「ポップでアナーキーな反骨の底にある健全な毒気」私にふさわしいホテル ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
ポップでアナーキーな反骨の底にある健全な毒気
話が始まってしばらくは、素っ頓狂なヒロインによるただのドタバタコメディ映画かなと思っていたが、さにあらず。
どうもこれは、喜劇とファッションでシュガーグレーズされた、文壇の内情についての赤裸々な暴露話のような気がする。パロディっぽいのがたくさん出てくるし……
原作を読んでいなかったので帰宅する足で原作本を買い、ひとまず石田衣良氏の解説を読むとこう書いてあった。
「この本は、現在人気急上昇中で精力満点の作家・柚木麻子が、身も蓋もなく作家と本の世界の暗黒面を描いた作品だ。」
あ、暗黒面……
全体的にのんだけがちょっと舞台劇のような演技なのだが、それは加代子というキャラクターのせいもあるだろう。よくも悪くもふてぶてしいキャラだが、表情が豊かで、70年代ヒッピー風ファッションから着物やシャネル風スーツまで何を着てもよく似合い、こちらの目を楽しませてくれる。彼女のモデルとしての経験も生かされているように感じた。
冒頭から万年筆の持ち方が気になってしまったのだが、パンフレットを読むと箸の持ち方等監督の指導によるものだそうで、思えば当たり前だが意図的なもののようだ。加代子の破天荒キャラの表現ということだろうか。
舞台となる山の上ホテルのシックで品のあるインテリアにも目を奪われる。今年2月に老朽化のため一時休館したそうだが、長く大切に使われた建物特有の味わいがスクリーンからも伝わってきた。エンドロールまで内装の映像がたっぷりで、山の上ホテルの記録映像、プロモーションビデオとしても楽しめる。
加代子と文壇の大御所・東十条(モデルは渡辺淳一だろう)との掛け合いは、絶妙なコンビネーションだ。加代子は東十条の執筆作業を妨害したり(三島の演説を真似た電話や、文豪コールでシャンパンを振る踊りに爆笑)偽名で彼の家族に取り入ったりするのだが、対立するばかりではなく、遠藤への復讐のために共闘したりもする。結果的に加代子は東十条のミューズのような役割も果たす。
この二人の関係が終始カラッとしているので、途中で業界暴露的要素が見えてきても全く陰湿な印象にならない。
察してくれと言わんばかりのネーミングやキャラの数々には笑ってしまった。「小説ばるす」「直林賞」「文鋭社」あたりはわかりやすいところ。直木賞……じゃなくて直林賞に直結するエンタメ文学賞「鮫島賞」、「プーアール社」。高校生作家・有森光来は綿矢りさを思わせる。原作では、これらに加えて実在の作家の名前も出てくるらしい。
だが、笑って観ている頭の片隅でやはり気になる。大御所作家の「男尊女卑クソじじい」ぶり、担当編集や書店と作家の関係、新人作家への嫉妬や焦り、文学賞の出来レース……
この辺りの描写には妙な説得力があり、うっすらと原作者の実体験や見聞が透けて見えるような気が、どうしてもしてしまう。実際そんな感じなのか、文学界。
パンフレットにある豊崎由美氏のコラムによると、さすがに令和の現代では昭和的風習は廃れ、文壇解体前夜といった様相のようだ。1981年生まれの柚木麻子が書いた原作の時代設定は平成だが、当時新人作家だった彼女は、文壇で何らかの理不尽に出くわし怒りの炎を燃やしていたのだろうか。
石田氏の「暗黒面」という表現がどこまで真に迫ったものか、あるいは半分冗談なのかはわからないが、この物語の底には健全な毒気を帯びた批判精神が流れている。そんなスパイスがピリリと効いた、結構大人向けの喜劇なのだ。