劇場公開日 2024年4月5日

「スキャンダラスさやホラーテイストに描く案を乗り越えて、家族愛と最後に呪いから解放される結末に好感が持てました。」アイアンクロー 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5スキャンダラスさやホラーテイストに描く案を乗り越えて、家族愛と最後に呪いから解放される結末に好感が持てました。

2024年4月24日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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●はじめに
 アイアンクロー(鉄の爪)を得意技とし、1960~70年代に活躍したアメリカの伝説的なプロレスラー、フリッツ・フォン・エリックを父に持ち、その教えに従ってプロレスの道を選び、世界ヘビー級王者になることを宿命づけられた兄弟の実話を、次男ケビンの視点から描いた作品です。

 思い返すと昭和の時代、プロレスはいかにも米国的なショーでした。強い個性を持ったマッチョな男たちが、力と技を競いあったのです。
 この映画の主人公は、前途したようにプロレス一家、フォン・エリック家の男たち。闘う男たちの栄光と挫折の軌跡に、アメリカンドリームの呪縛と末路が浮かび上がります。 それと同時に、悲劇の連続の中で絆を深める一家の家族愛も描かれます。

●ストーリー
 1980年初頭。「鉄の爪(アイアンクロー)」を必殺技に活躍した元AWA世界ヘビー級王者の父フリッツ(ホルト・マッキャラニー)は、引退後に自分でプロレス団体を作ります。息子たちをレスラーにして、「世界制覇」を目指していました。
 早くに長男を亡くした彼は、次男のケビン(ザック・エプロン)、続いて三男デビッド(ハリス・ディキンソン)が人気を博し、米国のボイコットで五輪出場を逃した四男ケリー (ジェレミー・アレン・ホワイト)も加わって、3兄弟として売り出し、最強のプロレス一家を作り上げようとしていたのです。
 父の教えはファミリーにとって絶対でした。チャンピオンになれ!そのために筋肉を鍛え、痛みを鎮痛剤で抑え、筋肉を維持するためにステロイド剤を打ち、高揚させるためにコカインを吸ったのです。
 その中で、華のある弟らに人気が集中し、父の期待が自分から弟たちに移っていることにケビンは気きます。嫉妬を抑えながら健気に弟たちを支えるケビンの心の拠り所は恋人のパム(リリー・ジェームズ)だけでした。パムの妊娠を期に、二人は家族に祝福されながら結婚。そんな中、一家の念願であったNWA世界ヘビー級タイトルマッチを控えたデビッドが急死してしまいます。さらにケリーが不慮の事故に見舞われ、片足を切断。リングデビューした五男マイク(スタンリー・シモンズ)も試合中の負傷から後遺症を患ってしまうのです。
 相次ぐ悲劇の連続で、世間はエリック一家を“呪われた一族”と暗に噂するようになります。兄弟のなかで唯一生き残ったケビンは、ある決断をし、父と決別。呪いから逃れた先にどんな景色が開けるのでしょうか。暗い闇の向こう側には、美しい陽光が確かに映っていたのです。

●解説
 一家はアメリカの理想を体現していました。父親を中心に固く結束、息子たちは指示通りに体を鍛え、レスラーとなりチャンピオンを目指す。良妻賢母の母親、あつい信仰心。成功をつかむために努力と献身を惜しみません。
 物語はケビンの目から描かれます。長男を早くに亡くし、兄弟の最年長として率先して父親の期待に応えようとするのに、弟たちに後れをとってしまうのです。不満をのみ込み黙々と努力しても、父から認められなかったのです。
 ところが四男のデビッドがこれからという時に日本で客死、三男のケリーは念願のチャンピオンになった直後に事故で片足を失います。代わりに音楽家を目指していた五男マイクがリングに上がるものの、試合中のけがに苦しみ、非業な最期を遂げます。後に「フォン・エリックの呪い」と言われた不幸のつるべ打ちとなっていったのでした。
 米国が求める美徳を満たし、栄光を夢見た一家がなぜ不幸になるのか。父権の幻想にすがりアメリカンドリームを追う一家は痛々しく、もの悲しさすら漂いました。そこから解放された終幕には、ようやく肩の力が抜けることでしょう。

 別人と見まごうほど肉体を鍛えたエプロンに驚かされることでしょう。俳優陣がほぼスタントなしで、リング上で激しくぶつかりあいます。そんな試合場面の迫力もすさまじいのです。リング上の熱演とフィルム撮影で再現した80年代の映像を見るだけでも価値があります。
 しかしカメラは、リングの裏で起きつつある恐ろしい何かを捉えようとするのです。背景にあるのは、父の夢。誰よりも強くなり、大きな成功を遂げたい。父の夢は呪いとなり、息子たちを薬漬けに追い込み、内面から破壊してしまいます。
 当初はスキャンダラスさやホラーテイストに描く案もあったそうですが、フォン・エリックー家に起きた出来事を悲しみに満ちた叙事詩として描くことで、有害な男らしさを批判し、家父長制によるパワハラの醜悪さを暴く展開となりました。昨今のトレンドともいえるテーマを扱いつつ、一方で、ダーキン監督は否応なく共同体に属さざるを得なかった者たちの生を丁寧に掬い上げています。兄弟が互いにかける親密な愛情に光をあてて彼らが見つめた一瞬の煌めきを捉えたのでした。

●感想
 子供の頃、よくテレビの中継を見ました。スタン・ハンセン、トリー・ファンク・ジュニアとデリー・ファンクの兄弟、ディック・マードック。そして、この映画のエリックー家。テキサス州出身で、日本でも活躍したのです。テキサスといえば腕っぷしの強い荒くれ者、男らしさの象徴でした。それは力を誇示するアメリカのイメージそのものといえます。神経質な小心者がしゃべりまくるウディ・アレンが印象的なニューヨークと対局的です。
 そして、昭和のプロレスファンなら誰もがやんちゃな少年時代にまねしたアイアンクロー。本作を見ると、懐かしの必殺技が若き兄弟たちの心をむしばむ“呪縛”の象徴に思えてきました。
 そんな展開に、興奮、感動し、怒りや恐怖も覚え、悲しくなりました。プロレスに明るくない人でも、感情を揺さぶられること間違いなしの、“呪われた一族”のドラマなんですね。
 心理スリラー「マーサ、あるいはマージー・メイ」で知られるダーキン監督も子供の頃はプロレス狂たったそうで、前途したようにハーリー・レイスやリッタ・フレアーらが登場する1980年代プロレスの再現度の高さがすごいのです。
 35ミリフィルムの陰影豊かな映像、家父長制の問題などを現代的視点で捉えたドラマも含め、まさにヘビー級の見応えです。
 古い価値観の打破、苦しみへの寄り添い方。一昔前のスポーツ一家の話が、これほど現代に通ずるメッセージをはらむとは!脚本も手がけたショーン・ダーキン監督の手腕にうならされました。

流山の小地蔵