「まさかの星野アイの実写化と、工夫された力作 ※後半に重要なネタバレを含みます」【推しの子】 The Final Act greatminerさんの映画レビュー(感想・評価)
まさかの星野アイの実写化と、工夫された力作 ※後半に重要なネタバレを含みます
普段それほど映画は見ていませんが、原作は読んでいたので、つい実写化の感想を書きたくなりました(ドラマは全部視聴済み)。
※4に終盤の重要なネタバレを含みます
1.まさかの「星野アイ」の実写化
正直、最初に実写化と聞いた時は、漫画で描かれる「究極のアイドル」を実写で描くなんて無謀だという第一印象で、まして「アイの生い立ちや子育てに実は悩んでいる姿なども含めて現実的な面を描き、アクア・ルビーの父親との実際の様子にも踏み込んで描く」みたいな情報がもしあったら、それだけで炎上したんじゃないかと思うくらいですが。それが実際に説得力をもって実現したと感じられたのが、まず何より驚きでした。
もともと原作(特に初期の)そのものではなく現実的な様々な面を織り込んで描くという方針で作られたということではあるけど、それにしてもドラマ版と合わせてこんなに見事に実写化されるとは。演者のことは失礼ながら事前には全然知らなかったのですが、こんな適役の方が現実に存在したのか、と感じたくらいです(もちろん演出や撮影等々いろいろあってのこととは思うけど)。
2.ライブシーンが素晴らしい
次に印象に残るのは、やはり劇中に出てくるライブシーンです。つい映画館の音響で何度も観たくなり、実際2回観てしまった。
3.実は多分、初見の人向けのストーリー・脚本
ストーリーは、前半でアイ・アクア・ルビーの姿が(その手前の雨宮吾郎も含めて)2人の父親も見え隠れしながらじっくり描かれ、後半では成長したアクア・ルビーが復讐を遂げるのか、それとも…という筋道がはっきりしています。これはかなり徹底していて、原作やドラマを知らない人のための工夫かと。
もちろん先に原作やドラマを知っていればいろんな見方ができるだろうけど、予備知識を持っていたほうがいいのは、恐らく
・ルビーはアイの遺志を継ぐつもりで「新生B小町」でアイドル活動をしていて、他のメンバーは「有馬かな」と「MEMちょ」
・「黒川あかね」はアクアが(復讐の手段として)芸能活動をしている間に出会い、いろいろあった天才若手女優で、ルビーとも親しい
くらいです。この3人の顔と名前は一致したほうが分かりやすいだろうけど、あとは本当に予習しなくて問題ないと思います。(逆に原作を知っている人のほうが、良くも悪くも途中でいろいろ引っかかる可能性はあるかと。)
筋がはっきりしている分、重いテーマがむき出しになってしまっている感はあるけど、テーマに(あるいは演者にでも)興味があるなら、そのままストーリーに入っている作りになっていると思います。もし、原作やドラマを知らない・まだ見ていないというだけで敬遠している人がいたら、それはもったいないと個人的には思います。
(あと細かいことで言うと、例えばアクアの前世は明確に描かれるけど、ルビーについては実はぎりぎりまで描かれていなくて、(もちろん原作を読んでいる人は知っているし、察しの良い人は気づくだろうけど)予備知識のない人には謎解き的な要素になっているかと。これも1つの工夫と思われます。)
4.原作との違い(実は多分かなり挑戦的な脚本)
※これ以降は、終盤についての重要な(と私が思う)ネタバレを含みます
原作との違いや映画で描かれていないシーンはもちろんいろいろあるのだけど、個人的に気になるのは、まずラストのルビーの姿です。アイとアクアの写真に挨拶するのは原作どおりだけど、それだけでなく新生B小町の写真(有馬かなの引退公演など)もまるで思い出のように飾っていて、そしてルビー単独名義でステージに向かっている。
多分、ルビーもB小町を引退し(あるいは解散し?)、1人で大舞台に立つという意味で、これは原作を普通に読んだらまず誰も考えないラストだろうと思います。
もう1つ意外なのは、MEMちょが唐突に結婚を発表するシーン。これも普通は想像しないだろうと思います(ただ、恐らく元になっているのは、原作で年齢詐称疑惑を自ら暴露する話かと)。
なぜこうなったのかというのは、勝手な解釈ですが、登場人物たちを現実の生身の姿に寄せて描くというのが(アイの描き方も含めて)映画版のテーマなのではないかと。
原作では、ルビーがB小町の看板を背負ってアイの遺志を継ぎ、現実にはいそうにないほどの、物語の登場人物のようなスターになっていく姿が描かれますが、映画版では、逆にB小町からも解き放たれて、本当に自分自身の人生を歩んでいくというメッセージなのだろうかと思います。(MEMちょの結婚のほうはもっと分かりやすく、アイドルや芸能人にも自分の人生があるという意味だろうし。)
もう1つはカミキヒカルの描き方です。原作では、絶対的な悪役ではあるけどカリスマ性もあり、ある意味ではアイに強く囚われている人物の1人なのだけど、映画版では、不幸な過去があるとはいえ、ただ救いがたくどうしようもない、目的もなく目についたものを台無しにしようとするだけの人物として描かれている(内心はともかく、表に現れた台詞上は、アイに執着しているのかどうかすら分からない)。正直個人的には、映画版の中では一番飲み込みにくい改変の1つだと思います(演者の熱演は間違いないのだけど)。
しかしこれも勝手に解釈すると、不幸にもこういう人物も現れてしまう現実のやりきれなさ、身も蓋もなさとでもいうものを描いて、しかしこの人物がいなければアクア・ルビーも生まれておらず物語が始まりもしなかった、という割り切れなさを示しているのかなあ、などと何となく思います(元ネタがあるとすれば、ひょっとして原作139話あたり?)。
映画の中でキーワードの1つになる「全部あいつのせいだ」という台詞と合わせて、賛否両論はかなりあるんじゃないかと思うけど、個人的には考えさせられるところです。
全体として、大筋では原作に従いつつも、原作で描かれる物語とは違って実写ならではの現実的な面やそれに基づくメッセージをいかに出すか、という面を多分相当工夫して作られた(しかし恐らく原作からかけ離れているわけでもなく、元になるシーンやテーマを見い出すこともできる)、部分的にはかなり挑戦的なストーリーなのではないかと思われます。普通にイメージする「原作に忠実に」とは違うけど、原作をリスペクトして作られたというのは決して嘘ではないと個人的に感じました。
ここで書いたのは私の勝手な解釈に過ぎないけど、原作との対応を探したり考えたりするのが好きなタイプの人にも楽しめる作りではないかと思います。
5.まとめ
ここで書いた以外にも、演者はみな熱演だし、力作なのは間違いないと思います。
それにつけてもライブシーンをまた観たい。