「人々の結束も分断も産む国境」TATAMI La Stradaさんの映画レビュー(感想・評価)
人々の結束も分断も産む国境
女子柔道の世界選手権において、国家承認していないイスラエル選手との対戦を避けるべく、イラン政府が自国の選手に対して棄権する様に圧力を掛けるという実話に基づく物語です(本作のモデルとなったのは男子柔道選手でしたが)。
この大会の為に厳しい練習を積み、絶好調だったイラン人選手は順調に勝ち進むのですが、イランの柔道協会から棄権しなければ家族の身の安全は保障できないとの連絡が入り、棄権を訴える父母の映像も添えられます。更にその脅迫は監督にも及ぶのです。激しい動揺を抱えながらTATAMIの上で繰り広げられる対戦の映像はスピーディーで迫力もたっぷり。絶対に危険などしたくない、でも家族の安全は・・イスラエル選手が勝ち進むとは限らないからその結果を待ってもよいではないか・・様々な要因が絡み合います。スポーツ映画と政治映画が混じり合い、時限爆弾を抱えた様な緊迫感を盛り上げるのです。
こうなると、本作のモデルとなったイラン人柔道家のサイード・モラエイがこの選手権をどう戦い、その後どうなったかを知りたくて調べてみました。2019年の東京での世界選手権81キロ級で彼は準決勝に進出しながら、急に心ここにあらずという戦いぶりで敗れてしまいました。その試合では、監督もコーチも会場から退席していました。つまり、国からもチームからも見捨てられていたのです。この時、イスラエル人選手は決勝進出を決めており、モラエイ選手が準決勝で勝っていればイラン対イスラエルの対戦が実現する筈でした。大会後、彼はイランのスポーツ大臣から棄権を強要された事を明かし国を捨て、現在はアゼルバイジャンの国籍を取得しているそうです。また、2020年の東京オリンピックでは銀メダルを獲得しています。
国境というのは、その内側で暮らす人々の強い結束を生み出す一方で、愚劣な分断線にも成り得るのです。