「あんのこと、忘れない」あんのこと 羊さんの映画レビュー(感想・評価)
あんのこと、忘れない
*
主人公のモデルは朝日新聞の記事に
登場したハナ(仮名)
幼少期からの虐待や薬物依存を乗り越え
介護福祉士になる夢ができた
夜間中学で学ぶはずだったが
コロナ禍に前途を阻まれ、
2020年春25歳で命を絶った
*
これが現実に起きた話だなんて
信じたくない…
なぜ毒親は存在するんだろう…
その連鎖はなぜ止まらないのだろう
普通に学校へ行って、友達をつくって、
夢を見つけて勉強に励む…
そんな当たり前の権利が彼女には
与えられなかった
自分の身体と引き換えに
ただお金をつくって渡すだけの
ほんの一筋の光さえも見えない現実に
風穴を開けて光を見せてくれたのは多々羅だった
多々羅は杏のことを思ってサポートした
杏の目は生気と光を取り戻していった
初めての給料で杏は手帳を買った
なんでもない「普通」が輝いてみえた
おばあちゃんにケーキを振るまった
なんだか「普通」の家庭にみえた
ラーメン屋さんで3人でご飯を食べたり笑ったり
カラオケではしゃいだり安らぎの時間があった
その様子を見ていてずっとずっと
これが続いていったらいいのにと思った
このひとときは紛れもなく幸せだった
多々羅が居なくなってから
少しずつ変わって行く現実…
桐野はそのことに後悔のようなものを
抱いていたようだけど
彼は彼の仕事を全うにこなした
ただそれだけ
生活の基盤は整っていたから
多々羅や桐野が居なくなっても
杏は前に進んでいけるはずだった
しかしそれはコロナ禍によって
どんどんと破壊されていく
ほんとにコロナ禍が憎くて仕方ない…
彼女は犠牲者だ
介護施設での別れのシーン
お金や物ではない
「心」を、ただ、自分の存在を、
頼ってくれた時は嬉しかっただろうな
シェルターで暮らしていた
隣のシングルマザーから子の子守りを頼まれ
いきなり母になってしまったのは驚いたけど…
そんな状況も杏の持ち前のひたむきな努力と
責任感と前進力でこなしていっていた
すっかりお母さんのようになっていた
自分の親のようにはならないと覚悟して
精一杯の愛情を注いだのだろう
適応能力が並大抵ではない…
人と人との最後の絆のようなものが
取り上げられてしまい
またもや努力が泡となって消えた
もうやめてくれ…
一体彼女が何をしたというのだろう
ああ、あの日に逝ってしまったんだ…
頑張れって、ありがとうって、
空が応援してくれたあの日に逝ってしまったんだ…
ただただ絶望に暮れてしまって
涙すら出てこない
ただただ、たらればを繰り返す…
繰り返したって彼女は帰ってこないのに
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杏がいまどんな気持ちで何を感じているのか
心の描写が細やかに表現されていて
すごくわかりやすかった、痛いくらいに…
とても重いテーマだったけれども
河合優実さんが尊敬の気持ちを込めながら
実在していた彼女を生き返してくれたから
目を背けずに最後まで見届けることができた
彼女の存在を知ることができてよかった
今日もどこかで彼女と同じような苦しみを
強いられている…その現実を胸に刻む。
*
多々羅も佐藤二朗さんしか考えられない
「タバコくらい吸っとけよ!」すこし笑った
杏を支えたい、助けたい、その気持ちは本心…
涙しながら彼女を慰めていた姿は嘘じゃない
だからこそ
自分の心の闇にもきちんと目を向けてほしかった
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