「特にファンではない者の感想です」劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来 nakadakanさんの映画レビュー(感想・評価)
特にファンではない者の感想です
原作未読、テレビ1期と無限列車編は一応見ている、その後のテレビシリーズはたまに目にして話の流れはぼんやりと分かる、程度の者です。
今作にそれ程興味はなかったものの、付き添いで観に行きました。
回想シーンが多い、テンポが悪い、長い、というレビューを先に読んでおり、ハードルが下がっていたためか、思ったよりも良かったです。
無限城の描写は落下シーンや移動シーンなどと合わせCGも効果的で、シュールな壮大さがよく伝わりましたし、戦闘シーンの動きやカメラワーク、間の取り方など、やはりクオリティが高く大いに見応えがありました。
肉弾戦のアクションは結構好きなので、猗窩座の動きや見せ方など面白いなと。
音響などもきちんとしており、板の間での足音とか剣の音とか、安定感があります。
建物ではない部分のCG、鬼舞辻󠄀の肉塊的なところなどは、キャラクター描写と比べリアル過ぎて違和感はありましたが。
戦闘中に何度も回想シーンが始まったり、長かったりするのは、確かにうーん……と。
バトル続きなので回想シーンで緩急を付けている感じもあるかと思いますが、やはりもっとテンポよく進む方が良かったのではと。
個人的には、これまでの話はぼんやりとしか知らないので、登場人物の背景は成程と思って見ることができた部分もあります。
それでも、ここの回想いらないのでは、もっと短い方がいいのでは、と思うところも結構ありましたので、きちんと話を知っているファンの中には回想シーンがくどいと思う人もいるだろうなと。
説明台詞やモノローグが多いとも思いますが、少年向けの漫画だし分かりやすさ重視のこういう作風なのだろうと。
炭治郎の戦闘中のセルフ実況など、これはこれで面白いという気もします。
ストーリー面はシンプルですが、前半のしのぶと善逸の戦闘など、コンプレックスを抱えながらも努力と信念をもって戦いに挑む展開はやはり好感が持てます。
一般の隊士や黒子的人々がそれぞれに自分の役割を果たそうとしている描写があるのも、良いと思います。
鬼の方は、笑顔で口が上手く他人の不安につけ込み利用するカルト教祖に、自己肯定感が高すぎる被害者面した承認欲求モンスターと、現実の人間でもこういうのいるよなと想像させられますし。
対して猗窩座は、同情できる辛い過去を持った鬼、というキャラクターのようで。
ここまで力に固執するということは、何かしら力及ばず、自分より強い人間の手にかかって愛する人が死んだ、みたいな過去かと思っていたのですが。
毒殺って、力関係ないのでは……
どれだけ物理的に強くなっても防ぐことできないだろ、とか考えてしまいましたが。
力でしか自己肯定感が得られない、現実を直視できずに力を追い求めた、過去を思い出し力があっても不毛と悟った、という感じかも知れませんが。
あと、回想シーンとはいえ、先に毒殺されるって語りを入れるのか……とも。
こういうところは、やはり説明台詞は控えめの方が良いのではという気がしました。
ついでに、某元首相がこの作品のファンで好きなキャラクターは猗窩座、という話を目にしていまして、政治家としてこういうのはどう見ているのだろうかと。
ファンとして猗窩座に同情するというのもいいですが、政治家として、時代劇とはいえ貧困とかヤングケアラーとか被害者遺族とか、そういう問題を意識しないのだろうか、猗窩座のような悲しい存在を作らないために社会はどうすべきかという視点は持たないのだろうか、とか思ってしまいました。
炭治郎の、誰しもが昔は弱い赤ん坊だった、強い者が弱い者を守るべきといった台詞は、共感できますし印象深いです。
物理的な力だけではなく、権力とか経済力などの面でも、弱い立場の者を守るという視点は大事ですし、子供とか子育て環境とかに優しい社会にすべきだよなと。
最近国政選挙が行われたということもあり、そんな連想をさせられました。
ただし、子供必須な家族観の押し付けや、不安につけ込んで守るフリをしながら弱い立場の中で分断を煽るような言説は、よろしくないと思います。
これだけの人気作品で大多数のファンが観ているようですし、その大多数のファンが炭治郎の考え方に共感するなら、SNSで弱い立場の者を罵ったりなどしない優しい社会になりそうな気もしますが、どうなのでしょうか。
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