「基礎知識なしで見た―」ゆきてかへらぬ 町谷東光さんの映画レビュー(感想・評価)
基礎知識なしで見た―
「侍タイムスリッパー」を見た翌日、都心のシネコンで鑑賞した。封切りから間もないためか、平日昼間ながら、ぼくと同様な無職・無業の、ぼくより年齢が高そうな映画ファンが結構入っていた。
「侍―」のレビューに書いたように、面白い映画(に限らないが)の条件は、
笑わせ
泣かせ
余韻を残して考えさせるもの―
である。
この映画については、その要素がほとんどないから★2つである。
ぼくは、4年あまり詩を書いている(コンテンツ投稿サイトnoteにて公開)。
詩を読むこと自体もそのころから始めた程度の詩ファンでしかないが、もちろん中原中也のことは知っており、小林秀雄と女を取り合ったということもなんとなくは知ってはいた。しかし、詳しいことは知らなかった。
事前にウィキペディアを読むか、この映画ドットコムで本作の解説でも読んでいれば、その「女」長谷川泰子(タイトル・ゆきてかへらぬは、泰子の回想録)のこともわかったうえで映画を鑑賞し、知識を得た上で作品を「味わった」かもしれない。
しかし、本作に限らず、そういうことをしない(事前知識は極力入れない)のがぼくの映画鑑賞のルールなのである。
そんなものはなしに、映画の中にあるものを観客に届け、作品に没入させるのが、監督、キャストの仕事だろう。
その点から言って、背景を知らないとほとんど面白くなく、感動も、考えさせる点もない作品で終わった。
過去のレビューにも書いたが、黒沢清の「スパイの妻」(2020年公開)のように、最後の最後にハッとさせられるような場面やセリフがあればいいが、そういうものもなかった。
中也、小林、そして泰子の3人の関係性と、それぞれが抱える心の落ち着かなさが、表面的にしかとらえられていない。だから、当然感動も感心もないのである。
中也の詩編も最低限度しか取り上げられず、3人の心模様を画面だけで伝えることが成功していない。
広瀬すずは、ひょっとしたらそこそこ頑張って芝居をしたかもしれないが、「体当たり」の演技にはほど遠いだろう、あれでは。
がっかりおっぱいでも見せるだけの根性があれば、脱皮するいい機会だったかもしれないのに。
今の時代、こういうことをこんなところで指摘することすら問題かもしれないが、本人がよほどその意識(脱ぐっていうこと)を強く持ち出さない限り、難しいのはわかる。
しかし、そんな思いきったこともないのなら、平板な文芸作品―いや、中也の詩編や小林の評論の中身にほとんど触れていない点では文芸作品ともいえない―でしかない。
岡田将生はいい役者だとは思うが、顔がきれいすぎる。芝居も下手ではないが、外見がきれいすぎてよくない。中也を演じた木戸大聖も、前半は悪くないのだが、晩年の部分がそもそもおざなりな描かれ方で、これまた印象が薄い。ローラースケートはがんばったかもね。
ことし75歳になるという監督のこれが限界なのだろう。1980年代にはいくつか印象的な作品も残している人ではあるが、その程度。
詩人を題材にした映画では、三好達治と萩原朔太郎の妹との恋愛を軸にした「天上の花」(2022年公開、片嶋一貴監督)のほうがはるかにいい作品だ。東出昌大も存在感があったてよかった。
繰り返すが、見るほどの映画ではない。