小学校 それは小さな社会のレビュー・感想・評価
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学校の全体主義を我々は普通だと思っている
とても丁寧なドキュメンタリーでした。落ち着いてじっくり撮っているし、努力して信頼を勝ち得て子どもの生活に入り込み撮影してきたことがわかります。教師たちの振る舞いも自然です。ナレーションは少なく意図的に演出されたものではないと感じました。
それだけに、良くも悪くも「日本人の作り方(原題)」が見事に映し出されたドキュメントとなっています。日本の公教育の実像です。これは監督の勝利でしょう。
我々日本人は「当たり前」のことと捉えがちな子ども達の規律ある生活ぶりですが、欧米人の観客等が見たら驚異かもしれない。フィンランド教育界で話題になり、視察の話が出たとNHKニュースが誇らしげに報じていたのです。しかし、日本の教育はこのままで良いのだろうか?良い面はあるけれど、このままではいけないのでは?と気づかされた作品でもあります。
日本の学校現場は、教師の方向づけに対して、子どもたちが素直に(楽な子もいれば、かなりしんどい子もいるはず)努力するよう、上手く条件づけられていることがわかります。
「誰かが遅れたとき、先生は気持ちが一つになっていないなあというふうに思う」これは映画の中で聞いた先生のセリフだけど、よく考えると異常な精神構造です。
小さな時から全体の顔色を伺う。「いじめ」は減らないように仕組まれている。
全体主義の社会を作るうえでは、とても上手い条件づけですが、これほど多様化し情報が氾濫した現代社会では、やはり少し異常です。そして、我々はまだほとんど、その異常さを自覚していなかったのだと、気づかされた映画でした。
よく撮れたドキュメンタリー映画だと思います。山崎監督の意図に悪意はなく、素直に「これが日本の教育の現状なんです」と差し出してくれたのです。ありがとう。
いい先生が増えたんですね
小学1年生の4月はまだまだ幼児、6年生はもう思春期。小学校で過ごす6年間は、大事な6年間と改めて思いました。どのエピソードも宝物のようで、大人になってもいい思い出になるんだろうなー。
先生達が多岐にわたる仕事を一生懸命頑張っている姿に頭が下がる思いです。小1の時に担任の先生を「お母さん」とつい呼んじゃったと聞くけれど、まさにその通りの関係性。別れが辛くて泣いちゃうね。
自分が小学校へ行ってたのは何十年も前だし、好きな先生は一人もいなくて集団生活が苦痛でしかなく、給食を食べられなくて毎日一人残された辛い思い出しかなく(給食のシーンは吐き気がした)、卒業式では泣くどころか、もう行かなくていいと嬉しかったことしか覚えていません。
なので「小学校」のドキュメンタリー映画を観ると嫌な思い出が蘇るのではと躊躇したけれど、観てよかったです。小学校のイメージが良い方にアップデートされました。
【”規律と責任を教える小さな社会。”今作は、コロナ禍の中で学ぶ小学生達と、彼らに真摯な姿勢で様々な事を教える教師達の姿から学ぶこと多き、且つ涙腺が緩むドキュメンタリー映画の逸品である。】
ー 今作はコロナ禍の中、ある小学校の一年生と六年生と彼らを教える教師たちの一年間を追った一切ナレーション無き、ドキュメンタリー作品である。-
■今作では、一年生では小さな可愛い男の子と女の子、六年生では放送係の男の子と教師たちに焦点が当てられているが、基本的には小学校の行事を含めた全体が映されている。
そして、個人的には一切ナレーションが入っていない事が、奏功していると思った作品でもある。
◆感想
・4月。初々しい小学一年生が入学して来る。希望と不安をないまぜにした表情で教室で、初めて先生に名前を呼ばれ、”ハイ!”と元気よく返事する男の子や、小さな声で恥ずかしそうに答える子もいる。
だが、彼らを新六年生が、しっかりと面倒を見て上げるのである。
・今作では授業風景よりも”特別活動”に焦点を当てている。
1.教室内の清掃
2.給食の配膳
3.各係を決めるシーン
4.下駄箱への靴の入れ方のチェック
5.校内放送
6.運動会の予行演習
7.新一年生を迎えるための演奏隊のメンバー決めからの演奏シーン etc.
・2.給食の配膳
一年生が配膳をする中で、後ろを男の子が走ったためにおかずの入ったお皿を割ってしまうシーン。ここでも、しょげる生徒達に女の先生は優しく”配膳をしている時は気を付けようね。”と告げるのである。声は、決して荒げない。
・3.各係を決めるシーン
男の子が図書係を希望するも、級友達の投票で成れずにべそをかいている所に、選ばれた優しき女の子が来て係を譲ってあげるシーン。
女の先生は男の子に優しく”しっかりやろうね。”と声を掛けて上げるのである。彼はこの出来事で人の優しさと、”自分に与えられた責任を果たさなければ。”と思ったことだろう。
・4.下駄箱への靴の入れ方のチェック
風紀委員らしい子供達が、靴の入れ方をチェックする。このシーンは個人的には余り好きではない。そして校長先生が先生方に言う言葉。”任せるという事は、両刃の刃です・・。”
・5.校内放送
六年生の放送係の男の子と女の子が二人だけで、朝の放送をするシーン。とてもしっかりしているし、二人とも相手を信頼している。先生は一切映らない。全てを任されている事が分かる。
・6.運動会の予行演習
六年生の放送係の男の子が団体演技の練習中に、何度も縄跳びが引っかかってしまう。すると彼は自宅で縄跳びの練習を頑張って独りでするのである。
そして、本番では彼はミスなく演技を終えるのである。責任感の強い男の子なんだなあ。
■沁みたシーン幾つか
1.新一年生を迎えるための演奏隊のメンバー決めから演奏シーン
一人の女の子が大太鼓を希望するも、先生に指名されずにべそをかくがシンバルに選ばれて大喜び。だが、彼女は練習の時に何度も叩くタイミングを間違えて、男の先生からキビシク注意される。”選ばれて終わりではないよ。練習はしましたか?”彼女は何も答えられずにボロボロと服が濡れる程に涙を流すのである。観ていて”もう、許してあげて”と思うが、男の先生の叱り方は、感情的ではなく言葉遣いも丁寧である。
基本的に、この学校の先生たちは厳しいが、言葉遣いは丁寧であり、決して感情的にはならない。とても大切な事である。子供は先生のそういう部分には、敏感だろうし女の子も先生の指摘が合っているから、黙って大粒の涙を流すのだろう。
だが、そんな女の子には、女の先生が”間違えたら、先生も一緒に叱られてあげるから・・。”と言って、尻込みしていた女の子を練習場に出して上げるのである。
そして、本番。女の子はミスなく演奏を終えると、男の先生はキチンとそれを観ていて、優しい言葉で褒めてあげるのである。女の子の誇らしげで嬉しそうな顔。彼女も又、成長したんだよね。
2.男性教師二人の姿
1)一人の坊主頭の先生は、厳しい。けれども劇中で彼自身も”厳しいのは分かっているけれども、あの子たちの事を考えると、厳しく言ってしまうんですよ。”と言いながら何か悩んでいる様子である。因みにこの先生はいつも朝早く一番に学校に来て、職員室で朝ご飯を食べている。真面目な先生なんだろうなあ。
そして、彼は六年生の卒業式の時の挨拶で”中学校に行ったら、もっと色んな事が有るだろうけれども、ブレないで下さい。”と立派な挨拶をするのである。だが、全てが終わって皆がいる職員室で、皆の前で”悩んでいたんです。もう辞めようかな、と・・。けれども辞めなくて良かったです。”と涙を流すのである。このシーンは沁みたなあ。矢張り良い先生である。そして、この先生は新学期に三年生の担任として紹介されるのだが、その顔は自信に満ちているのである。
ー 先生自身も生徒達と真剣に向き合い、一年間教え切った事で、成長するんだなあ。-
2)もう一人のイケメン先生。卒業式の練習の時に生徒達が喋っていた時に、真剣に怒るのである。だが、この先生は卒業式の生徒への挨拶の時に、涙が込み上げて、最初は声が出ないのである。だが、涙を堪えて言った”先生は、皆が好きだから怒ったんだよ・・。”と言う言葉も沁みたなあ。
当然、生徒達は誰一人無駄口を叩くことなく、先生の顔をしっかりと見ているのである。
■そして、季節は巡って、桜咲く四月。
新一年生だった男の子の表情は、あどけなさを残すも、一年前の幼さはない。しっかりとしたお兄さんの顔をしているのである。
それは、他の新2年生も同じなのである。
<今作はコロナ禍の中で学ぶ小学生達と、彼らに真摯な姿勢で様々な事を教える教師達の姿から学ぶこと多き、且つ数々のシーンで涙腺が緩むドキュメンタリー映画の逸品なのである。>
学校の日常生活
日本の公教育というか、日本という国自体が
このような人々に支えられているのだなあ、と感じた。これは教育のことに限らない。それぞれの場で誠実に仕事をしている人がいるから国として成り立っている。
見ながら自分の小学校の頃を思い出した。
3年生まで年配の女性の人だったが、大嫌いだった。今なら新聞沙汰になるようなことをしていた。
でも、4年生の時のやました先生は、中2の頃の社会の先生と並んで、私の人生の中で最も大きな影響を与えてくださった人の一人だ。
5.6年生の時のにしむら先生は、クラスや学年に限らず学校中の子どもたちから慕われる先生だった。なのに、やました先生を好きだった私は、いつもやました先生のクラスにもどりたいなあ、などと考えていた。でも、にしむら先生もほんとにいい先生で、今もにしむら先生の名前を聞くと、胸にあたたかいものを感じる。
映画を終えて出てきたら、先生ぽい3人組が「学校の毎日そのままだったね」と言っていたので、多分、今の先生たちもこんな感じの毎日を過ごしているのだろう。
見てよかった。
ただ、時間を50分くらいにして、日本人全員に見てもらうことができればな、と思った。そうすれば、小学校の先生への尊敬の気持ちも戻って、また、先生になりたいと思う人も増えるのではないだろうか。
追記
先日この映画を見て、6年生の時の先生に連絡を取ろうと思ったら、2年前に亡くなっておられた。
後悔。
めっちゃ面白かったー
軽やかにテンポよく淡々と語られる多岐にわたる物語一つ一つを楽しめました。編集が細かくて、ガチャガチャうるさい印象も受けましたが、それが子供の本質と相俟って、見ているうちにしっくりきて、そのリズム感に乗せられて、非常に楽しめました。
ドキュメンタリーだからといって何か主張されていなければならないということは全くないわけで、あくまで映像の記録というのが本質なのだと改めて感じつつ、何を切り取って何を選択してどう構成しているかでその作品の主張めいたものが見えてくる気がするのですが、この作品に関して言えば、シンプルに記録した興味深い出来事を時間軸に沿って並べているだけだと見て取れましたが、それだけでも十分に面白さを感じる内容だったと思います。日本独自の文化、ノスタルジー、人間模様、子供そのもの等々、繰り広げられる出来事とともに見所が満載でした。
記録的な価値というところに抜群の面白さが加わっていて、非常に優れた作品だと思います
奇跡としかいいようのないドキュメンタリー
ここから何を受け取るか
ちょっと気になってはいたのですが、公開週に時間が取れず、このままスルーしようかと思っていました。しかし、「型破りな教室」を観て感動して、やはり日本の教育のリアルも客観的に感じておこうと、そのままハシゴで本作を鑑賞して来ました。
ストーリーは、…ありません。本作は、東京のとある公立小学校で主に1年生と6年生に密着した、4月から1年間の成長の過程を追うドキュメンタリーです。
これといったストーリーはもちろん、ナレーションもテロップさえもない映像が、ただひたすら流されます。そこから何を感じ取るかは、すべて観客の一人一人に委ねられていると言ってもいいでしょう。ですから、作品からなんらかのメッセージを受け取るつもりで観ていると、少々物足りなく思うかもしれません。それでも、子どもたちの確かな成長と、それを支える教師たちの厳しくも温かな指導の積み重ねが心を打ちます。
4月、期待と不安の入り混じるなか、入学式で温かく迎え入れられた1年生の子どもたちが、しだいに小学校生活に慣れ、さまざまなことができるようになったり、壁にぶつかったりしながら、少しずつ優しさや強さやたくましさを手に入れていきます。その姿が本当に眩しいです。
かたや6年生は、1年生が学校生活に慣れるためのお手伝い、委員会活動やあいさつ運動などを通して、最高学年としての責任と自覚が育まれ、立派な姿で卒業していきます。その表情には自信があふれ、小学校生活6年間の充実ぶりがうかがえます。
どちらの学年も、スポットが当たる子は数人程度ですが、その背後にいる子たちにもそれぞれドラマがあり、大きな成長を遂げたであろうことは容易に推測できます。それほどまでに、教師たちの熱い奮闘ときめ細やかな支援が描かれているからです。
ただ、冷静に考えると、「集団」の中に整然と収まる「個」の育成を目指して、6年間かけて”日本人らしい日本人”を作り上げたようにも見え、ちょっと怖くも思います。しかし、”個性尊重”、”自分らしく”と言いながら、出る杭を打ち、空気を読めと叩く風潮は、今に始まったことではありません。そう思うと、何事もほどほどに良くも悪くも目立たずにやり過ごすというのが、最も日本的な生き方なのかもしれません。社会がこれを求めているなら、学校はそのニーズに応えているだけのようにも思います。
なんだか先に観た「型破りな教室」の対極にあるようにも思いますが、決して相反するものではなく、その両立やバランスの取り方が難しいだけなのだと思います。作中でも教師たちが議論を重ね、試行錯誤している様子がありましたが、こういう営みが学校だけでなく、家庭でも職場でも行われることが大切なんだろうなと思います。教育って本当に難しいです。
教師も子どもも平凡な日常を頑張り、成長していく姿
序盤は、6年生が整然と統制の取れた行動を取っていて不気味だったが、外れた子どもや教師の姿も描かれ、少し安心した。1年生になって、楽器演奏指導で泣き出す子がいて、他の教師から慰められ、頑張り、2年生になった本番では、立派に発表していた。子ども同士の支え合いの姿もみられた。6年生の代表教師が最後の挨拶で泣き出した。1年生の最後にクラス解散で子どもたちが泣き、慰めていた教師は新学期には他校に異動していて、惜しまれていた。6年生担任だった異色教師は、別の学年の担任となり、新しいスタートを迎えていた。教師も子どもも、平凡な日常を頑張り、成長していく姿をよく捉えていた。NHKドキュメンタリー作品の傑作の一つであろう。
予想を遥に超える 学校の質の高さに、驚かされました。
何も予備知識なく、僕が隊長を務めている"ボーイスカウト"の地元公立小学校と比べるのが主目的で、鑑賞しました。
環状8号線道路よりも外側に位置し、どの駅からも遠い郊外の"陸の孤島的な学校"なので、
「郊外型住宅地の元気な子供達が集まる学校」という前予想がありましたが、
撮影されているクラス以外の映り込む他生徒さん達でさえも、きちんとしており、
その930名近くの生徒の整然とした行動の数々は、とても立派で感心しました。
予想外に、NHKや世田谷区教育委員会が推薦する設立150年の塚戸小学校の教育レベルは高かった。
初等教育は、"ゆとり"とか"やさしく"ではなく、厳しく"しつける"戦前教育の原点に戻るべきだと、この映画を観て、僕は確信した。
この映画は、完全なるドキュメント映画なので、特殊性やドラマティックな事件もなく、目立った派手さはなくても、違和感なく作品が自然とまとまり「ザ・ノンフィクション(フジテレビ)」に勝るとも負けない"素晴らしい作品"だった。
日本の初等教育の良さを永遠に
日本の学校
どこにでもある、だけど、かけがえのない学校生活
予告の通り、 日本人の作り方に視点を置いた映画であることは、 見て...
予告の通り、
日本人の作り方に視点を置いた映画であることは、
見ているうちに忘れてしまう
良くも悪くも小学校の日常生活に自分が入り込んだからと言えばそうなんだけど、
そのポイントを忘れてしまうとこの映画の良さが半減してしまう
ところどころでナレーションを入れたりすればもっと良かったのかな?
でもみんな可愛かったし先生も一所懸命試行錯誤したりとか、
見ていてほのぼのしたことは間違いない
外国人と日本人で印象が違うかも
都内の小学校の、児童と先生の1年間を追ったドキュメンタリー。
日本人が見たらあるある満載なのだが、外国人は違和感を覚えるのかもしれない。学校の中での委員会活動や給食掃除の文化、外国の学校とはおそらく大きく異なっているだろう。
でも時代や地域によっても違うよね。まず私服で学校行ってるのが、個人的には進んでるな、という印象がありました。今の東京の小学校ではふつうなのかしら?
英題が「Making of a Japanese」となっているのにも、日本の教育を相対化しようとする意図を感じるが、映画自体はシニカルなものではない。
是枝監督などを意識していると思しき、明るく柔らかいライティングもあり、どちらかというと、小学生と先生の成長と変化を、慈しむように撮っている。見ているこちらが歳をとったからなのか、監督の狙いなのか。いずれにしても、ドキュメンタリーとしてはほのぼの系でよかった。
それにしても、長期にわたって校内を取材させた学校もよくやるなと思う。まさに映画に描かれているように、大変忙しい先生方にも協力してもらっている。もちろん顔も隠さない。なんとなく閉鎖的な描かれ方をすることの多い日本の学校だが、このオープンさはちょっと意外だった。
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