ぼくとパパ、約束の週末 : 映画評論・批評
2024年11月12日更新
2024年11月15日より新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町ほかにてロードショー
推しのサッカーチームを発見する旅。しかし、その基準はサッカーファンのそれではない
10歳の少年が、「推しサッカーチーム」を見つけるために、週末ごとに父親と一緒にドイツ国内を旅する物語です。何とも楽しそうなロードムービーを想像していましたが、その予感は始まって5分ほどで見事に打ち砕かれます。
本作の主人公、10歳のジェイソンは、生まれながらに自閉症です。公式サイトによると、「アスペルガータイプのASD(自閉症スペクトラム障害)」だと医学博士の先生が述べています。
ジェイソンは、物事を徹底的に理解しないと気が済まない。加えて、人の心の機微がわからず、独自の強いこだわりを持つため、集団での行動がとても苦手。おまけに、ストレスが高まるとキレて大声を出してしまう。両親や学校の先生や、周囲の人々をいつも困らせています。私は、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんのドキュメンタリーを思い出しました。
ジェイソンは、学校で「サッカーチームはどこのファンなの?」と同級生に質問され、答えられません。また、お爺ちゃんがサッカーファンで、熱心に観戦を勧められます。やがてジェイソンは、特にサッカーが好きではないのに「贔屓のサッカーチームをひとつ決める」というミッションを自らに課しました。そして、そのチームを決めるにあたり、ドイツリーグの1部から3部まで56チームを全部見てまわると宣言します。お父さんが、すべての旅につきそう前提です(お父さんに拒否権はありません)。
「マイチーム」を選ぶにあたり、ジェイソンの決めたルールはユニークです。「環境や持続可能性を重視していること」というのは今どきですが、「選手のシューズの色がバラバラじゃないこと」「スタジアムに残念なマスコットがいないこと」「選手が円陣を組まないこと」など、けっこうひとりよがりなものも多い。普通のサッカーファンなら、地元のクラブを選ぶ人が多いでしょう。そうじゃなければ「モダンなサッカーをする」とか「ユニフォームが格好いい」とか「資金が潤沢にある」などがマイチームを選ぶ基準だと思うのですが、全然違う。
そして、父と息子の旅が始まるのです。ジェイソンは、CO2をまき散らす自動車や飛行機が嫌いです(グレタさんと一緒ですね)。なので移動はもっぱら鉄道。これは痺れますよ。例えば日本なら、東京からサンフレッチェ広島のスタジアムに行くまで、鉄道メインの移動だと5時間ぐらいかかります。V・ファーレン長崎のピーススタジアムまでは8時間もかかります。そんな感じの観戦を週末ごとにやる。お父さん、大変ですよね。
映画では、実際にバイエルン・ミュンヘンや、ボルシア・ドルトムントのスタジアムなど、超人気チームの本拠地を訪ねてロケを行っています。この臨場感は大変楽しい。ドイツには、日本のJリーグのスタジアムに比べ、遙かに環境のいいスタジアムが揃っていることが分かります。果たして、ジェイソンのお眼鏡にかなうチームは現れるでしょうか?
映画は実話に基づいていて、エンドロールでは、モデルとなった親子がサッカースタジアムで実際に観戦している映像が映ります。それを見て、この映画の後のストーリーが知りたいと強く思いました。だって、サッカーの試合ほど不条理に満ちたスポーツはないと思っていますから。選手たちが90分間、足がつるほど走り回って、得点が1点も入らない試合だってざらにある。ジェイソンにとって、サッカーのゲーム内容と結果は理解できる範疇なのか? 彼のサッカー観が、その後どう変化したのか? ひとりのサッカーファンとして、とても興味があります。極めてレアなサッカー案件なので、是非とも続編を作って欲しいです。
(駒井尚文)