35年目のラブレター : インタビュー
笑福亭鶴瓶×原田知世が築き上げた実在の夫婦の“尊い愛”「しばらく離れると『会いたい』と思うように」

「昔の映画の匂いがするんです。『二十四の瞳』の雰囲気ですよね」――。笑福亭鶴瓶は、6年ぶりに主演した映画「35年目のラブレター」について、自身が大好きだという1954年公開の映画の名を挙げ、2作の根底に流れる時代の空気を懐かしむ。
実話を元に、貧しい環境に育ったがゆえに読み書きを学べずに生きてきた西畑保が、ずっと支えてくれた最愛の妻にラブレターを書くために、65歳で夜間中学に通いはじめ、奮闘する姿を温かく描き出す。
「二十四の瞳」で高峰秀子が演じた女性教師さながら、本作で保を愛情と慈悲に満ちあふれた目で見守り、支え、時に叱咤激励する妻の皎子(きょうこ)を演じているのは原田知世。並んでいるだけで観る者の心が温まるような夫婦を見事に演じた2人にじっくりと話を聞いた。(取材・文/黒豆直樹、撮影/間庭裕基)

(C)2025「35年目のラブレター」製作委員会
●実話に基づいた物語について「ささやかだけど、尊い愛を見せてもらった気がする」
――実話に基づいたこの物語について、どのような感想を持たれましたか?
鶴瓶:僕はもう結婚して50年になるんですけど、やっぱり夫婦のあり方っていうのが、すごくうまいこと描いてあるんでね、それが良かったなと思います。実際、演じていても、そのことは感じたし「(妻役が)原田さんでよかったな」って思ったしね。脚本を読んで、最初はまだ原田さんとわかってなかったんですけど(キャスティングを聞いて)「うまいことしはるなぁ」と思ってね。いろんな方がおられるけど、うまいこと選ぶなぁと。僕はもう原田さんしか考えられへん。
原田:ありがとうございます(笑)。
鶴瓶:(撮影に)行くのが楽しかったですよ。

―― 保と皎子の夫婦のどんなところに魅力を感じましたか?
鶴瓶:質素なことが幸せやと思える気持ちかな。保は(字を)書かれへんから、 皎子が寄り添ってくれるというのはすごく大事なことで、(字が書けないということは)周りからは見えへんことだから、ある意味で(身体的な)障がいよりも大変なことだったかもわからん。それをサポートするというのは、皎子さんは本当にすごいなと思います。
原田:私は皎子さんを演じて、ここまで人を愛することができる――どこか“母”のような気持ちで保さんを見つめていて、尊敬する部分と本当にかわいい人だなって思う部分があって、すごく柔らかくて、でも芯がしっかりとあって、包み込むような愛を持った女性だと思いました。保さんも、とても情が深い人で。2人の真面目でピュアな部分が共鳴し合い、互いにとって、「この人しかいない」と心から思える存在になっていったんだと思います。こんな風に同じ思いを抱ける相手に出会えること自体が、実は奇跡なのかもしれません。幸せの形っていろんなものがありますけど、西畑夫妻さの姿を見て、すごく尊い愛を見せてもらった気がしています。

●原田知世というよりも「皎子に会いたい」と思った
――お互いの印象についてもお聞かせください。原田さんにとっては、関西弁での夫婦のやりとりというのも、決して簡単ではない挑戦だったかと思います。
鶴瓶:東京の人とか、違うところの人が関西弁をしゃべると「おかしい」と言うんですけど、(若い頃の皎子を演じた上白石)萌音ちゃんから知世さんに受け継がれた関西弁が全く違和感がないんです。これ、打ち合わせしてはるのかな? と思うぐらい、本当に良い関西弁なんですよ。細かいイントネーションとかはどうでもよくて、すっごい良かったですよ。
原田:ありがとうございます(笑)。

(C)2025「35年目のラブレター」製作委員会
――夫婦での漫才のようなコミカルなやりとりも魅力的でした。
鶴瓶:(笑いの)ひとつひとつを取り上げてどうこうじゃなくて、全体の雰囲気なんですよね。変な話ですけど、しばらく離れて、次にこの映画の現場に行く時に「会いたい」と思うんですよね、皎子に。うまいこと皎子してはったなって。口はばったいですけど、うちの嫁に似てますよ。
原田:そうなんですか(笑)?
鶴瓶:俺を想ってくれる気持ちがね。さっき言ったように(結婚して)50年なんですけど、全然変わりないしね。明日、人間ドックなんですけど(笑)、今日も朝から(奥さんが)「これ飲んで」と「昼はこれね」とか言ってくれて。本当はガッツリ食べたいんやけど(苦笑)、ちゃんと用意されてるとね……もうほとんど介護ですよね(笑)。その居心地がね。
原田:私はずっとTVで鶴瓶さんを拝見してきたので、逆に一度(TVの)鶴瓶さんを忘れて「保さん」と思って現場にいようと思っていました。
撮影のロケをしているといろんな人が集まってくるんですけど、
鶴瓶さんはスタッフ、キャストの方々、見学にいらした方、誰でも分け隔てなく、本当にみなさんが TV で見たまんまの感じでいつも自然におしゃべりされてるんです。(変な緊張も全然しなかったです。)
クランクイン前は関西弁のニュアンスが上手く出せるか不安もあったんですが、最初の 1 日目を鶴瓶さんと一緒に過ごして、不思議なくらい自分がリラックスしていることに気付きました。「あ、これならきっと大丈夫」って。細かな事を考えるより、そっとそばに寄り添いながら、2人で一つ一つのシーンを積み重ねていけば夫婦のいい空気感が生まれる予感がしましたし、皎子さんに近づける気がしました。
鶴瓶:本当に僕、会いたかったですよ。久しぶりでしたけど、原田知世というよりも「皎子に会いたい」という。(少し時間を置いて現場に行くと)「また皎子に会えるんや」って。

(C)2025「35年目のラブレター」製作委員会
●“自然体”鶴瓶の面白いエピソードがいっぱい「子どもやん(笑)」
――劇中のやりとりなどで、印象的なセリフなどはありましたか?
鶴瓶:さっきも言った関西弁ですよ。原田知世流の関西弁を聞けるというのがすごく良かったですね。どんどん夫婦感が出て、親しみが入ってきますよね。映画の中でも朝起きて……とか、ホンマに生活している感じで、すごく居心地が良かったですし。
原田:鶴瓶さんはすごく自然体で、監督さんもそういうところを求めていて。撮影の時に、食卓のものを撮るシーンで、カメラマンさんが鶴瓶さんの肩越しに準備してたんです。鶴瓶さんは(撮影のために)ずっと動けないんですけど、喉が渇いて目の前にあったお茶を(劇中の)つながりとか無視して一気飲みされて(笑)、みんな「あー!」ってなるんですけど「大丈夫、大丈夫」ってまた注いだり(笑)。そういう面白いエピソードが現場でいっぱいあったんですけど、そのひとつひとつが、すごくかわいいんですよね。スタッフも私もそう思うような魅力的な部分があって…。
鶴瓶:子どもやん(笑)! 忘れてたわ。
原田:そういうのメモしてたんです。今日、こんなことあったなって。
鶴瓶:みんなに甘やかされて…(苦笑)。
原田:その自然さは、お芝居を見てても感じるんです。いつもすっと役に入っていかれるし、その瞬間、瞬間に起こる全てのことに、敏感に反応しながらお芝居されるんですよね。それは作り込んでできるものではないですし、そんなところにも鶴瓶さんご自身の人間味がそのまま滲み出てるようで、とても素晴らしいと思いました。
鶴瓶:今度そのメモいっぺん見して(笑)。

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●手紙を送るとしたら? 鶴瓶「やっぱり嫁。結婚記念日は手紙を交換します」
――お2人は手紙をしたためて思いを伝えたい相手はいますか? これまでに書いたり、もらったりした手紙の思い出などもお聞かせください。
鶴瓶:やっぱり嫁ですよね。本当に嫁ですね。(結婚生活)50年過ぎましたけど、ずっと変わりなく……。(1995年の)震災のときは(住まいは)西宮なんですけど、どうしても仕事で東京に行かなあかんかった。余震が多かったですけど、あんな地震にあってるから、どうなるかわからないじゃないですか。俺は東京に行く、彼女は西宮にいる。そのときに手紙を書きました。もしかして、離れ離れになったらあれやから…「いろんな経験を共有できてよかった」という手紙を書きました。
彼女は(出身は)四国なんですけど、僕は大阪で師匠のところで修行中は離れるじゃないですか。電話もそんなにできない。その時、手紙を書いて以来ですね。

(C)2025「35年目のラブレター」製作委員会
――いまも手紙をやりとりされることはあるんですか?
鶴瓶:結婚記念日は手紙を交換するんですけど。
原田:素敵ですね。
鶴瓶:忙しいと言ったらアカンけど、(結婚記念日の日付は)覚えてるんですけどね。(奥さんからの)手紙が先に置いてあるんですよ。それで(結婚記念日だと気づいて)「うっ!」ってなって。もう夜の10時くらいで、そのへんのノートに書いて渡してもええんやけど、そんな雑なのもアカンし、(嫁は)カードに書いてくれてるから、いまからカード買いに行こうと思って。嫁が「どこ行くの?」って言うから「いや、ちょっと行くねん」(笑)。「何しに行くの?」、「ちょっと用事あんねん」、「何買いに行くの?」って(苦笑)。そうやっていまでも渡し合いますね。結婚記念日と(鶴瓶の)入門記念日の2月14日には。
原田:私はあんまり手紙を書くほうではないんですけど、書くとしたら母と姉ですかね。東京に出てきてずっと一緒に支えてくれている2人で、だからこの映画で、皎子さんをお姉さん(江口のりこ)がずっと支えてくれていて、あそこで私もちょっと思うところがあって。自分のことはもちろんだけど、妹、娘のことを本当に考えてくれる2人なので。
昔はよく海外に仕事で行ったりすると手紙を書いてましたし、FAXで「今日こんなことあったよ」とか送ってたんですけど、最近はお誕生日とかに書きますね。感謝の気持ちを。

(C)2025「35年目のラブレター」製作委員会
●人生を楽しむための秘訣→普段から「楽しい」「面白い」と思う気持ちをちゃんと表現する
――保が読み書きをできるようになろうと奮闘する姿を描いた映画ではあるんですが、言葉ではなく、お2人の笑顔から伝わってくるものがすごく多い映画でした。普段のお2人も笑顔が印象的ですが、人生を笑って楽しく過ごすために大切にしていることや意識していることは?
鶴瓶:写真と一緒でね、普通に笑うとそんな笑ってるように思えない。(口角を大きく上げてニッコリと笑みを浮かべ)こうやった方が笑っているように見えるもんやで。人生…と言ったら大げさやけど、普段から「楽しい」、「面白い」と思う気持ちをちゃんと表現しないとね。特に日本人は静かやし、そんなに表現しないでしょ? カリカリしないでね、ひとつひとつのことを面白く受け取るということが大事と思う。怒ってる人を見ても「この人、おもろいことで怒るなぁ」って(笑)。
(面白いものを)探すというよりも、何でも面白く受け取るんでしょうね。今回ね、思ったのは(原田を指して)この人、ホンマに面白い、ふざけた人ですよ(笑)。
――現場で面白いことをメモしていたり(笑)。
鶴瓶:そうそう。こんな人やったんや? って。人間、ふざけてないとダメだなって思います。それはすごく大事ですよ。
原田:本当にそうですね。私も根はすごく明るいほうなんだと思います。自分が大爆笑した日って、家に帰っても「幸せだなぁ」って思えるし、笑うって本当にいいなって思います。そうやって笑っている人を見ると周りも笑ってしまうし、あんまりよくない空気をかき消してしまうくらいの力が笑いにはあると思います。日々を「楽しむ」ということですよね。日常の何にもないことを面白がるって大事なことだと思います。
鶴瓶:俺はそれを商売にしてますからね。「作ったおかしさ」じゃなく、自分が見た「日常のおかしさ」ですよね。その様子をしゃべって、会場にいる人に「こんな情景だったのか」と想像して笑ってもらう――それが楽しいですね。若い頃って、それが難しくて、ついさっき「これおもろいな」と感じたことを、いかにしゃべって伝えられるか? 一番新しいこと、新鮮なことをね。時間が経つと、どこかで話をつくってしまう部分があるんだけど、一番新しいことをリアルにどう伝えるかって。

――普段からいろんなことを観察されてるんですか?
鶴瓶:「観察しよう」と思ってしてないですね。「捉える」という感じですかね。例えばこないだも、家の前でタクシー待ってたら、犬の散歩してはる人がいて「ちょっと写真を撮ってもらえませんか?」って言うんですよ。俺はその人と一緒に撮るのかなと思ったら、俺が犬を持ってるのを撮りたいって(笑)。それで犬を持ったんだけど、犬がガーっと俺の足にさかってくるんですよ(笑)。それを撮ってて「何が面白いん?」って。
原田:おかしい(笑)。
鶴瓶:そういう情景をこうやって、いかに伝えるかってのを考えてますね。

●「はじめまして」の現場で上手くやっていくには?
――保は65歳を超えて、新しい挑戦に踏み出しますが、俳優さんの仕事は常に挑戦の連続ですし、毎回、現場でも新たな出会いがあると思います。「はじめまして」の現場で上手くやっていくために心がけていることはありますか?
原田:こちらが緊張すると、それが伝わって相手も緊張しちゃうのがわかるので、年齢的にも上になってきているし、なおさらオープンマインドで接することが大事だなと感じています。そのほうが距離も縮まるし、垣根みたいなものをできるだけ作らないようにとは考えています。
以前はすごく緊張しちゃってうまく話せなくて、頭の中でいろんなことを組み立てようと思えば思うほど真っ白になっちゃったりして、「私は本当はこんなんじゃないのになぁ…」と思いつつ、あっというまに撮影が終わってしまって、それはすごくもったいないことだなぁと思いました。あれこれ考え過ぎず、まずは現場に行ってみて様子を見ればいいし「まあ何とかなるさ」という気持ちを持てるようになって、だいぶ楽になりましたね。

――鶴瓶さんは、トーク番組でゲストの方といろんなお話をされますし、時に芸能人ではない市井の人たちと触れ合い、その魅力を引き出すということをされていますけど、大切にされていることはありますか?
原田:聞きたいです!
鶴瓶:「相手の魅力を引き出さなきゃいけない」というふうには思わなくて、自然な形で自分の心情を伝えるというのが多いですね。「鶴瓶の家族に乾杯」(NHK)なんかは何にもない山奥に行くと誰もいないわけですよ。普通に考えたら、用事もないのにピンポン(呼び鈴)を押したらアカンですけど(笑)、あまりに誰もいないので、ピンポンを押さなアカン状況になったんです。それで押したら、おじさんが出てきて、俺見て「うわっ!」となって「『家族に乾杯』です。見てはりますでしょ?」と言ったら「はい!」って言ってくれたので「録画したまま5本分くらい溜まってるでしょ? なんで見ないんですか?」って聞きました。そんなの知らんねんけど(笑)。そしたら「いや、ずっと見ちゃうんで…」とか言わはって、そうやって会話をして、家に上げてもらいました。その場にあること、そこで感じたことをいかに自然にしゃべるかってことなんですよね。