劇場公開日 2024年9月27日

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ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか? : 映画評論・批評

2024年9月24日更新

2024年9月27日よりYEBISU GARDEN CINEMA、シネマート新宿、シネ・リーブル池袋ほかにてロードショー

“血と汗と涙”の結晶。“鉄のカーテン”をぶち破った伝説のライヴへ!

1967年、アル・クーパーの呼びかけでブラッド・スウェット&ティアーズ(以下BS&T)が結成された。一目見た米コロムビアの重鎮が契約を即断しメジャーデビューを果たす。バンドはホーンセクションを加えた9人編成、ジャズのエッセンスにロックを融合させたブラス・ロックの始祖となる。だが翌年2月にリリースされたファーストアルバムは不発に。メンバーによるとヴォーカルのインパクトが欠けていたからだ。翌月アルはバンドを去る。

さあ、どうする。オーディションが続く中、2曲しか覚えていないカナダ出身のデヴィッド・クレイトン・トーマスがスタジオに呼ばれる。怪童がワンフレーズ歌った瞬間メンバーは喜色満面に。うってつけの存在が見いだされたのだ。1968年12月、グループ名を冠したセカンド「血と汗と涙」を発表。アルバムはヒットチャート7週連続1位に君臨。ライヴにはファンが殺到し、シングル3曲も快進撃、瞬く間にトップクラスへと躍進する。

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すべてが順風満帆だと思われたその時、魔の手が静かに迫る。カナダ時代のデヴィッドの前科に難癖がつけられ、居住権剥奪の危機に晒された。ヴェトナム戦争へのデモが激化し、反戦を叫んだジョン・レノンらを厳しく監視させたニクソン政権はグリーンカードを取り消すと脅した。窮地を救ったのは囚人上がりのマネージャー、ラリー・ゴールドブラット。米国務省との裏取引に応じ、米ソの冷戦下でソ連の影響下にあるユーゴスラビア、ルーマニア、ポーランドでプロパガンダライヴ出演を交換条件にNDA(機密保持契約)を結んで米国居住権を保障させた。

1969年8月17日、ウッドストックで熱演するが主催者の不手際でギャラの支払いに問題が発生。怒った当時のマネージャーは数曲歌った後で撮影を禁じた。このパフォーマンスが映画「ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間」(1970)に盛り込まれていたとしたら、バンドへの評価は別格になっていたに違いない。

1969年、ラスヴェガスのシーザーズパレスで公演。今でこそ当たり前となったセレブ向けホテル興行がカウンターカルチャー支持者から体制派だと叩かれ、ロック信者への裏切り行為とみなされた。

1970年のグラミー賞授賞式で最優秀アルバム賞は、次点の「アビイ・ロード」に大差をつけた「血と汗と涙」だった。BS&Tはジャズ界の重鎮ルイ・アームストロングからトロフィーを授与された。4冠に輝いたグラミー賞だが、授賞式のテレビ放送が始まったのはこの後からだった。

1970年6月17日、破竹の勢いのバンドは“鉄のカーテン・ツアー”を敢行、初公演となるユーゴスラビアのザグレブの舞台に立つ。映画化も決定し、新人監督とクルーが同行して東欧での10公演が撮影された。しかし、共産圏の民衆が熱狂する様は国際問題につながると政治の思惑で“無かったこと”にされてしまう。

1970年9月、東欧から帰国したバンドを待っていたのは容赦ないバッシングの嵐だった。民主主義プロパガンダの尖兵となった彼らは、右派からは反戦・反体制の象徴とされ、左派からは国務省の回し者の烙印を押され、両派からの攻撃に晒された。

政権の思惑に翻弄され、半歩違いでアーカイブ化のトレンドに乗り遅れたBS&T。だが、鉄のカーテンをぶち破った“血と汗と涙”の結晶たるライヴを活写した本作には、メンバーが「自分の記憶の中でも最高のコンサートのひとつ」だと語る圧巻のワルシャワ公演が記録されている。

半世紀を経て発見されたフイルム5本(実際は18本あった)を元に作品を仕上げたジョン・シャインフェルド監督は、「この映画は音楽やBS&Tファンのためだけではなく、政治スリラーであり、驚くほど力強い共鳴と、現在世界で起こっていることとの類似性を持っている」と語っている。彼の脚本は高く評価され、2024年の全米脚本家組合賞を受賞している。

登り詰めたら落ちることだってある
 それでも糸車は回り続ける
 悩みごとを愚痴ったって始まらない
 ペイントされたポニーに乗って糸車を回そうぜ 「スピニング・ホイール」より

瞬く間に時代の寵児となり、トップシーンから姿を消したバンドのオリジナルメンバーが当時を振り返る。政治とは無縁だった彼らがいかにして政治の餌食にされたのか。沈黙を続けた理由とは…。今でこそ笑い話だと悠然と語るヤツらはマジにカッコいい。創始者たちが姿を消したバンドはメンバー交代を繰り返しながら現在も活動を続けている。

髙橋直樹

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