ルックバックのレビュー・感想・評価
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館内すすり泣きが多数聞こえる
原作を読み衝撃を受け 映画を楽しみにしていました。
実際視聴して 改めて漫画のすごさを再発見しました。
この作品に関しては特に すでに漫画が映画のようなコマ割りなので
映像が漫画の忠実なトレースに近い感覚
そんな感覚になる漫画はたぶん ルックバックだけだと思います。
丁寧に作られた作画 声優さんの演技も違和感なく没入でき最高でした。
原作ファンも納得のいく仕上がりだと思います。
映画館内は終始静かで 終盤は特にすすり泣きが聞こえ
当の私も 冒頭から涙を流しっぱなしでした。
私の人生を変えた藤本先生・押山監督に心からの感謝を
なんで絵を描くんでしょうね。描きたいから描くんです。京本も藤野も、違う人生を歩んだとしても、やっぱり描いてしまうんです。
そういう風にプログラミングされて生まれたのかもしれません。そのせいで悲しくも苦しくもなるけど、何かを成したい、諦めたくても諦められない衝動というのは、呪いではなく宝なのだと、30を過ぎた頃から思えるようになりました。
押山監督は舞台挨拶で、人生讃歌の物語だと思うとおっしゃっていました。創作を愛する人に特に刺さる物語だと思いますが、そうでない人にもそれが伝わるといいな。
ジャンプ+でルックバックが発表された年、押山式作画術を読みました。翌年の2022年、私は諦めたはずだった絵を仕事にしました。細々とですが今日までやっております。
この2つの本がなければ、私は今も諦めた夢に胸を焦がしていたと思います。
そして2024年、まさか押山監督によるアニメを見ることができるとは。運命的だと感じてしまいました。
完全な漫画が完全なアニメになっていました。
ひょっとしたら漫画の青さを、不完全な部分を不完全なままアニメにしてくれていたと言った方がふさわしいのかもしれません。
鑑賞後、拍手をしたいと強く思いました。誰かが手を叩いてくれたので、私もそれに続くことができました。最初に拍手をする勇気はないのに、拍手をせずに席を立てない、そんな気分でした。
舞台挨拶で押山監督がタイタニックをずっと流しながら、特に最後の楽団のシーンを見て作業をされていたとおっしゃっていましたが、私はルックバックを流しながら作業することなるでしょう。
流石に漫画を読みながら絵は描けませんので、アニメにしていただけて良かったなと思いました。
これからずっと私を励ましてくれる映画です。
藤本先生、アニメに携わったみなさま、本当にありがとうございます。
予告で気になったら見に行った方が良い
原作未読、とあるゲームの漫画でネタにされておりタイトルのみ知っていました。
予告を見た時に少し気なったため観賞。
序盤は思春期らしい表現をしており、題材である『漫画』について予告で見た流れがどのように繋がっていくのかをワクワクしながら見る事が出来ました。
大人になっていくにつれての展開も、お互いにどんな感情を持ってのセリフなのかを考えながら見ていく事も出来ました。
見終わった時には確かにタイトル通りの内容だったと凄く思える作品でした。
個人的には二回見た方がより感動出来る気がします。
『藤野』や『京本』の独特な性格から、あの時のセリフは…とか振り返って見ると違う印象に感じたシーンもありました。
音楽や効果音もとても良かったです。
無音になるシーン含めて、色々なシーンが映像と相まって引き込まれていきました。
まるで実写かの様な音響表現にも思えました。
一点のみ気になってしまったのは、『藤野』が主人公のため、どうしても『京本』の色々な部分で足りない部分がありました。
やり過ぎても間延びしてしまうため、どこまで補足するのかは難しい表現かとは思います。
少しでもセリフとかで補足があれば…とは思いました。
ポップコーンはSサイズでも余ってしまう様な感じです。
予告から食べ始めて見入ってしまうシーンの前に食べきれなければ、そのまま終盤まで残ってしまう様な感じです。
芋臭い展開がダメな人はSサイズ余裕かと思います、「ふーん」って思いながら完食出来ると思います。
Light song
タツキ先生の短編のアニメ映画化ということで、そりゃ観にいかにゃならんと初日に向かいました。
特典はルックバックのネーム本です。貴重すぎるんですがこれ、本当に良いんですか?と受け取った時思いました笑
原作の雰囲気、タツキ先生の唯一無二の絵柄をここまでアニメーションに仕上げてくれるなんて…。
余分なものは一切ない、原作の濃さをそのままに1時間満たずの時間で表現しきるというアニメーションもとい映画の極限を体現しているようで、映画ヲタクとしても歓喜ものでした。
作中の4コマ漫画のアニメ化もこれまた藤野の絵柄を反映して動かしているのが本当にお見事で、隕石の4コマの世界をここまで広げられるのかとアニメーションの強みをマシマシに感じられました。
漫画を描いている時のアクションはそこまで大きくないのもあって、反動で藤野が帰り道の水溜りを踏みながらスキップするシーンだったり、京本と藤野の2人のお出かけで走りまくるシーンだったり、殺人犯を思いっきりカラテキックしたりするシーンだったり、"動"の部分はガツンと動くもんですから、そっちの表現もこのチームは上手いのかと舌が唸りました。
ルックバックの劇中作のシャークキックの掲載順位の推移がこれまた面白く、チェンソーマンもこんな感じで浮き沈み激しかったけど、後半になるに連れて上位に君臨していった流れがフラッシュバックして、あの頃のジャンプに思いを馳せてしまいました。
改めてクセの強い作品とはいえど、ジャンプの一番後ろに載ってた時期があったのは今考えても想像できないくらい大きい作品になったなぁって思いました。
原作は読んでいたので、衝撃の展開自体は知っていたはずなのに、それでも突然世界が真っ暗になったような感覚になる大学の襲撃シーンはやはり衝撃的でした。
そこから描かれるifのお話への持っていき方も素晴らしく、扉越しに伝う4コマで影響され、京本は絵の世界に飛び込むために外の世界へ向かうという世界線ではまた違う物語になり、そこでも2人はすれ違っているという偶然のような奇跡のような出会いの様子は、劇伴の良さも相まって感極まってしまいました。
タイトル回収の仕方もやはり粋で、それすらも始まりの4コマで回収していっちゃうもんですから、何から何まで緻密に作られていましたし、それに応える映像やシナリオを練った製作陣には頭が上がりません。
そこから再び漫画家として歩み出す様子をエンドロールでじっくりと見せてくれるのも良すぎて、こんなに優しく包み込んでくれるのかと何度目かの感動を食らいました。
河合優実さんと吉田美月喜さん、お二人とも声優初挑戦ということらしいんですが、これまた表現とキャラクターがリンクしまくっていて凄かったです。
悲しみに明け暮れる様子だったり、中身のヤンチャさが滲み出てるところだったり、タツキ先生のキャラクターがそのまま飛び出してきたんじゃないかってくらい自然で、役者としての生き様も同時に味わえて幸せでした。
60分とは思えない濃密な映画体験でした。
自分も藤野が4コマを描いていた時期に漫画家を目指していて、スケッチブックに書いてあった虫と人間の融合漫画を久々に見返して懐かしい気持ちになりました(なぜかツギハギだらけのキャラが多いのはご愛嬌)。
全ての創作に感謝しながらこれからも共に生きていくんだろうなと嬉しくてスキップしちゃったりしたり。
鑑賞日 6/28
鑑賞時間 12:20〜13:30
座席 G-2
生まれ変わっても私はまた漫画を描く なんでってあんたの笑顔が見たいから
きっと間違いじゃない…?グルグルっと漫画の世界へ入っていくようなファーストカット。本作のベタ塗り等の色付けもまるでそのようだ。共感性の高い藤野のキャラと、しんどくても漫画家を続ける原体験みたいなもの。キャラ名に劇中漫画(本作入場者特典の短編漫画読んだけど違うかったから映画独自?)そして「振り返る」という本作のタイトル……原作者自身の私的体験がどれほど基にあるかはさておき(ex. 絵が下手というコンプレックス劣等感?)、私的感情は本作の根幹にあるのを感じ取れたし、本映画化にあたってそこに押山監督やアニメーター達の感情も乗っかっていた。描き手の迷い線もそのままに。
努力のちから。(舞台挨拶で河合さんもお気に入りのシーンに挙げていた)2人で初めての賞レースの結果を見るところのシーンが良くて、それまで2人の間に明確に上下関係というかパワーバランスみたいものがあった気がしていたけど、その瞬間のカットで2人の生き生きとした似た表情がスクリーンいっぱいに弾けて、このタイミングで2人が同じものを共有し、当初より心理的にも近づいていることを力強く示している。"好きこそものの上手なれ"と言っても、不器用でもひたむきにずっと努力を続けられるのは本当にすごいことだ。演出に劇伴の力もあって、何度も鳥肌立つような場面もあった。こんなに情感豊かなアニメが紡げることに驚いたし、モンタージュも効果的。鑑賞後も余韻深く心に棲み着く感じがあった。
河合さんが一番時間をかけた難しいセリフ「なんすか、先生」
2年半の内、1年くらいは描き続けて
(原作者が『千と千尋の神隠し』流し続けるというエピソードから)『タイタニック』流し続けて
曲毎にキャラクターを
意図的に切られた藤野の笑い声
小学生当時、自分も絵が上手くて、漫画家を夢見てて、自由帳に「ブリ魂」って『ブリーチ』と『銀魂』のキャラクターを使ったギャグ漫画描いていたな…と思い出した。同級生たちが笑ったり褒めてもらうのが嬉しくって。作中で藤野が味わうような挫折は、中学生の頃に味わった。
勝手に関連作品『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド(ワンハリ)』『インターステラー』
原作の完成度が高すぎる分、このアニメ化に対してはかなり懐疑的だっ...
原作の完成度が高すぎる分、このアニメ化に対してはかなり懐疑的だった。元が120点のものから大勢の才能と労力費やして精々100点にして出力することになんの意義が…と。また、個人的には別媒体にするなら相応のアレンジがあって然るべきで、なんでも原作通りに作るべし、という昨今の風潮は疑問に思っている。ところが本作は…本当に原作そのままに、動きと色彩と音を付けただけ(!?)、のようでありながら、120点の漫画をそのまま120点のアニメに変換することに成功している。しかもその過程で、物凄く豊穣なナニモノカが産みだされている!なんだこれ!禁欲的、職人的、あるいは変態的!?例えば「チェンソーマン」や「鬼滅の刃」のアニメ化(どちらも現代最高峰のアニメ化ではある)とは根本的に作り方が違うように見える。押山清高(監督・脚本・キャラデザ)恐るべし。みんな、見ようフリップフラッパーズ!(追記:例外的に原作ママでないが印象に残ったシーン…少年ジャンプのページめくりの重量感、大学前の雪の解け残った道路)
もはや芸術作品
原作は未読。近隣での上映がなく浦和まで観に行きましたがその価値は有りました。上映時間が短くチケットも特別料金なのですが興味のある方には是非とも映画館で観てもらいたい作品です。藤本タツキ先生の熱い思いがヒシヒシと感じられます。それにしても「チェンソーマン」と同作者とは…。漫画家の才能って恐ろしいですよね。
心を揺さぶられる素敵な作品!
原作を読んでいない中での鑑賞。
それでも自ずと作品へ没入し、良い意味で上映時間約60分が長く感じられました!
また、作品の展開で心が熱くなったり沁みるシーンや考えさせられるシーン、目頭が熱くなるシーン等が自然に心の奥に入って揺さぶられました。
情熱に理由はいらない
情熱に理由はいらない。人は何かをする動機として「お金が儲かるから」とか「社会的に認められるから」とかいろいろ理由をつけるけど、ホントはそんなのどうでもよくて、「訳もなく強烈に内から湧き上がる情熱」というのが一番大事。
人に変わってると言われたり、貧乏したり、孤立したり、いろいろ不都合なことがあるかもしれないけど、でも湧き上がる情熱に従うこと、真の自分自身を生きること以上に幸福なことはない。他人の目を気にして生きるなど、惨めな生き方だ。そんなの死んでるも同然だ。
ただ絵を描きたい。その情熱に従うこと。
Haruka Nakamuraは昔から好きな作曲家だったので、彼の曲が効果的に使われていたのがとても良かった。
ある意味まんま、だった
上映時間が1時間満たないのである意味素直に、適切に、無駄なくアニメ化されている。いろんなアニメ化があるだろうが想像してたのより泥臭く、原作を読んだ時のページをめくって遭遇したキュッとした思いが、わかりやすく動いて、声がついて、音楽がついて、よりエモーションをまくってくれた感じ。
クラスにいる天才というところでは『さかなのこ 』の冒頭にかなり近い感じではじるけれど、ここに絶対に勝てない相手というのが放り込まれて、根っこに暗い炎が灯るところがやっぱりいい。宮崎駿はじめ、あらゆる天才の幼少期のエピソードに必ず登場するクラスで絶対に勝てない一番のあいつがモチーフのこの手のドラマでは出会いが勝負。姿を見せぬまま、部屋を飛び出していくPOV、街を走るお互いの視点のPOV、アニメなのにこれを繰り返してるところがいちばん美しかった。というか、やはりこの物語は田舎町で友達なんかいなかったというオタクには相当効く話でボロボロ涙が溢れてくるのだけど、実はそこあたりがピークで、その後の事件のニュースをグイッとみるところの動きまでは面白いのだけど、それ以降そんなに飛躍したところはない。そもそも時間経過を「絵」で積み重ねられる原作をそのままやってるのだけど、自分は原作原理主義者ではないので、もっとアニメーションとしての面白さをみたかった、と思う。
声の演技が下手
良かったところ: 作画
悪かったところ: 藤野役の演技
作画が良かったのに、藤野役の声の演技が好きではありませんでした。
滑舌や感情表現などの基本的なことはできていたとは思いますが、年齢を演じ分けられていませんでした。
普段の河合優実さんの声にしか聞こえず、すっと物語の中から現実へと意識が引き戻されてしまいました。
素人っぽい自然な演技が欲しいのはわかりますが、声優さんにもちゃんとオーダーして指示を出せば、自然な演技はできるはずです。特に、この作品は、小学生から社会人までを演じなければならない。その技術を持つのはプロの声優です。それなのに、プロとして研鑽を積んで来た人の技術を軽視して、訓練を受けたこともない未経験者に仕事をさせてしまった...その姿勢がとても残念です。
アニメーターは、自分の仕事はプロフェッショナルで未経験者にはできない崇高な仕事だと主張するのに、共にものづくりをして来た声優の仕事はプロフェッショナルとして認めず軽視して未経験者に割り振るのは何故なのでしょう。アニメーターの描く動画はわざとらしいから不要だと言われ、動画の仕事が未経験の洋画家や漫画家やイラストレーターに動画を描かせることが横行したら、アニメーターたちは文句を言うのではないでしょうか。何故声の演技だけは他分野の者にさせるのか。その姿勢に不信感を抱きました。
俳優は、オファーされたら、やったことがないから出来ないとは言えず、チャレンジしてみたいので引き受けるでしょう。だから、俳優のせいではなく、制作者の意向なのだと思います。
原作者も制作陣も観客も、皆演技を絶賛しているので、私の感性が間違っているのかもしれません。それでも、いくら変声期の無い性別とはいえ、小学生、中学生、高校生、社会人、その声が同じ訳はないので、私は残念だなと感じました。ちゃんとした声優さんの演技で見たかったです。
河合さんの実写俳優としての演技力は否定しません。この人はデビュー以来何をしても必ず絶賛される人なので、今後はあらゆるものに携わって来るでしょう。しかし、声の演技はまだ上手くない人です。過去にナレーションや朗読などもしていますが、いずれも拙く、作品本来の趣旨や魅力が阻害されるような出来栄えでした。この人は、外見や動作に魅力のある役者で、実写でこそ才能が発揮される人です。それなのに、人気にあやかって声優に配役されてしまい、ルックバックの藤野に彼女の色が付いてしまったことが、原作が好きだった私は観ていてとても悲しかったです。藤野の大人時代を河合さんが演じる実写なら、似合うと思うので、観てみたいです。
万人に正しく評価を得るかはどうでもいい
原作既読。
好きすぎるが故に映画化へ一抹の不安ありでしたが、鑑賞後は少しでも作品の空気感を薄めたくなく、なかなか帰路につけず笑
藤野と京本の纏う青春の閉塞感はテーマは違えど我々も少なからず感じていた社会やコミュニティーからの疎外感を思い起こさせる。
生まれて初めて自分の矮小な自己顕示欲を自分と同じ世界の住人に認められるシーンは、なんとも言えないむず痒さがあり、同志を得れなかった過去の自分への追悼のようにさえ感じた。
雨の中、踊り狂う彼女は滑稽で浅はかで、とんでもなく美しい。このシーンがとにかく好きだ。そしてどうしようもなく羨ましい。
彼女達の作画能力やストーリーテラーの才能云々などは瑣末な事だ。そんなものが不必要であるように、二人が創作に没頭するカットを、良かったなあ、良かったなあと感じながら眺めてる自分に軽く引いた笑
二人が袂を分かち、それぞれの道を歩んだこと、その後の物語の顛末、様々な解釈を読んだラストに至るまで、この作品が万人に評価を得るかは、どうでもいい。ただ自分にとっては、まあ最高だったよなと過去の思春期の自分に問いかける。
どうせあと5回は観ちゃうよな俺ら
携わった方々の熱量に感動
原作が大好きで何度も読んでいます。
だからこそ映像化したらあのシーンやこのシーンはどうなってしまうんだろうという不安がありました。
しかし、高いハードルを気合いと熱量で超えてくるかのごとくパンチのある演出と繊細な作画、美しい背景美術…、映像化することの価値を感じることができた作品でした。動くっていいな。
音楽もとても素敵なものが揃っていて、作品の雰囲気や深みに大きく貢献しており印象的でした。
原作もバイブル的な存在でしたが、この作品も私にとって大切なものになりました。
名作に動きがついて、また違った味わいに
読み切り作品という比較的短い原作を一本の映画にするということで不安でしたが、すばらしい映画になっていました。
漫画のコマとコマの間に動きや間が入ることで、例えば卒業証書を渡したあとの藤野先生の感情の高まりなど、より登場人物の感情が理解しやすくなっていました。
また、最後のシーンは漫画では一コマで表されていてこれはこれで良かったのですが、親友を失ってほんとに読んでほしい相手がいなくなってもそれでも親友のために描き続けていくんだ、という気もちの強さが、鮮明に感じ取れました
原作を読んでいても読んでいなくても、おすすめです。
自分では見えないモノ 見えなくても分かるコト
重なる
漫画とアニメーションと、登場人物たちと私たちと。
だからかな すごく胸を打つ
終わりに差し掛かるあのシーンの輝き
衝撃だった
思わず仰け反ってしまった
自分の中から止めどなく感情が引き出された
そしてその背に残し、再び立ち上がる姿に強弱ではない つよさ を感じ
1時間とは思えない体験に満たされ放心した
アニメでもこの作品に触れられて本当に良かった
『ルックバック』の意味
バカよかった。漫画の雰囲気をそのままに、アニメでしかできない表現を足して、映画『ルックバック』にすることに成功していると思う。藤野の背中を見て家から出てきたところ、京本がいつの間にか自分で歩めるようになって藤野から自立するところ、ある事件のせいで藤野が自分を責めるところ、いつ助けられても京本は京本だったところ。全部泣けた。振り返ればいつだって京本がいて、藤野の背中を見守っている。「背中を見ている」京本と、「後ろを振り返る」藤野。ふたりの物語を『ルックバック』と一言で題してるタイトルが秀悦すぎ。
映画化の意味
原作既読。ポスター、スタッフや声優を見るにつけ期待値は上がるものの、そもそも読速や余韻を読者に任せる漫画としての完成度が高い本作を、あえて映像化する意味合いが分からなかった。鑑賞した結果、割引なし料金に身を任せた価値を十分に感じられる力作でした。
上述の間についても時間と映像と動きがきちんと制御され、瞬間に切り替わる背景も全てもったいないくらいに美しい。解釈の幅が狭められるリスクはあるものの、国籍問わず老若男女に喜怒哀楽が正しく響く作品となっていた。そしてこれこそが映画化の最大の価値かもしれない。拡大したと言いつつもメディアとしての漫画が届く範囲は限定されるが、映画となれば配信も含めて世界に届くだろう。
推しの河合優実、イメージより若い声で期待を超える好演でした。帰宅してパンフ読も。
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