憐れみの3章のレビュー・感想・評価
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奇怪な3章
エマ・ストーンはハリウッド女優の中で指折りのお気に入り女優なので、彼女の出演だけで観賞確定。
【物語】
3章のお話が独立している。
1章
上司・レイモンド(ウィレム・デフォー)に故意に自動車衝突事故を起こして相手を死なせることを強要されたロバート(ジェシー・プレモンス)。彼はこれまでプライベートに至るまで何でもレイモンドの指示通りに行動してきたが、「これはできない」と初めて断ったところ、妻を初め次々と大事なものを失い始める。
傷心のロバートはかつて妻を口説いたときと同じ方法(レイモンドの指示だった)で口説いたリタ(エマ・ストーン)と付き合おうとするが、彼女は交通事故に遭い入院してしまう。ロバートがリタの病院を訪れると、リタの病室からレイモンド出て来るのを見掛ける。
2章
ある警察官(ジェシー・プレモンス)の妻(エマ・ストーン)が海難事故で行方不明になる。諦めかけた頃妻が発見されて無事に戻って来る。しかし、妻は食の好みが変わっていたり、靴サイズが変わっていたり、男が奇異に感じる。やがて、男は「彼女は妻ではない」と言い始める。
3章
ある男女(ジェシー・プレモンス/エマ・ストーン)はある特殊能力を持った女性を探していた。その女性とは死後の人間を甦らせることができる女性で、限られた手がかり(条件)で女性を探していた。その男と女はある特異な集団に属しており、捜索はその集団のリーダー(ウィレム・デフォー)の指示だった。
【感想】
“哀れなるものたち”もやや奇妙な話だったが、本作はそれをはるか上を行く。もはや奇怪。
恐らく、3つの話に共通するもの、あるいは3つの話TOTALで描いているものがあるのだろう。が、俺にはサッパリ。 もう笑うしかない(笑)
但し、わからなくても退屈することは無かった。観終わったときに「わからん」とつぶやく作品は珍しくは無いのだが、そういう作品は途中で時計が気になったり、眠くなったりするのだが、本作はそれが無かった。165分という長尺にも関わらずだ。
それが、この監督の凄いところかも。
ちなみに長尺ということもあってか、エンドロールが始まると席を立つ人が多かったが、最後まで居た方が良い。一番最後に大事な映像があるのだ。
その映像でストーリー的には3章の終わりが1章の始まりに繋がっているらしいことが分る。
じゃあ、独立しているようで1~3章が繋がっているのか? と改めて思い返してみた。
が、1章と2章はどうやっても繋がらないし、2章と3章も同様。 やっぱり分からない・・・
共通点を探しても、1章と3章はウィレム・デフォー演じる組織の親玉の独裁・暴君ぶりは共通だが、2章にはその存在が無い。エマ・ストーンとジェシー・プレモンスの関係は3話とも近しい関係であることは共通だけど、「これから近づこうという男女」、「夫婦」、「任務遂行のパートナー」とう風に違うし、互いの気持ちも同じと言えない。
共通項も何も見つからない。
ウーン・・・
これ以上考え続けて、答えを出したいという気にもならいので、もう止めておこう(笑)
人によって好み・評価が分かれる映画。
私はこの映画に出演しているマーガレット・クアリーが好きなので鑑賞した。
まぁ、彼女のヌード姿が見れたので嬉しかったけれど、今後役者としてどうなって行くのだろうと一抹の不安を抱いた。エマ・ストーンと見比べると、一層そう感じる。
連作3編で構成され、同じ俳優を起用している。私は3編とも評価するが、観ていて楽しかったと問われれば否だ。面白かったのは確か。
第一話はドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の次男イワンの「大審問官」そのもの。人はパンさえ与えておけば、生きていくのに自由意志はかえって邪魔になる。そんな一面の真理を突いた作品。
第二話は、遭難して死んだと思っていた妻が生きて助かった話。但し、その妻が姿形はそっくりなのに、別人ではないかと被害妄想に囚われた夫。
私は人間関係のストレスで、うつ病になったことがある。それまで自分はメンタル疾患とは無縁だと思い込んでいた。
被害妄想に囚われた夫を他人事だと思って観ていたら、誤りですよ。メンタル疾患は誰でも罹る時代になった。
第3話はカルト宗教の話。教主と男女を問わず性交するなんて、それで救われると思い込んでいてある意味感心した。
死者を生き返えらせる力を持つ人間を探すところは、宗教に有無を言わせぬ力を与えるので、奇跡が必要なのだと考えた。本来なら教主が持っているはずの能力なのに。
恐らく新興宗教のみならず、キリスト教も監督は批判的に見ているのだろう。聖水とか穢れとか。なんでエマ・ストーンは荒っぽい車の運転をするかと疑っていたら、最期に繋がっていた。
3時間近い社会批判に繋がる映画を製作するアメリカ映画界は凄いと感心した。日本だったら、無理だろう。挑戦する日本の映画人に期待する。
この監督はグロテスク描写に躊躇がない。嫌いな方は心して鑑賞するように。
私は駄目なタイプだ。
原題は優しさの種類
憐れみの3章って邦題はどこからきたのか?
分かりにくい映画だったわ〜
1章は大きく社会の一部としての依存
2章は夫婦間の価値観の依存
3章は宗教への依存
だったのかな?と解釈している。
鑑賞された方のレビューを読み耽ります。
優しさや穏やかさが狂気的に描かれる不気味さにミゾミゾする。
なんとも後味の悪いのが好きな方にはたまらない映画だと思いました。
ヨルゴス・ランティモスは抽象画家のような監督だな。
哀れなるものたちの方がまだ分かりやすかった。
三章のうち二章まるまる頭に??浮かべながらエンドロールを迎えた。
考察が捗る系感性で感じ取れよ系映画だった。
前の席のご年配夫婦が濡場で気まずそうにしていたのが印象的だった。
1人で観るのが正解の映画。
万人にはオススメできません。
胸糞エロゴア大丈夫な人だけご覧ください
テーマは可哀想な人なのか
久しぶりに狂ったサイコ映画をみました。ただかろうじて胸くそではないのは、多分これはコメディだからなんでしょう。
3話あり、それぞれ可哀想な人がいる。
1話目はロバート
2話目はリズ
3話目はルースかなー。なにも悪いことしてないのに笑
3話目のエミリーのダンスが最高にイカしてて、エマ・ストーンって若いころから好きだったけど、もう本当に役者としてすごいと思いました。プロって感じです。
独特な音楽とピアノの使い方で2話目はなかなか怖かった。
映像、音楽、役者とも超一流で、こんな事やっていいのかと、個人的には3時間近くあったけど先も読めないし飽きずに観れて面白かった1作です。
お勧めしませんが、良かったです。親切に伝えます。
あまりお勧めはしませんが、とても面白かったです。この類いの作品はレビューや、ネット、雑誌の解説を見て理屈を理解するより、直感や感じる映画だと思います。親切に伝えます。kind of kindness .
ユーモアのある意地悪
「哀れなるものたち」も好きなのですが、こちらはより救いがなく意地悪さもストレートで非常によかった。
「支配と依存」を極端な形で描いてはいるが、誰もが多かれ少なかれこうした形で生きている。
しかし時々、「そっちかよ!」と笑えるところがあり、そういうセンスも好ましい。
役者さんがみんないい。
おまけ映像無し
邦題の「憐れみの3章」はこれで良いのでしょうか?
「優しさの種類」が直訳やけど・・・「哀れなるもの」と関連させようとした?
憐れみがキーワードの映画だと思ってみていて「??」になりました。優しさでも理解しきれなかったけど笑
自分の自由意志を守るためには人は孤独である必要があるのかも。
映画監督は巨匠になると自分の見た夢を映画にしたくなるようです。 本作は巨匠ヨルゴス・ランティモス監督の「こんな悪夢を見た…」3部作です。
第1幕 "The Death of R.M.F." 勝手なサブタイトル「自由意志のない男」
若い男は上司にすべてをコントロールされている。 家も結婚相手も妊娠も飯もセックスも読む本も。 放り出されると、自分では何も選べない。 自ら望んで支配下に戻っていく。 男に自由意志はない。
これはまるで映画監督と役者の隠喩のように見えます。 役者は監督の言うがままに演じるだけで、選択権は持ちません。 リアルの世界の創造主を神と呼ぶなら、映画というフィクションの創造主は監督です。 全ては監督の思うがまま。 そんな全能の存在である監督はもちろん観客の理解など求めてはおりません。あるいは、観客のために作った映画ではなく、批評家のために作った映画です。
第2幕 "R.M.F. Is Flying" 勝手なサブタイトル「あべこべの世界」
若い男は警官であり、愛する妻は海洋生物学者。 妻の乗った船が遭難したらしく、男は気が気でない様子。 無事に救出された妻はなんだか様子がおかしい。 どうやら本物ではないようだ。 女は男に言われるままに自分の身体を差し出す。 女は死に、妻が戻って来る。 夫婦は交換され、犬と人は立場が入れ替わる。
夫と妻のどちらが正気なのか、そもそも正気とはなんなのか、まさに悪夢の世界です。
第3幕 "R.M.F. Eats a Sandwich" 勝手なサブタイトル「汚染された体液」
邪悪な夫も幼い娘も捨ててセックス教団に入信した若い女。彼女は内側に激しい暴力衝動を抱えながら、それを抑えつけているように見えます。その教団では体液を汚染から守るために教祖夫妻以外とのセックスは禁止。 それと、教祖夫妻の涙を混ぜた水を飲み続けること。 女の使命は死者を蘇らせる能力者を見つけること。 女は元夫にレイプされ、教団を破門に。 女は能力者を見つけ出し、教団に戻りたいが…。
本作には自由意志を持ち生活する登場人物は出てきません。みんななにかに操られているように、生気のない顔で空虚な生活を送っています。他人との関係性の中で自らの自由意志を失っていく登場人物たち。現代社会の中で生きているわれわれみんなが多かれ少なかれそうなのかも知れません。自分の自由意志を守るためには人は孤独である必要があるのかも。孤独を避けようとすれば自由意志を差し出さないといけないのかも。そんなことを考えさせられましたが、いずれにしろランティモス監督の悪夢は空疎で暗くて退屈でした。
なんだか見てしまう
「哀れなる者たち」て裏切られた感があったので期待値かなり低く設定して観が、???になりつつも観入ってしまう映画。ストーリーは相変わらず、合ってるのか、読み取れないのか、読解力がないのか不安です見ているが、飽きたところで終り、次の章が始まるので良い。
ラストのスナックBOXのシーンが何となく全てを物語っている感じがする。
人生は結局は大なり小なり不条理で出来ていて、パラレルワールドって事なのかな?
滑稽で痛々しい
奇妙なルールに縛られる人々の様子がコミカルにグロテスクに描かれ、主人公たちはどうなるのかと気になるシュールなストーリー展開もあり、最後まで目が離せませんでした。
最後、酷い……、完全にギャグな扱いですし……
奇妙なルールに従うのも、愛する人?神?からの承認を得たいがために従っているようで、滑稽感がありつつも痛々しいですし、残酷で理不尽ですし、悲劇と喜劇の表裏一体感がなんとも。
編集のテンポや音楽の入り方なども良く、唐突なダンスシーンもやはり面白い。
俳優陣もそれぞれのエピソードで様々な迫力ある演技を魅せてくれました。
奇妙に誇張されているものの、現実でも多かれ少なかれ、承認を得たいがために何かしらルールに縛られる構図はあるように思いました。
1話目など、食事管理とか見た目とか異性へのアプローチとか、普通にSNSとか自己啓発本とかの言説に従っているような感じを連想しましたが。
ヨルゴスの自傷癖炸裂。
ヨルゴスは割と好きでほとんど観てます。
オリジナル作品だと必ずやってしまう自傷シーンが毎回見てて痛い、、と同時にヨルゴスやなぁとしみじみ思う。本作は同じ役者達が3本のオムニバスストーリーで別々の役をやるトリッキーな映画です。
唯一1人だけ統一キャラがでてきて、それが3本それぞれのタイトルになっている。どういうことなんだろ?でもまあ人間の愚かさ残酷さをネタにしたコメディなんだろうなぁ。原題の「優しさの種類」ってどういう意味だろう?「こんなのも優しさちゃうやろか?」という感じかなぁ?
Dio のRainbow in the darkがカーステでかかった時はおじさん上がりました。
ほめ殺し!!
ダントツ興収トップ、映画賞総ナメ、世界が大絶賛 したら監督は辞めてしまうだろう。賞賛と同時にアンチも欲しがる表現者は少なからず存在する。『ラ ラ ラ…』以外ヘンテコりんが大好きなエマ・ストーンも同列に並ぶ。だから次作も期待する(もういらねぇけど)場合は、うんと、たたいて踏んづけて唾を吐く外野陣が待ち構えていれば監督も燃えるに違いない。
タイトルもSU-ZUさんが言う通り原題の方がいいけど、『おいてけぼりの~』の副題で少し儲けた例もあるので、あわれみ続きで由としたのか。
邦題変じゃないですか?
「哀れなるものたち」からの「憐れみの3章」って何でも哀れ繋がりすぎでしょ。同じ監督の作品だからって安直では?
「優しさの種類」とか「3章の親切心」とかで良いような気がします。
映画はかなり評価が割れると思います。自分はかなり満足しました。全ての3章のつながりはほとんど無く、それぞれの表題には最終的に納得してニンマリ笑ってしまいました。
かなりエログロ満載で刺激が欲しい方はおすすめです。
個人的に3章全て同じキャストは斬新な試みで、良いとは思いますが、あえてそうしなくても良かった気もします。
それぞれのストーリーが全く別物なだけに登場人物とキャストの関係性がちょっとこんがらがるので注意が必要です。
それでも出演者の演技力で違和感なく別物のストーリーとして受け入れられるのはさすがです。
それぞれの章での考察はみなさんそれぞれ書いているので特には触れません。
カップルで行くのはお勧めできませんが、こういうタイプの映画大好きです。
ふーん…なーんも残らんかったぁ…
パンフレットも未購入だし、
解説も読む気すら失せたので、
監督さんの意図は知らんけど…
愛を描いたコメディなのかな…
でも、なんか鼻で笑っちゃう感じで、
見終わった後、冷め切ってる自分がいた。
なんか監督のドヤ顔が浮かんでしまうんだよなー。
車かっ飛ばすのウザイしさっ。
そういう小技いらんのよ。
もっと理解できないとこまで、
ぶっ飛んだ脚本の作品かと思ってたから…
あぁ、今この感想書いてて、
そっか、自分の期待値が高すぎたんだな、ということに気づいた。
(感想書くのって、整理整頓できるのね。)
比べるとこではないのだろうけど、
ラース・フォン・トリアーとか
テリー・ギリアムとか
ルシール・アザリロヴィックとか、
たまに世に送り出してくる
0か100か解らんような、
この人の頭の中どうなってんの?!
っていうような面白さがなくて、
ただの50みたいな…
真面な人が頑張って撮ったように感じちゃった。
個人的ジャンル分けとして、
これが好きって言ってる自分イケてるっしょ!
を認識するための作品部類かな。
サブカルどっぷり浸かってた
イキッてた頃の自分なら良い点つけてたかもね。
まっ、人を選ぶ作品ですわな。
でも、こちらの監督の作品は、これからも観るかな。
当たり外れがあるのも、
また人間味があって良いですしー。
愛すべき歪な人々
3つの物語のオムニバス。
メインの俳優はいずれも同じ顔ぶれ、
そして舞台は現代のアメリカ。
だが作品自体はそれぞれ全く違う方向性の物語。
共通していることは全貌を明かさずして
不気味な空気感を放ち続けていること。
独創的で歪、死の匂い、フェティッシュな魅力が
入り混じった作品に引き込まれ、
物語の余白によって妄想が掻き立てられた。
説明をせず観客を置いていかない
絶妙な「作品の核」との距離感が心地良い。
この3つの奇想天外な物語を彩った
エマストーン、ジェシープレモンス、
ウィレムデフォー、マーガレットクアリーらが
とにかく素晴らしかった。
支配関係
ヨルゴス・ランティモス監督の作品に共通するテーマは「支配関係」である。
過去作では、「籠の中の乙女」(2009)は、子供たちが自宅軟禁状態で育てられる両親による徹底した支配、「ロブスター」(2015)は、恋人のいない独身者が施設に拘束されて相手を見つけないと動物に変えられてしまうという支配、「聖なる鹿殺し」(2017)は、裕福な家庭をほしいままにする謎の青年による支配、「女王陛下のお気に入り」(2019)は、三人の女性たちがバトルを繰り広げる王室支配、「哀れなるものたち」は、主人公が体感していく社会における男性支配が描かれている。
今作では、1章は、レイモンドがロバートの生活すべてを支配、2章は、妻が偽物だと疑うダニエルがリズの生殺与奪を支配、3章は、オミ率いるカルト教団がエミリーたちを支配という関係になっている。非常に興味深いのは、被支配者が支配者の要求にことごとく応えていることだ。関係性を維持するために、もしくは相手に愛情を伝えるために、支配を受け入れる。客観的にみれば虐待にも見える倒錯的な愛を通して、人間の本質をあぶりだしている。
この世に生きる人々は程度の差こそあれ、みんな何かに縛られ、何かに支配されて生きているが、ランティモス監督が描いているのは支配される側の人間たちだ。映画では、支配される側は支配する側から脱走を試みるが、それは、「哀れなるものたち」以外は、いつも拙劣なものに終始し、成功することはないという結論があらかじめ用意されている。
この映画のテーマ曲であるユーリズミックスの「Sweet Dream」(甘い夢)では、
「あなたを利用したい人もいれば あなたに利用されたい者もいる
あなたを虐待したい者もいる 虐待されたい人もいる」
という歌詞があるが、これは、人間にある支配と被支配という欲望を言い当てているといえるだろう。
突然得体の知れない狂気に放り込まれる緊張感、ぶっ飛んだ感性でこの世界を揶揄する独創的なセンス、ランティモス監督の世界は一度観たら忘れられない。
ランティモス節全開の快作
ヨルゴス・ランティモス監督さんよ、なんちゅーもんを観せてくれるんだ!強烈すぎていろんなもんが覚醒してしまうわ!改めて思ったけど映画鑑賞ってのは体験だ。わかりやすく言えば映画を観る前と後ではその人間が変わる。こういう力のある作品には特にそれを感じる。振りきり度がハンパない。痛快!さらにキューブリックのような極上の映像技法にも満足感が増す。ブラックユーモアにも思わずニヤけてしまうが、それほど観る側に安息を与えない。それにしてもおもしろかった。思考がずっと反芻している。
ランティモスのやさしさ
前回の「哀れなるものたち」の壮大な冒険譚も良かったけど、やっぱ、ランティモスは神話的アイロニー&悪趣味ブラックコメディが良い!今後もこの路線でお願いしたい。
本作の神は、無力な人間が謙虚に神に頼って従い、その上で「神のお入用なのだ」と勇気を持って日々歩むことを望む。そんな神の狡猾な方法にすっかり取り込まれているようなジェシー・プレモンスが見せる、エマ・ストーンへの様々なKINDNESS。
1章。ジェシー・プレモンスは自分と同じ境遇のエマ・ストーンを殺人の罪から救いたい。一度断った自分が代わりに罪を負う。
RMSが死んだのは、弱い人間を利用した神の計画、目的、意図の結果のように描かれているが、実は人間の無意識にある自由意志、根底にあるKINDNESSだったというお話。
これから始まる世界へ誘う完璧なストーリー。
2章。タブーなものを食べて生き延びて帰って来たエマ・ストーンに、自分の食事のために残酷な依頼をするジェシー・プレモンス。
人間の肉欲の力は、神の前になんの価値もない、神の心を満足させられるのは、エマ・ストーンが喜んで悔い改めること。ジェシー・プレモンスは神のように振る舞いながら、タブーを犯した妻(肉欲のカラス)を昇天させ、素直な妻(鳩)に帰って来させた。
宗教は人間が倫理を守るために寓話的に利用するもの。
3章。悪魔的クソ旦那と愛する娘への葛藤からカルト集団に依存しているエマ・ストーン。「愛されたい」「受け入れられたい」「支配されたい」と願いながら、無駄にドリフトを決めて駐車する癖は、「自由でありたい」「自己管理したい」という気持ちの現れ。そんな危ういバランスの彼女をジェシー・プレモンスは家族のように見守っている。
救世主を探し、ついに不思議な力を持つ女を見つけたエマ・ストーンは自由に喜びのダンスを踊り、その後の乱暴な運転で教団の愛を失うことになる。
無意識に「愛されたい」より「自立したい」が上回ったようだ。
で、ラスト。キリストの血は全人類の罪に赦しをもたらすために流されたと言うけれど、復活したRMSの胸を染めたのはまさかのケチャップ。大爆笑した。
登場人物たちが理不尽な目に遭うことで、人間の生はそもそも不条理であること、人は理由なく人を殺し、殺されること、神がいざという時になんの助けにもならないこと、そもそも神は介在しないことを問答無用に理解させる。今の世界に痛烈なメッセージだと思った。
以前のランティモスは少々自虐的だったが、本作のランティモスは意地悪さがない。人間の自由意志、倫理、自立という三柱を軸に、私たちの根底のKINDNESSに希望を与えてくれた。
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