劇場公開日 2024年6月7日

「実話は重い」あんのこと かなさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5実話は重い

2024年7月8日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

 母親からDVを受け続け、売春まで強要され、薬物づけになり、小学校も途中で行かなくなり中学にはまったく行っていない、ほぼ漢字も書けない21歳の女性、それが杏だ。母親の管理下におかえれ身体を売って金を稼いで生きている。
 そんな杏に手を差し伸べたのは刑事の多田羅と新聞記者の桐野である。、多田羅に勧められ薬物依存者の集まりに出て徐々に心が氷解していく。そしてリ・スタートをきる。二人の協力を得て住む場所も決まり、働き場を確保し、学校にも行きはじめ杏の人生はうまく回りだす。初めて自由を手にした杏の楽し気な歓びあふれた笑顔がなんとも素敵だ。今までの人生で味わったことのない充実感にあふれていた。
 ところが杏の生活はあっけなく逆回転してしまう。多田羅が杏の前から消え、加えてコロナ禍の発生で職場から離れ、学校も閉鎖し社会との扉が閉じられていくのだ。そしてある事柄が起きてしまう。何事にも一生懸命、前向きに対処する杏が健気で本当に心の優しい子だと実感する。満ち足りていた生活にまたも母親の毒牙にかかる。
 入江悠監督のオリジナル脚本・監督作品では、「不条理・理不尽に翻弄される」映画が非常にインパクトが強い。「シュシュシュの娘」「ビジランテ」二作品とも逃れられない不条理で理不尽な組織、家族がテーマになっている。「あんのこと」も確かに不条理で理不尽な家庭環境を扱った作品であり、今までの入江監督のテーマと同様である。しかしこの映画は実話である。フィクションとは比較にならない事実なのだ。
 入江監督は、主演の河合優実には、翻弄されるままの姿と自分が生きていると実感する二面性、佐藤二朗には、善悪裏表の生き方、河井青葉には、超えてはならない境界を超える壮絶さを与え、入江悠監督が目指した実話の映画の強度、重みを表現しきった。これは事実だと映画として見る者に杏の生きてきた過程を見せつけるのである。見る者はただ圧倒されるしかない、この悲劇に。そして杏の嬉しそうな笑顔も忘れない。杏の無邪気な笑顔。素直に何事にも頑張る杏を見ているから、この事実に何も言えない。

かな