劇場公開日 2024年9月20日

画家ボナール ピエールとマルト : インタビュー

2024年9月21日更新

マルタン・プロボ監督&バンサン・マケーニュが語る、有名画家とその妻の知られざる物語

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仏名優バンサン・マケーニュセシル・ドゥ・フランスが、フランス人画家ピエール・ボナールとその妻マルトの知られざる半生を演じた伝記映画「画家ボナール ピエールとマルト」が公開となる。今年3月のフランス映画祭2024で来日したマルタン・プロボ監督とマケーニュに話を聞いた。

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1888年に結成された「ナビ派」を代表し、印象派とポスト印象派との間を結ぶ架け橋となったピエール・ボナールは、日本でも大規模な展覧会が開かれるなど、世界的に有名な画家である。しかし今作は、「セラフィーヌの庭」「ルージュの手紙」など過去作でも女性を撮り続けてきたプロボ監督作らしく、ピエールだけでなく、妻マルトにも光を当てた映画だと言える。

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「ピエールだけではなくマルトに興味を持ち始め、リサーチを進めるうちに、マルトだけを描くことは不可能で、ピエールあってのマルト、男性あっての女性、そんなことを実感したんです。僕の人生でも、父親はしばしば不在でしたが――男性の存在は大きく、父の僕の人生に対する影響力は大きかったのです。そういう意味でも、男女の対立構造ではなく、人生を補完し合ったカップルとして焦点を当てることにしました。20年前の僕はそういった境地に立てなかったと思いますが、今であればそういう物語を描けると思ったのです」とプロボ監督。

ピエール役のバンサンを先にキャスティング、マルト役にはほかの女優が決まっていたが、降板したという。「今となっては幸いでした、それからセシルに会い、その時に、マルト役には彼女しかいないと思いました。外見は似ていませんが、この映画が彼女を欲し、彼女がマルトになったのだと思います。それはバンサンも同じ。彼もピエールとは全く異なるタイプですが、撮影中はピエールになりきっていました。それは映画の本質です。自分とは遠い人間にアプローチし、嘘を積み重ねる芸術で、そこから真実を生み出すのです」と、フランスを代表する名優ふたりが、実在の人物の半生をドラマチックに体現した。

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今作のオファーを受けるまで、ピエール・ボナールについて多くの関心を持っていなかったとバンサン・マケーニュは告白する。実在の人物を演じるにあたり、どのような役作りをしたのだろうか。

「どんな役であるかや、そのストーリーよりも、誰が監督かというのが、僕にとっては1番大事です。今回、脚本に感動し、そして、完成した映画を見終わった時も、そのシナリオを読んだ時の感動がすごく反映されていました」

「ピエールの伝記はあっても、写真がふんだんにあるわけでもなく、彼がどんな話し方をしていたかなどのアーカイブはありません。そういう意味では、僕自身が想像したピエールを作り出せばよかったので、実在の人物ですが、それほどプレッシャーは感じませんでした。いい演技をしよう、そういう思いだけで演じました」

「そして、これはフィクション映画です。フィクションは見た人がどう考えてくれても良い、そういう解釈の余地を与えるものです。この作品が描くのもマルタン・プロボ監督によるピエール・ボナールです。実在の人物がいたとしても、それを模倣することではなくて、解釈して体現する。自分自身を消して、実在の人物と一体化する、それが大事なのです」と自身の俳優哲学を語る。

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ピエールにも長年本名を明かさなかった謎めいた女性だったマルト。ピエールの作品の多くのモデルを務めていたことから、おしどりカップルのように思われていたが、ピエールにはマルトのほかに深い関係の女性がいたこと、そして、マルト自身も絵画を発表していたことなど、知られざるエピソードが描かれる。マルトとの間に子どもはなかったが、ピエールの子を産んだ女性がいたこともプロボ監督は明かした。

「特にマルトが画家であったことはフランスでもあまり知られていません。しかし、ピエールがちゃんと絵画の手ほどきをして、この映画でもあるように、マルトの展覧会を開いています。全部で70作ぐらい彼女は作品を残しており、そのほとんどはマルトの子孫、いろんな人の手に渡っていますが、展覧会ができるほどの作品数があるのです」

「マルトは造花の工房のお針子として、コサージュを作っていたので少なからず彼女には芸術的な資質があったと思います。しかし、当時は結婚して、自分の社会的階層から抜け出すことが、当時の女性の目標という時代でした。良いタイミングで画家のピエールと出会ったことによって、短い期間でしたが彼女のアーティスティックな才能が開花したのでしょう」

プロボ監督がセシル・ドゥ・フランスとカンヌ映画祭会場に向かう際にはこんなエピソードもあったという。「カンヌ近くにあるボナール美術館で、マルト・ソランジュ(マルトのペンネーム)の展覧会が開催中である、というポスターが大通り貼られていたのです。マルトがその場にいるようで感激しました」

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バンサンも「この物語はマルトの視線や動向にピエールが介入するのです。ですから、マルトが動いてからピエールの存在感を示すことが重要でした。僕の方にスポットがいつも当たっているわけではないので、常にスタンバイしているような、集中力が必要でした」と役柄の上でのマルトの重要性を語る。

画家の物語ということで、さまざまな絵画もこの映画で大きな存在感を見せているが、保険料が高く、撮影用に本物を借りるのは難しいためすべて複製された。

「今回、エディット・ボードランというプロの画家に150点描いてもらいました。私の『セラフィーヌの庭』も、ジュリアン・シュナーベル監督の『永遠の門 ゴッホの見た未来』も彼女が担当しています。しかし、完璧なコピーはダメなんです。彼女の画家としての何かがあるからこそ、複製であってもその絵が生き生きしてくるのです。彼女の絵画もとても大事な役割を果たしてくれました」と、プロボ監督はもうひとりの画家の仕事も称えた。

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