分の不快感も与えないだろう食べ方といっていいでしょう。要するにうまそうな食べっぷりなのです。食べ方は早いですが(^^ゞ
見知らぬ島に不時着した際にも海の幸で鍋料理を作ろうとする井之頭のあくなき欲求は、食べないと生きられない人間の業そのものを物語ります。五郎の手料理は、危機一髪に陥るくらいの危険性がありましたが(^^ゞ
そんな思いもよらない方向へ転がっていく後半はいかにも「孤独のグルメ」の制作チームらしい遊び心にあふれています。斬新な発想で番組を作り続けてきたテレビ東京イズムが感じられることでしょう。
松重監督は当初「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノに監督を依頼したといいます。そっちも見てみたかったですが、作品の世界観と井之頭五郎を誰よりも知り尽くし、愛してきた松重監督だからこそ、こんなにも魅力あふれる映画が撮れたのでしょう。
●最後に疑問に感じること
ドラマ版も含めて本作シリーズでは、輸入雑貨の貿易商を個人で営業している五郎の仕事ぶりはまったく描かれません。いつも顧客に頼まれると仕事とは無関係な依頼でも引き受けるのです。それが簡単に済む用事ならともかく、今回のように世界を飛び回り、顧客が忘れてしまったメニューの調査をするなんて貿易商の業務を完全に越えています。それでも五郎は、依頼されると、損得抜きで何でも引き受けてしまうところが疑問です。その結果毎年の年の瀬も必ず依頼が舞い込み、慌ただしく年を越すなんてことを繰り返しているです(年末ドラマより)
とにかく五郎の食事シーンがメインで、ストーリー性に重きを置いていないところを嫌って、これまでのドラマ版は無視してきました。しかし今回の劇場版公開に合わせてドラマ版を数本見てみたら、五郎の食べっぷりの良さと心の声にハマってしまったのです。
ストーリー面では疑問を感じつつも、何回かドラマを見てしまうとハマってしまう、中毒性のある作品なのでしょう。公開2日目に見ましたが、映画館では半分くらいの席が埋まっていました。ちまたに『孤独のグルメ』中毒患者が結構いるようです。