「ビターな若き日の追憶をサイレントで描く」ロボット・ドリームズ クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
ビターな若き日の追憶をサイレントで描く
ニューヨーク、貿易センタービルがツインでそびえたっている、ブルックリンあたりも地下鉄も随分と汚い、通販もテレビショッピングのみ、そしてケータイ電話もない時代。Earth, Wind & Fireの「September」が殆どテーマソングとして鳴り響く。そんな1980年頃の追憶のニューヨークを舞台にイルミネーションの映画「SING/シング」よろしく動物たちの世界として物語がスタートする。
もとはグラフィックノベルだそうで今時シンプルなアニメですが、カメラの視点が相当に振るっていて、奥行きのある構図を多用し飽きる事はない。孤独な主人公ドッグがテレビ通販でロボットを購入、それをドッグが組み立てる描写。窓外の鳩が驚く何羽も集まって来る、手前に窓外から鳩、ガラス窓、ソファ、組み立て最中のドッグ、さらに奥の寝室まで縦構図で描く。こと左様に左右のパン移動から、実写さながらのクレーン移動のような高低も駆使する画面構成によって深みが増す。
骨子は、寂しきロンリーマンがロボットを手に入れ、あちこちに行動し寝起きを供にし、絆が深まってゆくことで心の豊かさを謳歌する。ふと小指同士が触れ、ドキリと電気が走るなんて胸キュン描写。「手を繋ぐ」ただそれだけでひとりじゃない喜びが込み上げる、ちょっと驚くほどに私の胸に刺さりました、このシーンは。ここではロボットが男なのか女なのか、なんてどうでもよく、人と人の繋がりの温か味が心地よい。
ニューヨークの各所を観光旅行よろしく描き、セントラルパークから、エンパイア・ステートビルディングからの光景まで描く。そして仲良くロングアイランドまでバスで海水浴に訪れる。ここで悲劇が起き2人は離れ離れを余儀なくされ、ストーリーが動き出す。砂浜に身動きできないロボットが幾度も夢を見るのがタイトルの所以。現実なのか夢なのか敢えて作者はあやふやに描いていると思われる。こうして夏が終わり秋となり冬となるが、ビーチ全体がクローズされ、幾度となるロボットの救出も敢え無く失敗し、次の夏を待つしかない。
そうこうするうちにドッグも、そしてロボットすらも予想に反してそれぞれのパートナーに出会ってしまう。よくあるラブストーリー映画に似た設定に突入、いや、本作自身がラブストーリーなんですよ! 当然に広いニューヨークとは言え、出会うのですよ、2組のカップルが。ここが最大のクライマックスで、ビターな大人の振る舞いに、私の心は鷲掴みにされました。よかったよかったと言うべきでしょう、過ぎた時は取り戻せません。今のニューヨークにあのツイン・タワーはもうないのですから。
そう言えば、セリフがないのですね、効果音・音楽・溜息とか驚きの擬音はあるけれど。Do you remember the 21st night of september? の歌詞はもちろん聞こえてきますが。ラストシーンはほとんどチャップリンの「街の灯」を連想させる切なさで、そうサイレント映画なのでした。「SING/シング」がそうであるように、さまざまな動物で描くのは人種を超越した状態で描きたかったからでしょう。
そして本作はなんとスペインでの映画化とは驚きで、監督の追憶の世界だったのかも知れません。やたら精緻に描きすぎる邦画アニメもいいけれど、シンブルでもここまで深い心の機微が描けるのですから、要は腕しだいってことですね。なんか本作のロボットのぬいぐるみでも欲しくなってしまう程に愛おしい作品でした。