「夢の中へ~♪」雨の中の慾情 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
夢の中へ~♪
つげ義春の短編漫画(未読)を「岬の兄妹」、「さがす」の片山慎三が実写映像化した作品。ただし、原作は映画の冒頭のみで、あとは他のつげ作品からの引用とオリジナルで構成されているということである。
その冒頭、いきなり異様な雰囲気に引き込まれた。土砂降りの停留場で義男がバスを待っていた女を犯すのだが、シュールで煽情的な光景が凄まじい。実はこれは義男の夢だったというオチが付くのだが、しかしこうした泥臭く劣情的な演出は片山監督の得意とする所であり、その資質が初っ端から発揮されていてる。
以降は義男と伊守、福子の愛憎劇が展開される。義男は福子に中々告白できず、そうこうしているうちに彼女は伊守の恋人になってしまう。やがて3人は共同生活をすることになるのだが、このシチュエーションも中々スリリングで面白く観れた。
そして、ここでも少し不思議なことが起こる。義男が夜の町で、冒頭の夢の中で犯した女に出くわすのだ。ここも彼の夢なのかと思いきや、さにあらず。現実だったということが分かり、いよいよ現実と夢の境目が分からなくなっていく。
極めつけは、義男の大家がやってる裏稼業が判明するシーンである。ここから一気に物語は現実離れした方向へと加速していく。
このように現実と思って観ていたらそれは夢だったという仕掛けが幾重にも張り巡らされていて、観ている最中は混乱させられっぱなしだった。夢から夢へと数珠つなぎで展開されていく構成は、クリストファー・ノーラン監督の「インセプション」のように理路整然としているわけでもなく、何か法則性が決まっているわけでもない。
そもそも夢なんてものは理解しようとしても出来ない代物なので、観てるこちらも一々理由を考えても仕方がないことなのかもしれない。個人的にはラストだけが現実であり、それ以外は全て義男が見た夢の世界と解釈したが、このラストすら現実であるという保証はどこにもない。
そんなわけで、夢の中であれば何が起こっても不思議がないわけで、次に何が飛び出してくるか分からない面白さがこの映画にはあるように思う。まるで”ビックリ箱”を開けるような、そんな感覚で面白く観ることが出来た。
特に印象に残ったのは2点。義男が昼と夜の時間軸を地続きで往来するシーン、殺戮と混沌に溢れた戦場シーンである。この二つは実に大胆な映像で驚かされた。撮影が見事だと思う。
聞けば撮影は主に台湾で行われたということであるが、これが映画に独特の雰囲気を持ち込んでいるのかもしれない。戦後間もない頃の日本に近いが、どこか異国情緒の香りも漂わせ、不思議な世界観が構築されている。おそらく日本でセットを組んでも、この独特の世界観は創り出せなかっただろう。物語はほぼ町の中で展開されるが、個人的には海のロケーションも大変神秘的で印象に残った。
その海には怪しい二人組の白人たちが登場してくる。こうしたユーモアも本作は随所に散りばめられている。片山監督は基本的にシリアスな作家だと思うが、これまでにも時折ブラックでシュールなユーモアを絡めながら、作品のトーンを自在に操ってきた。今作でも幾つかそうしたユーモアが配されている。
ただ、これが片山監督の手癖だと知りつつも、今回に関してはシリアス一辺倒で押し切って欲しかった…という思いにもなった。かつてのATG作品のようなジメッとした隠滅さで攻めれば、更に見応えのある作品になっていたかもしれない。あくまで個人的嗜好であるが、そんなことも考えてしまった。
キャスト陣では、福子を演じた中村映里子の体当たりの演技が実にアッパレだった。
また、伊守を演じた森田剛もアクの強さを出しながら抜群の存在感を見せつけている。
更に、大家役で竹中直人が出演している。つげ義春原作繋がりで言えば「無能の人」を連想したりもした。