「あの顔を見ることができた!」正体 Ericさんの映画レビュー(感想・評価)
あの顔を見ることができた!
原作本編は600ページを超える。これを二時間でどうやってまとめるのだろうと思った。勿論省かれ、脚色される。原作者の染井為人先生はパンフによると自由に作って構わないと申されていたようだ。
私の鏑木慶一(横浜流星)のイメージは姿を変えても必要以上に話さず、人付き合いもせず、それでいて誰かに何かあると非常に明晰な頭脳と判断力で助けになる。しかしその後警察が来る事態になると消息を絶ってしまう。何を標的としているのか分からない足音を立てない獣だった。介護施設での優しい雰囲気に違和感を覚えたほどだ。
それが薄れてしまったのは仕方がない。とても尺に入らないし鏑木の行動により注目させなければならない。
警察側の人物、又貫征吾(山田孝之)。原作での高圧な役割を変えた。鏑木を追いながら心の底で「もしかすると」と疑問を感じている。鏑木と又貫、エンタメ映画としては面白い。ただ途中で鏑木の事件を模倣したとされた足利清人(山中崇)を、それもいかにもという雰囲気で前に出してしまったために鏑木への疑惑が必要以上に弱まる。でも又貫の瞳は強い。それでもどこか信念が崩れているのだろうと思わせたのはさすがだった。
そして原作のあとがきに染井先生の言葉がある。『最後にこの場を借りて鏑木慶一に詫びたい。残酷な死を与えて本当にすまなかった。』と。原作で鏑木は警察の突入の中で倒れる。映画ではそうならなかった。自分を信じる人達の大拍手の中、天を仰いで喜びを表した。
この鏑木慶一が見たくて映画を観た!
そして偶然にも。本当に偶然も偶然だと思っているが、少し前に一人の死刑囚の冤罪が確定した。人生も、心も壊された方。もし映画のラストが原作通り、鏑木の去った世界で終わっていたらこの映画は全く違うとらえ方をされただろう。
鏑木慶一の人生はこれからまた始まると言いたい。しかし一度押された烙印に世間はどんな反応を示すだろう。でも今までとは違う。鏑木慶一には仲間がいる。本来の優しさを取り戻し、本当に弁護士になるのでは。そんなことを考えている。