「社会で生きづらさを感じている人に観てもらいたい魂の傑作」YOLO 百元の恋 おきらくさんの映画レビュー(感想・評価)
社会で生きづらさを感じている人に観てもらいたい魂の傑作
『百円の恋』より100倍好き。
『百円の恋』は途中まで良かったけど、ラストが嫌だった。
「結局、元に戻るんかーい」と失望していたところ、映画終了と同時に客席全体から割れんばかりの拍手が巻き起こり、しばらく鳴り止まず、居心地が悪かった記憶がある。
『百元の恋』を観てまず衝撃を受けたのは、主人公・ローインの体型。
見た目100kgオーバーで、マツコ・デラックスを彷彿。
「この後どうやってボクシングやるの?」と謎の好奇心が芽生えた。
「引きこもり」としての説得力は完璧だった。
この映画、大衆向けの音楽や演出(個人的には苦手)でマイルドな感じになっているが、観進めていくうちに、人間社会の残酷な真実が描かれていると思った。
それは何かといえば「人が他人に優しくするのは、その人に利用価値があるから」ということ。
「利他的行動に見せかけた利己的行動」を取る人が、世の中にはとても多い。
ローインのような「リンゴを持っていて、それを欲しがる人がいたら、無条件であげちゃう」タイプの人にとって、きっとこの世は生き地獄。
ローインが引きこもりになった理由を訊かれて「人間関係が苦手。優しくしても傷つけられる」と答えていて、激しく共感。
今までいろいろな映画の中で観てきた「特訓シーン」の中でも、本作が一番凄いと思った。
「春→夏→秋」と進む中で、体がどんどん絞れていって、動きも明らかに鋭くなっていくのがわかるので、本当にパワーアップしているとリアルに感じた。
映画撮影前に、演じる役のために20kg太ったり痩せたりする役者は今までもいたが、本作は撮影前に20kg太り、撮影期間中に50kg痩せていて、そんな役者(しかも監督もしながら)は他にいないのでは?
試合直前に鏡に映る過去の自分と対話する場面は、この映画でしか生み出せない独特の味わいがあったと思う。
試合本番。
対戦相手は10戦無敗中で、デビュー戦の相手としては明らかに格上。
試合はローインが一方的に殴られ続けるだけの残酷ショー。
試合を見ていくうちに、この強過ぎる相手がだんだん「人間社会」そのものに見えてきた。
たまにローインが攻撃しても全くびくともせず、ひたすらローインを痛めつけてくる「人間社会」。
だけどローインは絶対に倒れようとはしない。
その意地に、心が掴まれる。
ラウンドの合間、セコンドが耳元で「耐えていればいつかチャンスは来る。その時、お前の得意な技をぶち込め」とアドバイス。
社会で成功する秘訣のようにも思えた。
言われた通り、ここぞの場面で一撃を喰らわせるも、逆にカウンターを浴びて意識が遠のきダウンするローイン。
ここでよくある、これまでの場面の回想が流れ始めて、と思いきや、回想の中に今まで見たことがない場面が混じっていることに気付く。
なんて恐ろしい映画。
ここで初めて観客が見せられるのは、都合よく利用されているだけと分かっていながら人助けをしてしまうローインの悲しき姿、そして何もかも嫌気がさして生きることを諦めようとするローインの痛々しい姿。
この試合でローインが手に入れたかったものは「名誉」ではなく、「賞金」でもなく、「愛」でもなく、「生きている実感」。
まるで世の中で虐げられている人たちの苦しみを背負って、ローインが戦っているように思えてきた。
ボクシング映画に名作数あれど、ここまで試合シーンで魂を揺さぶられたのは初めてかもしれない。
ラスト。
『百円の恋』と同じだったらどうしようとドキドキしたが、杞憂に終わって良かった。