「予想以上の面白さ」シビル・ウォー アメリカ最後の日 luna33さんの映画レビュー(感想・評価)
予想以上の面白さ
この作品はどの目線でどこを切り取るかで印象や感想が大きく異なるだろう。
いわゆる「戦争もの」という狭いジャンルでありながら、世界的な情勢や内戦の詳細など政治的な描写を思い切って省くことで(元大統領をピンポイントで明確に狙い撃ちしているが)、制作側の意図はともかく結果的に戦争映画という枠組みを超えて色んな広がりを持たせる事が出来たのではないかと感じた。だからこそ「戦争もの」でありながら主役を戦争そのものではなく軍人や兵士でもなく、完全なる一般市民でもないジャーナリストという立ち位置に据える事で、この作品ならではのリアリティを感じさせる独特の「ロードムービー」として上手く成立したように思う。それが個人的には非常に面白く感じたポイントだった。とは言え内戦に至る背景や情勢などもリアルに描いてくれよという意見も当然あるはずで、そう考える人にはやはりイマイチな印象になるだろう。そういう意味では賛否が割れるのは仕方ない。そもそも「戦争もの」って観た人の大半が納得するという事が一番難しいジャンルかなという気もするしね。また制作側の狙いとしてはアメリカを舞台にした話であると同時に、実はどこの国にも当てはまる事なんだと気づかせる意味もあったかも知れない。つまり戦争という名の普遍的な悲劇を題材にした「寓話」として捉えれば、僕的にこの作品は「アリ」だったという事だ。
ここではジャーナリストが軸なので、正義や綺麗事だけではない「ジャーナリズム」の残酷な側面の描写がある意味新鮮で非常に興味深かった。ジャーナリストという絶妙な立ち位置により、兵士のように戦うわけではないが一般市民のように逃げるわけにもいかない彼らもまた相応の「覚悟」がないと到底務まらない仕事なのだ。目の前で常に「人殺し」が繰り広げられ、それを映像に残す事こそが彼らの仕事だ。そんな極限の最前線では誰もが正常な感覚を見失い、どんな大義も正論も意味をなさない時があり、その瞬間は「何が正しいのか」なんてもはやどうでもいい話なのだ。ジェシー・プレモンス演じる兵士との壮絶な「やり取り」の場面はまさにその象徴と言えるし、これこそが「戦争の狂気」そのものなんだろうと思う。1秒後に自分が撃たれるかも知れないという恐怖。これって本当に想像以上なんだよね。
自分の昔話で恐縮だが、若い頃に友達と真夜中の歌舞伎町で遊んでいて、突然見知らぬ男に「拳銃」を突きつけられた事がある。到底本物とは思えなかったが、それでも恐怖で膝が震え出して止まらなくなった。拳銃が本物かどうかは分からなくても、少なくとも目の前に立っているこの男が「完全におかしい」ことだけははっきり分かったからだ。とにかく冷静を装いながら男を絶対に刺激しないよう努めてその場を静かに離れる事に成功したが、決して忘れる事が出来ない恐怖体験となった。それ以来、映画などでは拳銃を向けられた主人公がカッコ良く立ち回るシーンがお約束として出て来る度に、ひっそり心の中で「あんなに動けるわけねえんだよっ!」とつい突っ込まずにはいられなくなった。
さて本題に戻ろう。
この作品は内戦という設定のもと戦闘の激しさとリアルさに加えてジャーナリズム精神とその残酷さを一人の少女の「成長」を通じて描いた物語だと捉える事も出来るわけだが、こういった全体的なバランスが実にちょうど良く取れてるように感じた。銃撃戦の迫力はなかなかで、特に「銃声」のリアルさ(本物を聞いたことはないけど)が非常に印象的だった。そして何度も命を助けてもらったはずのジェシーが、自分を庇って死んだリーにカメラを向け、平然と置き去りにするラストは何とも言えない気持ちになる。こういう形で「ジャーナリズム精神」が継承されていくという皮肉が余韻として強烈に残るわけで、実に味わい深いシーンとなった。また大統領の「最後の言葉」もクソ過ぎたのがこの映画の集大成だったように感じる。何ならこれを描きたいがためにこの作品を撮ったのでは?と思えるほどだ。
内戦という仮定の話をシンプルに描いた「普通の戦争もの」なのかと思ってあまり観ようと思ってなかったのだが、上映が始まってからの評価もさほど悪くなかったので観てみたところ予想以上に面白かった。最近はここでの評価やレビューを参考にしながら観る作品を決める事も多いのだが毎度本当に参考になる。レビュアーの皆さん、いつもありがとう。
コメントありがとです。
luna33さんが言う「人間性」の視点もそうですが、A24がリリースする作品の多くは異質な視点が多くて楽しみでもあります。
今作も戦争の原因を曖昧にし「戦時下」にいきなり放り込む事で、人間の内側に焦点が当たってたような気になります。「人間性を取り戻したリーが死ぬ」人ではなくケモノだけが生き残る異常性を暗示してるようにも思いました。
共感&コメントありがとうございました😊 見て気分の良い映画では無いけれど、再度見る気にはなるような、という位置付けですね。現実の米国では正にこれからどうなるやらという局面に差し掛かっております。世界情勢も悪化の一途を辿っていると言わざるをえません。悲惨な未来へ抗う術は、歴史の記憶とその学びだけです。それを別角度から追体験、if体験できる価値を今の映画界は作り始めているのかもしれませんね。
コメントありがとうございます。
この映画を見た後の余韻は決して楽しいものではないのですが、時間の経過とともに、34歳という若さで亡くなった伊藤計劃さんの『虐殺器官』というSF作品のことも思い出しました。
詳しくは覚えてないのですが、人間の弱さと残虐さは、ちょっとしたキッカケがあれば簡単に恐ろしいこともできてしまう、そんなことを冷徹な筆致で思い知らされたような記憶があります。
luna33さん、コメントありがとうございます。予告編の影響力って大きいですね。予告編一度だけで見た映画「カラオケ行こ」は、宝物にあたったー!で嬉しかったこと思い出しました。Civil Warの予告編は何度も見たはずなのに詳細覚えてません。キルステン・ダンストと夫のプレモンスが出る、それだけで見ると決めてました。女性が主役の「戦争もの」はあまりないから普通の「戦争もの」とは違うだろうとも思いました。何だか変な映画鑑賞の決め方を偉そうに書きました。すみません!
納得して拝読のレビュー、共感いたしました。「戦争もの」は苦手なのですが色々な観点で描かれうるものだと「1917」(だったかな?)で気がついたような気がします
本作は単純でないところがとてもリアルで心うたれました
共感ありがとうございます。
ジェシー顔負けの体験ですね! 頭で解ってても体が動くかは別問題、ジェシーの最後の動きは何かを削ぎ落としたからこそ、出来たのかもしれません。