「「パソコンは逝去者の名前を3回入れるとその名前を学習してくれる」。 「そして時を経ても、なにかのきっかけでふとその名前がモニターに現れるんだ」。」来し方 行く末 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
「パソコンは逝去者の名前を3回入れるとその名前を学習してくれる」。 「そして時を経ても、なにかのきっかけでふとその名前がモニターに現れるんだ」。
弔辞を読んだ事がある。
親しい、早世した友人のために。
いつも一緒にいた人だから、その彼女の人となりは熟知していたし、ご家族の皆さんのこともよく知っている。
だから、旧知の人間の野辺送りのために言葉を贈ること=弔辞は (辛いけれど) 、ある意味で出来ない事ではない。
うちの両親も齢九十を超え、食が細り、元気が失われてきている。先週から僕ら子供たちで「死亡広告」の数行の文案をいろいろと練り始めたところだ。僕が叩き台を出したので弟たちもそこで添削作業に盛り上がっている。
本人を良く表す言葉は何か。その家族の眼差しを尊ぶ言葉はどこか。
準備するに遅すぎることはない。
けれど本作、
一度も会った事のない誰かの、その葬儀のために送り言葉をしたためるという「弔辞屋」についての話だ。
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日本では、少子高齢化の波は街角の姿の変わりように如実に現れている、逆台形の「人口年齢分布グラフ」は今にもひっくり返ってコケそうである。
指圧・整骨・マッサージ店の隆盛、
林立する高齢者デイサービスの出張所、
家族葬のための小規模斎場がここにもあそこにも軒並みあるし、
散骨や樹木葬の看板も頻繁に見かける。
・・これら高齢者向け、あるいはお葬式のためのエンディング産業が、潰れたコンビニの建物の居抜きとして、また大きな新築のビルとして、石を投げればどれかに当たるほどの社会な現象として、一大産業となっているのだ。
これはお隣の中国でも同じように、否もっと大変な規模と事態で、社会を揺るがしているはずだ。
今回のこの映画は、「何十年にも渡って一人っ子政策をやってしまった中国」の
引く手あまたの葬式産業について、
そしてその下請けであるひとりのアルバイト=「弔辞屋」の物語なのだ。
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人生は 一章、二章、そして最終章の第三章から成ると主人公は呟く。しかし
【人生の第二章】で頓挫するのが我々の人生。そして死。
主人公は自分に失望している。
脚本家を目指して文学部の大学院まで行ったものの、躓き、そして頓挫した四十男のウェン・シャンが、
満足などなし得なかった人の人生について
たくさんの死と別れに出会うことで答えを見つけていく展開が、斬新で素晴らしかった。
生きて惑う人生こそ、つまり、「私の人生 今からだ」と意気込んでいるさなかでの《第二章で潰えてしまう人生》こそ、嘘のない (そして恥じることのない) 我々の本当の生き方だったのだと、彼が気付いていくからだ。
⇒ いつも遺族にインタビューしてきたウェン・シャン。その彼のアパートに転がり込んできた変わり者の女から、今度は逆に根掘り葉掘り彼がインタビューを受け、初めて《取材される立場》を経験する事で、ウェン・シャンは自身の「来し方 行く末」の《自分の座標》を知るのだ。
新時代の、現代人のためのシナリオと言えよう。
同居人(=実は主人公が作り出した幻影)や、バイト先の先輩、そして脚本学校の教師の言葉が光る。
パソコン、フリーター、同人アニメサイト、親や同級生たちへの卑屈感情、モラトリアム・・と、「キーワード」は今の僕たちに寄り添ってくれる。
これこそ新時代の、現代人のためのシナリオと言えよう。
(死者はやさしく、すでに物言わぬ存在になっている所が、弱いナイーブな現代人への寄り添いと癒しになるのかも)。
そして登場人物は多いのだけれど、綿密な脚本の組み立てのお陰で、お見事、混乱は無い。
若い女性監督さんがこれを書き、撮ったらしい。信じがたい才能!
驚くべき重厚な人間ドラマだ。
かの国に蓄積し、数千年積み重ねられてきた文明と文学の、この土台の《厚み》。若き監督に開いたその開花を見せてもらって、まったく圧倒されてしまった。
そして物書きの映画らしく、たくさんの心に残る言葉のフレーズが僕の胸に刻まれる。
僕たち人の人生は、小さなエピソードと何気ない言葉の集積なのだ。
九十年生きれば九十年の、後から後から思い出す声とエピソードの、それは積み重ねだったのだ。
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今夜の塩尻 東座 ―
スリムで長身の社長=合木こずえさんは黒の革ジャンの上下に目も覚めるような深紅の丸いイヤリング。
レイトショーだったので他のお客さんが はけるのを待ってから、ロビーで見つめ合って語り合う。
この小さな映画館の主宰者にも、そして今夜の客の僕にも、映画に負けないムービーが、そして
「来し方〜行く末」が息づいているのかと思うと
全てが愛おしかった。
ありがとう、いい映画に出会えました。
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