「父の呪われた夢」アイアンクロー sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
父の呪われた夢
相手の顔を鷲掴みにする必殺技「アイアンクロー」で一斉を風靡した名レスラー、フリッツ・フォン・エリック。
しかし彼のレスラー人生は恵まれたものではなかったらしい。
彼は息子たちに世界の頂点に立つという夢を託す。
そして息子たちもまた父の夢を叶えるために最強への道を目指すことになる。
特に一番年長のケビンの視点でストーリーが進んでいくのだが、エリック家の華々しい快進撃が描かれていくにも関わらずそこに爽快感はない。
フリッツは最強の一家となるべく厳格に息子たちを指導するのだが、彼の息子たちへの愛情は決して平等ではない。
兄弟の中で先陣を切って道を拓いたケビンに対しては、求めるものがあまりにも多すぎるのか、称賛の言葉はとても少ない。
それでも息子たちは父親から認めてもらいたい一心で文字通り身を削って期待に応えようとする。
その結果、無理がたたった三男のデビッドは、遠征先の日本で命を落とす。
そしてデビッドの弔い合戦のために立ち上がった四男のケリーは事故により大怪我を負う。
兄弟の中で唯一毛色の違うマイクも、レスラーとして生きる道を選ぶが、試合中の怪我により後遺症を負い、自ら命を断ってしまう。
ケビンもまた度重なる兄弟たちの不運によって心に傷を負い、妻のパムに対して距離を取ってしまう。
いつしかフリッツ家は呪われた一家と呼ばれるようになってしまう。
悲惨なのはどれだけ息子たちが悲劇に見舞われても、生き方をまったく改めようとしないフリッツの姿だ。
もはや彼は世の中に自分たちの存在を認めさせるという執着に縋って生きているため、目の前の家族を直視することが出来ない。
タイトルマッチで反則をし、失格するということで父の夢に抗ったケビンは、既にフリッツの中では用無しの存在だ。
一方、再起不能の怪我を負いながらも、執念でケリーは復活を果たす。
フリッツにとって希望はケリーの存在だけだが、それでも彼はまともにケリーと向き合おうとはしていない。
心身ともに限界を迎えたケリーはケビンに助けを求める。
しかしケビンには彼を助けられるのは父だけだと分かっていた。
だから彼は父に助けを求める。
しかしフリッツの口から出たのは「兄弟同士で解決しろ」という衝撃の言葉だ。
結果的にケリーはケビンの前で自ら命を断ってしまう。
最後までフリッツは自分の夢に縋るだけで現実に目を向けない。
妻のドリスもまた最後には現実逃避をしてしまう。
フリッツは自分に、そして息子たちに言い聞かせ続ける。
「世界の頂点に立てば、成功して怖いものなしになれる」と。
言い換えれば世界の頂点に立ち、世界に認められることが彼にとっては幸せだと思いたかったのだろう。
そこには自分を認めなかった世界への復讐心がある。
しかし復讐心の先には幸せなどない。
事実、彼は息子たちがどれほど快進撃を続け、タイトルを手にしても満たされることはなかった。
本当の幸せとは手に入れるものではなく、そこにあることに気づくことだ。
そしてケビンは愛する妻と子供たちが側にいるだけで幸せであることに気づく。
悲惨な物語ではあるが、ケビンの家族が幸せになれただけでもそこに救いがあると感じる作品だった。