劇場公開日 2024年4月5日

「あちらのスターはここまで体張る根性に驚き」アイアンクロー クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0あちらのスターはここまで体張る根性に驚き

2024年4月8日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

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 いい大人が自らの父親に真顔で「yes sir」と返事をする。フォン・エリック家での常識がこれ。実在のプロレス一家の軌跡を描く、「呪われた一家」と呼ばれるまでの悲劇の連鎖の根底に多分これがある。だからと言って、これの是非を映画は問うている訳でもない。「それは兄弟同士で解決せよ」と突き放すシーンも多々描かれるものの、親子としての注ぎうる愛情は十分に見える。スパルタによる狂信的環境でもなく、むしろ信仰心は厚い。絶対君主のような存在と言うほどでなく、「お前の選択の自由は尊重する、その上でプロレスをやってくれれば嬉しい」と言う。ただし、息子自らが決断した以上それへの徹底を強引に求めるのは確かですが。

 根底には、一家での愛情が満ちていることに尽きる。だから些かエキセントリックではあるけれど普通の一家のホームドラマであり、運悪く悲劇に見舞われた不幸をどう乗り越えるかが描くべきポイントでしょう。ベテラン役者ホルト・マッキャラニー扮する父親フリッツの高圧にならない策略と言いましょうか、兄弟を巧みに競わせベストを引き出す能力は凄い。逆に母親は信仰には驚くほどに熱心だが、それ以上の存在感はまるでない。映画としてはもっと母親の役割を描き込めば悲劇も強調され深みも増しただろうにとも思う。

 このプロットを成立させるために、出演する役者への要求は凄まじく、体を張った鍛錬が要求されたでしょう。ボクシングの映画は数多ありますが、レスラーは少ないですね。米プロレス団体AEWが制作し、元WWE王者がプロレスシーンを指導のようですが、その迫力たるや素晴らしく、役者が見事にやり切っていますね。よくあるカットの積み重ねでやってる感を出すタイプと異なり、正真正銘スターが鍛錬の成果として体を床に叩き付けている。筆頭が長男ケビン役のザック・エフロンで、ティーン・アイドルとして大人気スターの面影払拭する完璧な肉体改造を施し、裸足での格闘をスクリーンに焼き付ける。「レスラー」2008年のミッキー・ロークのレベルです、凄いとしか言いようがありません。

 スターはザックだけかと思ったら驚きました。どっかで見た覚えの三男デビッド役が「逆転のトライアングル」2022年 で主役を張ったハリス・ディキンソンではありませんか。「ブルックリンの片隅で」2017年、「ザリガニの鳴くところ」2022年にも出てましたね。スウェーデンの長身モデル役でスリム体型だったのに、この変貌ですよ。次男ケリー役も四男マイク役も調べましたらキャリア十分な役者でしたね。ここまで役者が体を張ると思い出すのは「カリフォルニア・ドールズ」1981年で、名監督ロバート・アルドリッチの傑作では女子プロを舞台に美人女優が体当たり演技が圧巻でした。

 そして長男の彼女役にあの「シンデレラ」2015年 のリリー・ジェームズとは驚きですね。このキャスティングならば、専制的な義父に反発して一波乱のエピソードでもあるかしらん。でしたが、まるでそんなことはなく一家に馴染み次々と子沢山の古臭い「嫁」のまんまなのが意外でした。

 ラスト近く、天国で再会した者達(実の長男も)の描写には感涙です。エンドクレジットには予定通りに実際の一家の写真とともに彼等のその後がテロップで紹介される。映画化に際しメインとなったのはケビンその人で、逆に言えばそのために、もう一皮めくっての手前で抑えてしまったと推測されるのが惜しいところです。

クニオ