劇場公開日 2024年11月22日

「◇ニコケイと共同幻想」ドリーム・シナリオ 私の右手は左利きさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5◇ニコケイと共同幻想

2024年12月6日
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鑑賞方法:映画館

知的

 日本の思想家である吉本隆明が用いた『共同幻想』という言葉を思い出しました。自己幻想<個人的な幻想>---対幻想<家族・恋人などの幻想>---共同幻想<国家・企業などの社会的幻想> 幻想という無意識的領域を階層化して分類した上で、社会思想化するような論理であったと思います。

 この作品の主人公は冴えない感じの大学教授ポール(ニコケイ)。いつかは自分の論文をまとめた書籍を出版するという夢を持っています。但し、「できたらいいなぁ」という漠然とした希望。夢を実現させるような行動が伴わない個人的幻想(夢)のようなものです。自己幻想。

 そんな大学教授ポール(ニコケイ)が娘の夢に登場する場面が物語の冒頭です。夢の中で娘が「危機的状況であるにも関わらず何もしない」、ただ立ちすくんでいるだけです。家族が夢に出てくることは珍しいことでもないでしょう。対幻想。

 見所であるトリッキーな設定は、家族にとどまらず、生徒たち友人たちにとどまらず不特定多数の人々の夢の中に登場し始めることです。さらにはSNSを通じて世間一般にまで「夢に登場する人物」としてバズっていきます。共同幻想。

 嘗て個人の自由を抑圧する国家権力や社会規範などが持っていた強固な存在感は後退して、多様な価値観が乱立する中で、相対的で移り気な世間のレピュテーション(評判)のリスクばかりを気にして振り回されてばかりの世の中なのかもしれません。SNSの軽やかさがその傾向に拍車をかけている気もします。

 夢の中で浮遊する感覚は、空に浮かぶ雲のようなネット仮想空間をふわふわ漂うわれわれの日常を象徴しているようです。急速に拡散と収束を繰り返す混沌とした共同幻想に対して、改めて個として自己幻想と向かい合うことの大切さを考えてさせる作品でした。

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私の右手は左利き